第32話 自由研究『謎の種子X』3


 一時間後。

 ナビに叩き起こされて、午後の軽作業を終えた頃に商人ギルド『黄金の道』のミーアがやってきた。例によって、情報ギルド『ペンの翼』のマンマも一緒だ。

 心なしか、走竜車が豪華になっている気がする。

 金回りがよさそうで、なにより。

「ニャーーーーッ! リィト氏~~~ッ!」

「到着だなーぅ」

 ぴょんぴょん飛び跳ねる二人。

 短毛種と長毛種の猫人族が笑顔で手を振ってくる状況は、おそらく一部の猫人族マニアにしてみれば大金を積んででも実現したい夢だろう。

「トーゲン村の野菜は美味いって、大評判だニャッ! ミーのお店、大繁盛だニャッ!」

「むふぅ~、色々なベリーの酒を試して、味の違いの情報を売ってくれってやつが増えているのですにゃ……。これは、わがはいにうってつけの情報にゃ~」

 うっきうきで踊っているマンマ。

 前から思っていたけれど、この長毛種の美少女はとんでもない酒好きなのでは。ミーアはどちらかというか、美味しいお肉や珍しい野菜に目がないようだけれど。それが商人ギルドの仕事にも活きているようだから、仕事熱心ともいえる。マンマはただの酒クズ。

「あ、例の作戦はどうなっている?」

 リィトの問いに、二人はニンマリと笑った。

 耳がピコピコしている。なるほど、首尾は上々らしい。

「パッケージに絵を使うとはリィト氏ってばやり手だニャッ」

「むふぅ……どこの店になんのパッケージを売るかって情報が飛ぶように売れたのにゃ~」

 満足そうな二人。

「そりゃよかった!」

「リィト氏のおかげで、ギルドの連中とも衝突せずに済んでるニャ!」

 リィトがやったことは、なんてことはないパッケージ商法だ。

 畑と農作物の種類を着々と増やしている花人族たちは、特に彼らの大好物で大量の水を必要としないベリー類の栽培に熱心だ。

 今が旬の春ベリー。

 ハイポーションの材料、赤ベリー。

 青ベリーに、黒ベリー、それから、リィトが品種改良に成功したブドウ。

 それらを片っ端から酒に加工したのだ。

 花人族たちの加工技術は謎が多く、花人族たちが足で踏み潰したベリーはなぜか急激に発酵が加速するし、味もいい。

 子どもみたいな背丈の花人族の娘たちが、桶いっぱいのベリーを踊るように踏み潰していく様子はファンシーで可愛らしい。

 というわけで、各酒類のベリー酒のパッケージを変えてみたのだ。

 マンマが情報ギルドで懇意にしている、大手芸術ギルド『女神の絵筆』の絵師に依頼して描いてもらった。

 花人族の可愛らしいビジュアルが、トーゲン村のベリー酒の人気をさらに後押ししてくれたようだ。一番人気のミックスベリー酒は、フラウの肖像画がパッケージになっている。

 フラウを近くの宿場町まで連れて行って絵のモデルをしてもらったのだ。なるべくトーゲン村の存在は外部に漏らしたくないから、この方法をとったわけだが。

 結果は、大正解だった。

 フラウは初めての外の世界に目を輝かせていた。都市部に連れて行ったら、どんな反応をするんだろうと考えるだけで楽しい。

「ニャハハハ、がっぽがっぽニャーッ!」

「うーん、この銭ゲバを隠さない感じよ」

 リィトの知る限り、パッケージに力を入れた酒というのはこの世界にはなかったので、差別化にもなった。

 マタタビ酒は、マンマとミーアが泥酔している様子を絵師がこっそり落書きしたものを、そのままパッケージにしてもらった。

 なんと、売上が二倍近くに伸びたらしい。

 美少女が酔い潰れているコミカルなパッケージが、猫人族マニアたちにも大ウケした形だ。味とパッケージにバリエーションを付けたら、もっと売れるかもしれない。

「うーみゅ、こんなに売上が伸びるとは」

「まぁ、パッケージ商法は定番っていうか」

 リィトは前世を思い出しながら感慨深くなってしまう。懐かしのゲームの復刻ミニフィギュア等が発売されたときに、コンプリートするために家賃以上の課金をしていた同僚がいたっけ。あれも、たぶん過酷な労働環境からくるストレスでの爆買いだったのだろう……いや、普通に金銭感覚ガバガバだっただけかもしれないけれど。

