闇組織は異世界から帰りたい。

大石或和

【パラディオン】、別世界へ

僕らのちょっと前の話。

 崩壊の日。


 二年前の今日──西暦にして2042年2月7日、地球と異世界は突如として融合した。


 事の発端は日本政府が秘密裏に開発を進めていた、異次元間移動装置の暴走にある。これによって発生したワープホールから異世界は現れ、奇跡的にも二つの地は融合した。


 なぜ融合したのかという根本的な問題は、二年経った今でも解明されていない。何なら、元々異世界好きが多かった地球人は、この状況を満喫している。


 全く、呑気な奴らだ。


 幸い、ワープホールの出現は二年前から一度も起こっていない。世界を包む魔力数も安定している。まぁ、呑気になるのも仕方ないか。


 しかし、一応異世界との融合で起きた弊害も無いことはない。


 一、全世界に魔力が満ちた。その結果、教育機関では魔力の運用方法等の授業が行われることになった。


 二、地球と異世界を隔てている壁を抜け、地球に魔物が発生し出した。これは魔力の発生との関連性が見られている。


 三、一と二の事例を踏まえ各国の実力差は明確になっていた。魔力による戦力強化に成功した国は、当然のように発展した。今では日本も有力国家の一つになっている。


 四、魔力による個の力量の差が激しくなった。それに伴い、女性に対する性加害問題も増加した。結果、女性の自殺率も増加した。


 と、こんな感じ。


 それでも人々が楽観していられるのは、夢に見た異世界生活を間接的に送ることができているからだろう。


 世界も、日本も変わった。もうあの頃のような、金や権力で奪い合う世界は無くなったのだ。


 今は力こそ全て。そんな世界がそこにある。


「アラン様。あの子なんてどうでしょう?魔力適性も無し、現在進行形で人生を諦めている美少女……仲間に加えるにはぴったりかと」


 漆黒に包まれる世界の中、高層ビルから地上を眺める僕に一人のメイドが提案した。


 黒髪ロングで、綺麗なメイド服を身に纏う数少ない美少女。顔立ちも整っている。胸はない。名はタルラ。


 僕はネオンに照らされた地から、話にあった美少女を探し出し、彼女に返答する。


「そうだな。彼女の弱みに漬け込む気はないが……有料物件だ。それに────」


 僕は一度言葉を止める。


 美少女にもう一度目を移すと、絶望の淵に立たされた彼女に迫る一つの影があった。十中八九、体目的の男たちだろう。


 このまま彼女の心を壊されてから救うのもアリだが、それでは割と時間を要してしまう。


 手っ取り早い方が望ましいので、手を出される寸前に助けるのが良いだろう。


 手段を選び終わった僕は、止めた言葉をもう一度丁寧に、本心は隠して紡ぐ。


「────彼女の心は壊されるべきではない。そうなった後では、純粋に物事を楽しむことも出来ないからな」


 横にいるタルラに顔を向け、自然に造ることができるようになった笑顔を見せる。


「そうですね。では、どうしましょうか。私が行きましょうか?それとも……アラン様が行きますか?」


 問い掛けるタルラを他所に、腕に掛けていたシワのないスーツに腕を通し、丁寧にボタンを閉める。


 その様子を見ていた彼女は、答えを察したように後ろへ静かに下がった。ちょっと残念そうにしている姿がなんとも可愛い……いやなんでもない。


 僕はズボンのポケットから取り出した、二つの革製の手袋を装着する。


 加えて、頑張ってセットしたセンター分けを崩さないように慎重に仮面を被る。


「さぁ……彼女を助けようか」


「ミッション、スタートですね」


 タルラの合図と同時に、僕はビルを蹴り月の前に飛び上がる。月明かりが程よく僕を照らし、幻想的な光景を作り出している。


 足に魔力強化を施せば、どれだけの高さから着地しても骨の一本たりとも折れることはない。尤も、個人の力量にもよるけれど。


 僕は魔力強化を何重かして、先の美少女がいる地点へと落下地点の目星をつける。


 予想通り、先程の影は彼女を狙う男で間違いなかったようだ。となれば助けても問題はない。


 丁度男が彼女の手を強引に掴もうとしている。今なら救世主のように現れ、彼女を助けることも容易いだろう。


 僕は勢いよく落下し、彼女の前に降り立った。


 着地と同時に吹き荒れる暴風は、魔力で形成した壁で美少女には当たらないよう設計した。なので男たちにのみ直撃する。


 暴風に当てられ、体勢を崩した彼らを背に僕は後ろで立ち尽くす彼女に手を伸ばす。


「お初にお目に掛かる。私の名はアラン・ハートマン。君を助けにきた」


 僕の言葉を受け、彼女の瞳が震える。


「何なんだお前はァ──────!!!!」


 彼女を口説こうとする僕を排除しようと、背後から男たちが迫り来る。


 一人は魔力を上乗せした打撃、もう一人は純粋な魔力攻撃。あとは魔力の使えない雑魚だ。


「何なんだ、と言ったか?」


 僕は振り返り、繰り出された打撃を素手で振り払う。続けて男の腹部にアッパーを仕掛け、よろめいた所に右ストレートをお見舞いする。


「君たちはもう少し人の話を聞いた方がいい」


 男の一人がダウンしたことを確認すると、僕は駆け、魔力攻撃を仕掛けてきた一人に狙いを定める。


