「束の間の枷」







彼女が好きだと言う映画を観た。

その映画に台詞はなく描写も単調で私は横目で見ながら窓際で煙草を吸っていた。

この映画のどこが好きなのかと言う私の不躾な質問に対し彼女は目線を変えず真摯に答えてくれた。

この映画に登場する人たちの仕草や瞳に映る景色、肌感それらの少ない情報のみを我々"観る側"に提示し我々"観る側"がそれを解釈又は理解しようとするそもそもの前提構造が好きなのだと彼女は言った。

私は理解できず煙草の灰が床に落ちるまでただ彼女の横顔を眺めていた。


昼下がり私は彼女に一つ提案をした。


「海、行きませんか。」


彼女は驚いたようにこちらを凝視し静かに深く頷いた後、彼女は本を手に取り玄関へと向かった。出遅れた私は急いで煙草の先端を灰皿に押し付け彼女の背中を追った。

電車で海へ向かう道中会話は無かった。彼女はただ静かに本を読んでいた。私は段々と低くなる建物たちと対面に座る彼女を交互に見ていた。

それから暫くして彼女が改札を抜け私は彼女を追うように同じく改札を抜けた。

通い慣れてるかの様に足早に歩く彼女の少し後ろを私は歩いておりその間も会話は無かった。


彼女に着いて行き暫く歩くと潮の香りが全身を駆け抜けて行き海がすぐそこにいる事を知らせてくれた。同時に私は少し寂しい気持ちになった。

海が図らずとも終わりを知らせたように感じた。

浜辺に着くと太陽が地平線にぶつかるのを私は彼女の小さい背中越しに見ていた。

辺りが暗くなりはじめ波が私の不安の音を掻き消した頃、一抹の不安を持ちながら私は彼女に言った。


「また一緒に来られますか?」


彼女は空に見える星を指でなぞりながら静かに答えた。


「あなたが私を思い出したのならその時はまた一緒に来ましょう。」


そう言って彼女は立ち上がりワンピースについた砂を払った。


私は目に入った砂を払い笑った。




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