「ベリー酒、もっと増産できニャいのか!?」

 目を輝かせるミーア。

 だいぶ儲かっていると見える。

「ん? それはおすすめしないよ」

「なんでニャ?」

「需要と供給っていうのは、供給の方がほんの少しだけ少ない状態が一番儲かるんだ」

「むむ、たしかに供給がぜーんぜん足りないと売上が厳しくなるニャ。前の、赤ベリー不作とポーション不足のときは大変だったニャ」

「そういうこと。逆に、買いたいときにはいつでも買えるってなってしまっては、プレミア感がないだろ?」

 商人ギルドのエースに釈迦に説法かもしれないが、一応、前世では販売データを扱っていたこともあるのだ。

「量産にシフトして質が落ちるってのも避けたいからね」

 まぁ、一番の理由は花人族たちをこき使いたくないということなのだが。

 勤勉で土いじりが大好きな種族なぶん、こっちがセーブしてあげないといけない。

「それに同じ作物ばかり作るのは、土を疲弊させるからなぁ……」

「ん? そこは、リィト氏の魔導でジャジャーンと!」

「魔導っていうのは、事前の力を『借りる』ものだからね……土を根本的に蘇らせることができたのは、花人族のおかげなんだ」

「……難しいんだニャ」

「そこが面白い。あとは水をたくさん使う作物も育てるのは、難しそうだね」

「むーん……でも、あの水をじょろじょろ出してる木があるニャ」

「あぁ、ベンリ草。あれは、地下深くから水を汲み出してるだけだからねぇ」

「それじゃダメなのかニャ?」

「化石水ってやつだと思うんだけどさ、そもそもあまり水がないんだ、この土地は」

「ふにゃ……それはおかしいですにゃ」

 あくび混じりに、マンマが言う。

 フラウが興味深そうに身を乗り出す。

「どういうことですか、マンマさん」

「ふるーいふるい文献を読んだのにゃ……わがはい、眠くて眠くてしかたにゃかったであるが」

 マンマがリュックから紙の束を取り出す。

 束は二つあって、そのうちひとつが、トーゲン村のある地方についてまとめた資料らしい。

「この一帯は、むかーしむかしは『美しく青き肥沃地帯』って呼ばれてたらしいですにゃ~」

「……全然想像つかないな」

 乾いた大地に、申し訳程度に木の生えている東の山。

 遠くには森があるけれど、トーゲン村近辺はカラカラに乾いている。

 みすぼらしい乾燥地帯って感じだ。

「今までに、なにかがあったってことか?」

 たまたま土地管理局から買い上げたトーゲン村。

 しばらく住まって耕せば、興味も愛着も湧いてくるのが不思議だ。

 もしかしたら、水源を蘇らせる方法があるのだろうか……まぁ、水源がなんだったのかということすらわからない現状では、いったん考えないでおこう。

 マンマが、もうひとつの紙の束をリィトに差し出す。

「……で、こっちは『青く光る変なタネ』についてにゃ。ほっとんどわからにゃかったけど、古文書ギルドの一般書架で調べられる情報だけまとめてきたですにゃ」

「おお! ありがとう、マンマ」

「古文書なんて、読めるのにゃ~?」

「まぁね」

「お任せください、マスター」

 ナビが微笑む。

 人族語の文字や言葉については、ナビはある程度の翻訳をしてくれるのだ。転生者であるリィトにとって、ナビの存在は頼もしいことこの上なかった。始めは声だけの存在だったけれど、彼女に会うために人工精霊(タルパ)として実体を与えるほどには。

