あのときの□□と空地について
藍内 友紀
第1話
1 再会
おいちゃんと再開したのは、友人が働く不動産屋でのことでした。
その不動産屋はわたしの父の関係者の店であり、わたしは日頃から、友人の依頼を受けて空家を見回ったり、心理的瑕疵物件に適当な理屈をつけて「問題なし」の書類を作成したりしていました。
その日も、書類を提出し終えたわたしは、不動産屋の奥から友人と雑談をしながら接客カウンターを出るところでした。
おそらく、友人との会話に、なにかのキーワードがあったのでしょう。
「お嬢……?」
と接客カウンターの影から、震える声が聞こえました。
眼をやれば、ひどく痩せた老人が首を捻ってわたしを仰いでいます。両腕をカウンターにつき、なんとか体を支えて椅子に座っているありさまです。
永くはないな、というのが、わたしの第一印象でした。死病を得たやつれ方です。老人は「あんた」とどこかから空気が漏れているような声で続けます。
「Sくんトコの、お嬢やないか?」
Sとは、わたしの父の名字でした。
父といっても、一緒に暮らしたことはありません。父は、わたしと母が暮らす家にフラッと気まぐれに現れ、気まぐれにわたしを遊びに連れ出し、気まぐれに見ず知らずの誰かにわたしを預けて姿を消す男でした。
わたしは老人の顔をまじまじと見つめます。
痩せて弛んだ頬の皮が、重力に負けて垂れ下がっています。前歯の抜けた口元は乾いて粉をふいています。妙に鮮やかなTシャツの袖から覗く腕は骨と皮ばかりで、とても寒そうに見えました。
覚えがない、というより、痩せ衰える前の容貌がうかがえません。
答えないわたしに、老人は「なんや」と疲れた顔で嘆息しました。いえ、笑ったのかもしれません。
「子供んころ、あんだけショベルカー乗せてやったん、忘れたんか」
ショベルカーという言葉で、わたしは「あぁ」と頷きます。
とはいえ、老人のことを思い出したわけではありません。それでも、いつ、どこで老人と会ったのかは検討がつきました。
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