針より刃
トーセンボー(蕩船坊)
雑食の生物はしぶとい
趣味は複数持つべきである、という考え方があります。
ひとつのことだけに熱を上げて、それだけを心の支えにしてしまうと、トラブル……たとえば推しのアイドルが卒業してしまうとか、周りの環境が変わって何年も旅行をできなくなるとか……そういったことが起きた時、メンタルがズルズルと落ち込んでしまうのを止める術がなくなってしまう可能性があるからです。
そういった事態を防ぐためにも、何か熱を上げている趣味を持つ人は『別の趣味のバックアップ』を作っておこう。
平たくいえばそういう話です。
わたしはこの考え方を聞いて、創作にも通じるものがあると感じました。
文字に限らず、創作活動には、必ずと言っていいほど停滞する時期が訪れます。
そういうときに、他の創作趣味を持っておいて、気分転換くらいの気楽さでできるようになると、活動が長続きするのではないかと。
私自身、もともと写真を趣味……を通り越して仕事にしていたのですが、現実と理想の乖離や肉体的限界などで退職し、それ以降しばらくは写真撮影を楽しむことができなくなってしまいました。
その期間中に始めたのが文字を書くことだったのですが、趣味程度の撮影を楽しめるようになった今でも、文章を書くことを続けています。
創作論というのは面白いもので、まったく違うジャンルのものでも、案外似てくるものなのです。
私が発見したのは、例えば、小説の『構成』と写真の『構図』の相似性です。
どちらも『一つの作品を俯瞰して観察した際、どんな作品にも共通する(分類可能な)特徴』と言えますが、私は写真を撮るときに構図についてあまり考えたことがありませんでした。
しかし、自分の作品を見返してみると、『日の丸』や『三分割』など、ほとんど必ずどれかの構図に当てはまるのです。
だから多分、小説における構成も同じで、生み出された作品が結果としてどれも似通っているだけで、意識したくないならしなくてもよいものだと思うのです。
しかし、ほぼ必ず似ているということは、これを意識して製作することで負担が軽減されて、よりスムーズな作業をすることが可能になるのではないかと、私はそう考えます。
小説は、まず書き出され、公開され、可能ならば完結して、そこではじめて作品として成り立つものです。
少しでも完結の可能性を上げられるなら、創作論を使って『楽』をするのは、褒められこそすれ、否定や批判を受ける必要がどこにあるでしょうか。
と、いうわけなので。
これから先、執筆に詰まったら、落書きというか箸休め程度に『針より刃』や他の小説、詩歌などを書いてみようと思います。
単なる一点特化の細い針よりも、見た人の心に深々と突き刺さって抜けなくなるような、複雑な形状の刃になれるよう、無理しない程度に頑張りたいと思います。
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