第47話 謎がいっぱい


「ふにゃーーーーーっ!」

 東の山の沢に、マンマの悲鳴が響く。

「さっぱりわからないにゃーっ!」

 持参したメモや資料の山を抱えて、マンマが嘆いた。

 白灰色の毛並みは、心なしかしょんぼりと萎んでいる。

 色々と情報収集をしてくれたはいいものの、どれも空振り。

 一生懸命に怪しげな呪文を唱える様子は微笑ましかったが、マンマ本人からしてみればショックは大きかったようだ。

「ふにゃ、わがはいの大量のメモが……紙面の無駄だったにゃあ……」

 この世界で紙といえば羊皮紙か梳き紙で、かなり高価だ。

 情報ギルドのマンマにとっては、もっとも意識するべき経費だろう。

「おべんと、食べますっ!」

 しょんぼりとしているマンマを元気づけようとしているのか、フラウがいつにもまして明るい声で宣言する。

「ふにゃ……もう帰ってマタタビ酒飲みたいにゃ……」

 フラウの励ましも空しく、地面に丸まっているマンマにリィトは苦笑する。

 さっきマンマが自慢げに披露してくれた呪文も、魔導師であるリィトからすれば、ごくありふれた解除魔法の一種のようだ。

 魔導師としての特性などに関わらず、魔導の才能のあるものならば誰でも扱える類のものだ。

 あれで神殿の入り口が開かれるのならば、苦労はないだろう。

「おっかしいにゃ! この呪文は絶対に間違いないって、発掘ギルドのやつらが言ってたのにゃ!」

「しかし、何も起きておりませんね」

「にゃあ……情報料かえせぇ……」

 涙目のマンマである。

 しょんぼりしている薄幸の猫耳美少女の図だ。正直、かなり可愛い。

「それって経費になったりするのか?」

「うにゃ、自腹である」

「げっ」

「ギルドはあくまで個人の集まりなのにゃ、収入も支出も自己責任なのにゃ」

「ろ、労働ってたいへん」

 思わず、頭を抱えるリィトだった。

「ふにゃあ」

 しょんぼりしているマンマの仕事の愚痴を聞きつつ、サンドイッチをぱくつく。さわやかな苦みのある葉っぱがうまい。

 水筒に入れてきた薬草茶と赤ベリージュースが、渇いた喉を潤してくれる。

 ぬるいのはご愛敬。氷魔導でも仕えれば、アイスティーもキンキンに冷えたジュースも飲み放題なのだけれど。

「この遺跡が偽物かもしれないにゃ」

「そんな、身も蓋もない」

「にゃーっ! そうじゃなきゃ、こんなに何もみつからないのはおかしいのであるっ!」

「まぁ、たしかに神殿自体が偽物という可能性も考えてもいいけど」

 かんしゃくを起こしながらも、サンドイッチをモリモリと食べるマンマ。食べるか騒ぐかどっちかにしてほしいものだ。

「ほら、水飲め」

 リィトはマンマに水筒を押しつける。。

 マンマが欲しがっているマタタビ酒──ではなく、彼女が好んでいる赤ベリージュースだ。本当は、春ベリージュースがもっとも味がいいのだけれど、すでに旬の季節は過ぎてしまった。

 花人族たちの作る春ベリージュースはこの世界に来てからもっとも上質で美味しいジュースだったが、保存技術はないのである。

「にゃふ……」

 大人しくジュースを口にしたマンマは、少し落ち着いたようだった。

 それでも、ふさふさのしっぽでパタンパタンと地面を叩いて不満そうなマンマの様子に、リィトは思わず吹き出してしまう。

「にゃっ、わがはいのこと笑ったにゃ!?」

「いや、悪い。ほら、ジュースもっと飲めよ。その水筒は持ってていいからさ」

「むむっ」

「猫人族は水飲むのを怠って病気になりがち、って聞いたぞ。マンマには元気でいてもらわないと」

 リィトが言うと、マンマは眠たげな瞳をちょっと見開いた。

 頬が少し赤い。

 心配されなくてもマタタビ酒で水分補給はしている、みたいなことをもごもごと言っている。どうやら心配してもらえたことが照れくさいみたいだが、発想が完全に酒クズのマンマなのであった。

 そのとき。

 黙ってサンドイッチを食べていたフラウが、「あっ」と小さく声を上げる。

「どうした、フラウ?」

「リィトさま。沢の水、増えたり減ったりしてません」

「え?」

 ぽつり、と呟いたフラウの言葉にリィトは驚いた。

「雨、降ったりします。さいきん、ずっと晴れです」

「うん」

「でも、ここの水、増えたり減ったりしません。水たまりは大きくなったり、小さくなったりするのに」

 東の山でずっと暮らしてきたフラウたち花人族にとって、水場の確保は死活問題だっただろう。

「となると、この水はやっぱり魔力由来か」

 ならば、封印解除の呪文になんの反応も示さないのはどうしてだろう。

 特定のアイテムを持っていないと開かないとか、あるいは、何か特別な条件が揃わないと解放されないダンジョンとか──?

 前世の記憶を掘り起こしながらあれこれ考えていると、リィトの背後で静かに浮かんでいたナビが、ふと顔を上げた。

 不思議そうに、じっと一点を見つめている。

「……これは」

「どうした、ナビ?」

不確定要素多数なんでもありません、トーゲン村の方向で大規模な魔力反応が……あったような……?」

 ナビの言葉にリィトはぎょっとする。

 彼女の言葉が、曖昧だ。異常事態である。

 ナビは転生者であるリィトに備わっていたナビゲーションシステムを擬似的な精霊として受肉させた人工精霊タルパだ。

 彼女はリィト自身のステータスや周辺の空中魔力エアル・マナ計測、簡単な地形の測量、索敵などのために存在していた。

 つまり──そのナビが「魔力反応があったような……?」なんていう疑問形を使うのは、通常ではあり得ない。

「……ふむ、戻ろうか」

 どうせ、今日も特に探索に進展はないだろう。

 今は村に戻ったほうがいい。

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