「束の間の枷」





3度目の再会は叶わなかった。それからまた暫くしてベンチに腰を掛けるが彼女は現れなかった。

私は幻想を見たのだと錯覚した。

きっと彼女は私自身が作り出した理想の女性で宛てのない私に束の間の光が木漏れ日のよう頼りなく注がれただけなのだろうと。

暫くベンチには行かずに時間だけが過ぎた。

納得が出来ている。私の精神は脆く内側から崩壊しかけていた為である。

死すら厭わぬ様相、そんな私に一息つく時間が流れただけなのだと。

今夜はなぜか家にはいたくない。そう思った私はまた宛てのない身体を川沿いへと運ばせる。

気付くと私はあのベンチに向かっていた。宛てがないとは言え頭のどこかであの幻想を求めていた。

意識せずとも血が全身を巡るように、意識せずとも吸った息がただ吐かれるように私はまたあのベンチに向かっていた。


ベンチに腰掛け長い時間が経ちその間私はこれまでの自分の事を考えていた。

それなりの学生時代を過ごしそれなりの会社でそれなりの給料を貰いそれなりの友人にそれなりの恋人。つまらない訳ではなかった26年間。

酔っ払いが運転するトラックが今、私の目の前に現れ私を轢くその一瞬が残されていたとしても思い出はきっと私の脳裏を走らないだろう。

それならきっと後悔などせず容赦なく逝ける。

死ぬ時は眠りに就くよりも速いと何かの映画の一コマで誰かが言っていたのを思い出した。

私と共にいる体たらくな心を身体と一緒に吹き飛ばしてほしいと見知らぬ酔っ払いに私は切に願った。


目を開けると空が少し明るくなっており時間が流れて行った事を察した私は隣のベンチにそれとなく目をやった。


「寝るには良い気温ですね。」


彼女は少し気まずそうに言い私の膝にかかっていたカーディガンを手に取り言った。


「あ、えっと、ありがとうございます。」


彼女は静かに頷き裏返しに開いていた本を手に取り読み始めた。いつ眠りについていたのか彼女がいつ来たのかも分からなかった。


「いつ


彼女は食い気味に答えた。


「ずっと。」


彼女が冗談を言ってくれたのだと私は嬉々としたが淡々と言う彼女の目が大きく腫れ上がっているのを見て少し不気味に思ってしまった。


「川の流れ、いつもより速いですね。」


気にする素振りを見せず彼女に言ったが彼女は何も言わず本を読んでいた。いつもなら彼女は既に私が帰る方向とは逆の方向に歩を進めている時間だったが彼女は本を読み続けていた為、私は彼女に声をかけようと思ったが私の疑問のそれを察したのか彼女は本を読みながらか細い声で言った。


「もう大丈夫なの」


私は訳もわからず何も言えずにいた。大丈夫と言う彼女の言葉と目の腫れに額の痛々しいアザが紐ずくのを脳裏が掠めた。

すると彼女は既に本を閉じており気づいたら私の目の前に本を持つ彼女が立っていた。


「帰りませんか?」


咄嗟に彼女に放った私の言葉は意図せず彼女を笑顔にした。そして私は彼女を激しく抱いた。

私は彼女の腫れた目には触れなかった。




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