独り言つたより相手ぞ牡丹百合
季語は牡丹百合。チューリップの別称です。
「芽が出てるのに、土が乾いちゃってる」
友だちは、皆たまたま忙しかったり、お休みだったり。
一人で何かをしたくても、まだ授業が残っていて、帰るに帰れない。そんなとき。
よく知らない男子とかに声をかけられても、正直、面倒くさい。
だから、大学での一人の空き時間をつぶすとき、図書館とかのいわゆる皆が行きそうな場所以外だと、お気に入りの花壇に行くことがある。
その日も、そんなふうに過ごしていた。
割と見慣れた花壇の一角、立て札にチューリップ、と書かれたところ。
たまたまなのだろう。土が乾燥していた。
その土を押し出すように、少しだけ、芽が出ていて。
最近、天気がよかったからかな。
あ、立て札に連絡先がある。なら、連絡しよう。
その前に、お水……少しなら、あげてもいいよね。研究用、とかの花壇じゃないし。
手持ちの水筒の中身……だめ、今日はコーヒーだった。
お水、買ってこようかな。
それなら、連絡したほうが……。
「どうぞ、これ、未開封ですから」
離れたところから、声がした。
背が高くて、うつむき加減な人。
腕を伸ばして、何かをこちらに向けている。
ミネラルウォーターのペットボトルだ。
「大丈夫です。これ以上、近寄りませんから。朝、眼鏡、踏んづけちゃって。目つき悪くて怖い思いをさせたら申し訳ないから……そもそも面識のない異性ですし! ここ、ここに置きますから、ね。僕がいなくなったら、取って、その土にあげてくださいね」
そのまま、その人はミネラルウォーターを地面に置いて、去って行った。
眼鏡がなくても見えてるんだ。遠視なの?
距離を取って、すごく気をつけてくれてた。
あ、いけない。
「ありがとうございまあす! 頂きます!」
私がそう叫んだら、後ろ向きのままで、手だけ振ってくれた。
変わった人。
でも、すごく、すごく、素敵な人。
頂いたそのペットボトルのお水をあげて、それから、事務の方に連絡をして。
結局、ミネラルウォーターのペットボトルは、土を拭いて、そのままもらってしまった。
なんとなく。
捨てたくはなかったから。
「あ」
学年が変わって、必修科目も色々に。
その中の一つの教室に、あの人が、いた。
ちゃんと、眼鏡かけてる。
黒いフレーム。似合う。
「おはよう」
笑顔で、声をかける。
あの人じゃない「おはよう!」からは、大きな声が返ってくる。距離、近いよ。
そもそも、声、かけてないんだけどな。
あ、友だちが間に入ってくれた。ありがとう。
「おはよう……ございます」
これが、あの人。
そう、あなたへの、おはよう、だよ。
おはよう、こんにちは、さようなら。
これから、会えたときには言うんだ、必ず。
「花見、行こうかな」
「一緒に行ってもいい?」
おはように、ございますがつかなくなった頃。
お花見。
行きたい!
どきどきした。
断られたら、また、何かを考えようと思った。
……相談相手も、ちゃんといるし。
あ、色々なとこ、見回してる。
僕、僕に言ってるの? みたいに。
そう、あなただよ。
一緒に、お花見行きたい人。
一緒に行ってもいいみたいだね。
ほぼ無理やりだったけど。嬉しい!
「あそこの公園だよね。コンビニ行こう!」
大学のすぐ近く。桜の木が多い、あの公園だよね。
もし、これから少しずつ、仲よくなれたら。
あの花壇にも、いつか一緒に行きたいな。
あの場所には、私があなたの話を聞いてもらっている相手がいるんだよ。
私の、恋の相談相手。
あのチューリップたちにも、ね。
※たより、には、便り、と頼り、を掛けています。
独り言つ、はひとりごとです。
お花見の彼女は、ずっと前から、彼を探していました。
仲の良い友だちからは、「静かな人だよね。背は高いかな」「授業の質問、よくしてるね」くらいしか印象がない彼のことは、いまいち相談できませんでした。
だから、話し相手はもっぱら花壇の花たちです。花が咲いていないときも、土や芽に話しています。もちろん、小声で。
彼が考えている以上に、彼女は彼に思いを寄せていること。
もしかしたら、チューリップたち、そして、あの花壇の植物たちは、知っているのかも知れませんね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます