やらかし勇者と退屈魔王

北路 さうす

第1話

 魔王は困っていた。人間どもが勇者とあがめる一団が、人間界において魔族が支配する魔族領の魔王城に向けて順調に進軍しているからだ。考えて配置したトラップも、こいつになら任せられると信頼をもって向かわせた部下も次々倒され、打つ手なしだ。

「ま、だからと言って何でもないんだけどね」

 人間は魔族と違い寿命が短い。魔族にも人間程度かそれ以下の寿命の者もいるが、ほとんどが人間の数十倍長生きだ。この魔王も、人間たちの盛衰を眺め早数百年。この程度の侵略百年前にもあった。

「私も早く隠居して、魔界に帰りたいな」

「何を言われますか魔王様。先の魔王様は1000年の任期をしっかり勤め上げられましたよ」

 だらだらと菓子をつまむ魔王のそばには側近のアシスタンスがいる。アシスタンスは魔族には珍しく、わざわざ希望して人間界に常駐している魔族だ。

「こんなひ弱な生き物ばっかりの世界、何のために支配してるのだ」

「人間界は魔界にはないものがたくさんありますゆえ。味に気を使った料理に澄んだ色彩の景色。また知能の高い人間を観察するのも面白いではありませんか……聞いておりますか?」

「もう聞き飽きたよ何度目だよその返答。こんなちょっとした領地を持つんじゃなくてさ、いっそ全部支配してしまえばいいんだよ!」

「先々代の魔王様が既に実行しておられます。すべてを魔族のものとして支配してしまうと、人間が極端に減ってしまい魔界と変わらない風景になってしまうのです。人間界の魅力を保つために人間は必須なのですよ」

 魔王はアシスタンスの話を聞き流しながら、いくつも並んだ水晶玉の前に立つ。この水晶玉では、様々な魔族の領地を見ることができるのだ。退屈な日々をこなすための楽しみである。

「最近は見捨てられた人間を魔族側に引き入れて人間と戦わせるのが流行っているらしいぞ」

「人間がそんな簡単に魔族を信用しますかね」

「同じ人間に虐げられたところに、優しく手を差し伸べてやると良いようだぞ。ま、最近の人間たちは反魔族感情が強いし情に厚い。そんな仲間を見捨てるなんて都合のいいことはしないだろう」

 

「魔王様!東の森で勇者どもが二手に分かれたようです!」

「お、なになに初めて見る動きだな。群れで行動する人間がそんなことするなんてなかなか面白いじゃないか」

「どうやら勇者はほかの人間たちに見限られてしまったようです!」

「何!」

 チャンスが巡ってきたと魔王は思った。勇者御一行の仲たがい、絶好の引き抜きチャンスじゃないか!退屈な人間界暮らしに、一筋の光が差した。

「なぜだ!今回の勇者はかなりのスピードで進軍していただろう?」

「魔王様、水晶でほかの世界ばっかりのぞき見していましたね?」

「ぎくり。いや、最近代り映えないなと思って……」

「勇者は比較的魔族に友好的で、それでパーティの反感を買っていたようです。また勇者の出す技の規模が大きくて、魔族側だけでなく人間側へのダメージもなかなか大きいのですよ。先日のトメル大佐との一戦で、ついに盾役が勇者の攻撃で瀕死になってしまったらしく、それを理由に置いて行かれたようです」

「そうか、絶好の機会じゃないか!おい、だれか勇者をここまで連れてまいれ!」

「えぇ!それはいくら何でも……」

「大丈夫だ。勇者といっても所詮は人間。最悪、魔界へ戻れるいい口実になるし」

「わかりましたよ」

 ルンルンと楽し気な魔王を後目に、アシスタンスが溜息をついて去っていく。伝令に事の顛末を告げ、小編成を組み迎えに行かせた。

 次の日、伝令に連れられて魔王城に勇者がやってきた。

「貴様がパーティから追放された哀れな勇者か」

「はい。あの、僕敵だと思うのですが、なぜ魔王の前まで連れてこられたのですか?」

 勇者は身の丈1.5m、魔王の半分程しかない。装備は中ボス戦後らしく、まだまだ発展途上のようだ。魔王と戦うとなれば、一瞬も持たないだろう。しかし勇者に恐れは見えず、魔王の前に悠然と立っている。

「ほう、さすがは勇者と言ったところか。我を恐れないとは」

「まぁ、いつか出会うことにはなっていましたし、伝令から敵意はないといわれているので」

「本当に肝が据わっているな。しかし、勇者であるお前を放り出すなどパーティメンバーは皆魔術にでも掛けられていたのか?」

「いいえ。僕が悪いんですよ。いつも良かれと思っていらないことしちゃって」

「といっても、ここまでスムーズに進んでくるとはなかなか優秀なパーティだと思うぞ」

「はぁ。僕以外のメンバーの皆さんは王都のいいとこ出身で、小さいころから武術の訓練を受けているので……僕なんかいなくても魔王討伐なんてすぐと思いますよ」

「いうねぇ」

「あ、すみません。魔王意外と話しやすいなと思って」

「豪胆だな」

「勇者はこのくらい図太くないと、と王にいわれましたよ。ところで、僕はなぜこんなところに?」

「おお、そうだった。貴様の身の上話はまた別の機会に聞かせてもらおう。勇者よ、私と協定を結ばないか?」

 魔王は、人間と魔族の領地を認め合い、お互いに不可侵の領域を決める提案をした。

「戦争許可区域も作ろうと思うのだ。昔もこの案があったのだが、人間も魔族も血の気の多いやつが多くてな。なかなか合意に至らなかったのだ。だからどうだ?この提案、人間側にも良いと思わんか?」

「ずっと魔族と人間はいがみ合ってますからね、遺恨も多いですよ。でも僕も賛成かなぁ。わざわざ戦うなんて、労力の無駄だもん」

「勇者らしからぬ発言だな!よく今まで勇者していたな」

 魔王は大口を開けて笑った。並みの人間なら、魔王の巨体から繰り出される恐ろしく低い笑い声とその風圧で失神してしまう。勇者はそんな風圧などそよ風と表情一つ変えない。

「選ばれちゃいましたからねぇ。ずっと田舎の平和な村にいたんですよ僕。でも村のみんなが応援してくれるのに、むげにできないじゃないですか」

「やさしいのだな。まぁ、今日すぐに結論を出せとは言わない。今日はゆっくり休んでくれ」

「ありがとうございます」

 伝令に案内され、勇者は魔王城の客室へ案内された。魔王はその背中を見送り、しめしめとほくそ笑む。

「どういうつもりですか魔王様。これまでの不可侵領域政策はいつも人間から破棄されてきたことをご存じでしょう」

 勇者の背中が見えなくなるのを待ち構えていたアシスタンスが、さっそく苦言を呈する。

「わかっている。なに、今回のイレギュラーな勇者ならできるかもしれないと思っただけだ。期待はしていない」

「……騒ぎを起こすだけ起こしてうやむやなまま魔界に帰ろうとか考えていないですよね?」

「ひ、人聞きの悪い……まぁ、無事区分けができたら、魔族側としてのメリットも大きいはずだ。魔王を常駐させる必要もなくなるかもしれないとは考えた」

「さようで」

 いまいち納得のいかない表情のアシスタンスにたじろぐ魔王。

 次の瞬間、大きな爆発音と魔王城を揺るがす振動が発生した。

「何事だ!」

「報告です魔王様!勇者の部屋が爆発しました!」

「何!?勇者早速裏切ったか!?」

「いくらなんでも。部屋が寒すぎてちょっと暖炉に火を入れようと思っただけですよ」

 慌てる兵士の横に、顔にすすの付いた勇者が立っていた。

「勇者!?あの規模の爆発で無事だったのか!?」

「僕、またなんかやっちゃいましたか?」

 勇者はぽかんとしている。

「魔王様、勇者は生まれついての加護付きです。このくらいの爆発なんてものともしませんよ」

「そ、そうか……」

「すみません、魔族の建物も、意外と強度は人間の家と変わらないのですね」

「おぉ……」

 ひとまず、勇者は別の部屋で寝てもらうこととなった。もちろん、暖炉を入れて温かくした部屋だ。

「魔王様、どうするんですか。敵意はなくてもあの勇者は我々を脅かす存在ですよ」

「まだ魔族の作法に慣れていないだけだろう。大目に見てやれ」

 魔王は心配するアシスタンスをしり目に、あくびをしながら自分の部屋へ帰っていった。

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