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「ねえ、仁美さん起きて。起きてよ。起きてってばっ」


 何度も体を揺さぶって声をかけ続けて、よくもまあこんなにも眠れるものだ、と呆れだした頃、仁美さんは「ううん?」と声を出した。


「どうしたの彩香?」


 寝ぼけ眼で仁美さんがこちらを見る。その顔が普段の柔らかな仁美さんとは違って間抜けで、わたしは吹き出してしまいそうになった。


「やっと起きてくれた? 睡眠導入剤って効くんだねえ」


「ええっと?」


 発言の意味が分かっていなさそうに、仁美さんは首を傾げる。起きようとしたけど体が動かなくて、ようやく自分の置かれている状況を理解し始めたらしい。


 仁美さんが眠っている間に手足を結束バンドで縛っておいた。抵抗されないように、両腕は後ろ手に。


 わたしのことが原因かそれ以外かは定かではないが、最近、仁美さんが心療内科に通っていて、睡眠導入剤を飲んでいるのは知っていた。


 睡眠導入剤を飲んだ日は朝までぐっすりと眠っていて、少しくらい声をかけたり、体を押したりしてみても起きないのは事前に確認済み。さっきだって、手足を縛っている間もちっとも起きなかった。


「これ、何の冗談? 最近、いたずらが過ぎるけど、もう流石に笑って済まされないよ」


 仁美さんは戸惑いつつも怒ったりせず、静かに言う。


 そっか、冗談、いたずらか。


「冗談じゃないよ。これまでのだって、一つたりとも巫山戯てなかった」


 冗談なんて微塵もなく、わたしは仁美さんを本気で傷つけた。それなのに、全部、冗談やいたずらで片付けられる程度の些細なことだったんだ。


「ねえ、どうして仁美さんはわたしを捨てようとするの?」


 仰向けの仁美さんに跨るように、わたしは迫る。


「何の話? 分かんないよ」


「とぼけないでっ」


 まともに話を聞いてくれていないことに腹が立って、わたしは声を荒らげてしまった。仁美さんはビクッと肩を揺らした。


「ねえ、わたしは仁美さんとずっと一緒に居たいの。他には何にもいらない。わたし、仁美さんが望むなら全部あげてもいいと思ってるよ?」


 具体的には望む全てが何なのかは分からないし、わたしは神様でもないから望むもの全てを与えられるはずもないけど、それだけの覚悟だということ。


 ただ「これからよろしくね」と言って手を差し伸べてくれた時のように笑って寄り添ってほしかった。ずっと傍に居ていいんだよって言ってほしかった。


 それなのに、


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