 避けるのは簡単だが、それでは背後に控える彼女に被弾してしまう。なので今回は、脳筋戦法に重点を置く。


 放たれた魔力攻撃を素手で一撃づつ跳ね返す。後ろに飛ばさなければそれでいいので、前方や真横に弾き飛ばす。


「あと…女の子を好きにしたいなら、魔力攻撃の精度をあげた方がいい。今の時点なら、単純に素手の方が強い」


 僕は魔力攻撃の主である男の前に立つと、一つだけレクチャーをして彼の顔面に、強力な魔力上乗せの一撃を叩き込む。


 当然、男は耐えられるはずもなく気絶し、その場に倒れ込んだ。


 集団のツートップが返り討ちにあったことで戦意を喪失したのか、魔力も使えない雑魚どもは足を震えさせている。情けない。


 勝ちは明確。だが、ここで無事に逃した場合、また何処かで女の子を襲うのかもしれない。僕的には好都合だけれど、意図的にやるのは気が引ける。


 なので、全員に痛い目を見てもらおう。


 僕は魔力で鋼糸を形成し、残党たちの周囲に張り巡らせる。様子から見るに、彼らは糸の存在に気づいていない。


 楽しいから少し格好つけちゃおう。


「先程の問いの答えを返そうか。私はアラン・ハートマン。【パラディオン】の盟主にして、崩壊を終わらせるもの。……それで充分か?」


 僕は彼らにお辞儀をする。


「クソがッ!!こんなところで死ねるかってんだよ────ッ!!!!」


 ヤケクソになった残党はナイフを力強く握り締めて、僕に最期の一撃を繰り出そうとする。


 思い切りや覚悟はカッコいいんだけど、自分の力量に合っていない。これでは奇跡すら起こり得ない。


「では、お別れだ」


 僕は無情にも、糸を操作して彼らの体を切断する。やはり鋼糸の切れ味は抜群だ。


「うん。殺しておいて損はないか」


 僕は彼らの死を確認すると、鋼糸を消滅させて立ち尽くす彼女の元へと歩み寄った。


 彼女の目には救われたことによる安堵か、僕という殺人鬼が現れたことによる恐怖か、何かしらの涙が浮かんでいた。


 そんな彼女を優しく抱きしめ、彼女の頭を優しく撫でる。


「私は君に危害は加えない。大丈夫……君を狙う悪は取り除いた。もう心配はいらない」


 彼女は僕を拒むことなく、僕の背中に腕を回した。


「あり…がとう……ございます」


 涙を拭い、僕は彼女を連れてタルラの元へと帰還した。安心したのか、彼女は深い眠りについていた。


「ミッション、コンプリートですね。アラン様」


 僕が帰還すると、任務完了を祝うどころか少し嫉妬深そうに見つめるタルラの姿があった。


「どうした、タルラ?」


「いえ。アラン様に甘い言葉をかけられる彼女に、妬いただけです」


「ごめん。ほら、おいで」


 僕は救出した少女を床へ寝かし、タルラの元へと向かう。


 この日のタルラは、いつもより素直だった。


 妬かせてしまったことは僕の責任でもある。二人で行動している中で、僕のわがままを聞いてもらっているのだ。完全に僕が悪い。


 だから、彼女には人一倍優しくするようにしているのだ。


 僕と充分な時間ハグをした彼女は、一度僕から離れると少女に視線をやった。


「この子、どうしますか?」


「目的通り、仲間にする。戦闘方法も覚えさせて、上手いこと取り入れる」


「かしこまりました」


 僕は本来の目的通り、彼女を仲間にすることにした。当たり前だが、彼女の意見も尊重する予定だ。


 無理に仲間になっても、意味ないしね。


 でもこれだけのポイントを作ったんだ。少し前向きな答えが聞けることを、僕は期待することにした。


 言い忘れていたのだが、僕は本当はアラン・ハートマンなんて名前ではない。葛城湊という、ごく普通の高校生だ。


 そんな僕が何故アラン・ハートマンという名を名乗り、タルラと行動しているのかは、また別の話。


「さて、皆揃っているようで何より」


 僕は何者かの気配を察知して後ろを振り返る。どうやら想定より早く仲間が到着したようだ。


「レグラード、クルフィ、そして私──リゼルム、現着しました」


 タルラと同じくメイド服で身を包む女性──リゼルムは、残りの仲間二人を連れて来てくれた。


 リゼルムは白髪のエルフで、レグラードは薄桃色の髪を持つ人間種。クラフィは黒髪の魔族だ。皆可愛い。


 今日はみんなに伝えたいこともあったし、任務は速攻で終わるし、最高な日だ。


 僕は、ウキウキとどれから話そうかじっくり考えていた。その時だった。


「ん?」


 僕らの足元に巨大な魔法陣が浮かび上がる。


 日常的に見たことがある、なんてことのない普通の魔法陣。また異世界で厄介ごとに巻き込まれるのだろう、そう思っていた。


「邪魔が入ったか。仕方ない、この話は全て片付けてからにしよう」


「そうですね。取り敢えず、皆殺しでよろしいでしょうか?」


 少し不機嫌そうな僕を見て、タルラがとんでもないことを尋ねる。何人か殺すのはいいけど、皆殺しはダメだよね。


「流石に皆殺しはやめよう。だが、私の気分を害したのだ。軽いゴミ清掃で済ませてやろう」


 うん。ゴミ清掃なら、殺してないからね。


 そうして、僕らは魔法陣の光に包まれどこかの場所へと転移した。

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