 ナビを通して古文書を解読。

 ものの数分もかからずに、ナビが翻訳してくれた内容は神話ともお伽噺ともつかないものばかりあった。

総括つまり。どの文書にも共通しているのが──【世界樹】という単語です」

【世界樹】の部分は、古代語そのままだったので意味を教えてもらった。

「世界樹……それって、大昔にあったっていう精霊樹だろ」

「はい。この世界がもっと豊かで、モンスターたちの暴走などもなかった頃に世界各地に数本あったと記憶されている、清らかな魔力を生み出す樹木です」

「謎の種子Xが、その種子?」

「いえ、世界樹は光を帯びていたという記述が見つかるのみでして……そもそも、世界樹が種子をつけるというのも聞いたことがありませんし」

「そりゃそうだ。僕だって聞いたことない」

 種子が現存しているとしたら、S級遺物だ。

 特に、植物魔導なんて変な魔導を使う、酔狂な魔導師にとっては重要な情報だ。リィトが聞いたことがないのだとしたら、きちんとした記録は残っていないのだろう。

「みゃ~、この短期間でこれだけ資料かき集めたわがはいを褒めてほしいですにゃ……」

「あ、すまない、マンマ。すごく助かったよ」

 ただの酒クズと思っていて悪かった。マンマは有能な情報屋だ。

 まさか、世界樹なんて単語が飛び出すとは思わなかったけれど。

 リィトがひとりでアレコレ考えていたら、検討すらしなかった可能性だ。

「にゃふっ、お礼はマタタビ酒!」

「やっぱり酒クズだった!」

「それか、頭なでなでですにゃ~」

「えっ、そんな……逆にいいのか!?」

 頭なでなで、という単語にリィトは色めきだった。

 人族よりも小柄な猫人族ではあるが、無断で触るのも、なでなでの許可を申し入れるのも気が引けてしまっていた。

 だが、猫派のリィトとしては、可能ならばしてなでなでしてみたかったのだ。

 もふもふの耳の生えた、柔らかそうな猫っ毛のマンマをもふってみたかったのだ。

「遠慮なく!」

「ふにゃ? え、あ、今のは軽口で……ふにゃ~~~~」

「よーしよしよし! さすが敏腕記者!」

「ふんにゃ~~~~♡」

 うきうきで頭をなで回すリィト。

 まんざらでもなくゴロニャンするマンマ。

 双方、まったくもって他意はないものの、絵面としてはややショッキングなものになっていた。いや、本当に、モフりたい、モフられたいという需要と供給がマッチした結果なのだけれど。お互い、まだ年若いがいい大人だ。

「……マスター、これはさすがにアレすぎます」

「おおう、フラウちゃん。見ちゃダメなのニャッ」

「はわーっ」

「ミーが塞いでてあげるニャ」

「はわわぁ」

 至福のもふもふタイムの間、フラウの目はミーアの肉球ばりにぷにぷにの手のひらで目隠しをされていたのであった。

 我に返ったリィトは、心から思った。


「どうせなら、ナビの絶対零度の視線を隠しておいてほしかった……」


 ともあれ、リィトの隠居生活最大の楽しみである「謎の種子X」についての自由研究はのんびり、まったりと進行中だ。

「まぁ、まさか世界樹ってことはないだろうけど」

 集めてもらった資料に目を通す。

 図表にある種子が、なんとなく謎の種子Xに似ている気がするが気のせいかデマだろう。

 いや、万が一、億が一。

 本当に世界樹の種子だとしたら、あんな小瓶に詰められて、いらない資料の墓場のような物置部屋に放置されているとか──

「……ありえないよな?」

 鉢植えの可愛らしい芽を眺めながら、リィトは呟いた。

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