突入だ!


 王太子殿下があらわれれば、衛兵たちも敬礼をする。

 よくわからないまま、わけのわからない命令が出されて、衛兵たちも戸惑っていたのだ。


 王太子殿下暗殺未遂で意識不明。犯人はルーク殿下とルイーズ・カーソン。

 不貞の噂は聞いていたけれど、それがまさか暗殺なんて。

 そもそもその命令がどこから出されているのか、一介の衛兵にはわかるはずもない。

 ただそういう命令が出されたら、おかしいと思っても従うしかない。


「このたびの騒動はブライス公グレイ伯による謀反である。ルーク、ルイーズは冤罪。わたしの命令に逆らえば、謀反の一味と見なすがよいか!」

 意識不明と言われていた王太子殿下が出てきてそう言えば逆らえるわけがない。

「王国軍将軍と近衛隊隊長をこちらへ呼ぶように」

 その一声で、衛兵たちは王太子、ルーク両殿下の指揮下に入ることになった。


 やれやれ。やっと大手を振って歩ける。えいっ! やあっ! とおっ!! が見られないのは残念だけど。


 よろけながらも王太子殿下は歩く。まだまだ体の自由は利かないようだ。足を引きずりながらも、ヘンリー卿とルーク殿下にささえられながら、それでも王太子としての尊厳を損なわないように、必死で歩く。


 おばさん、涙が出そうです。最後まであきらめないアスリートを応援している気持ちです。


 どうして王宮ってこんなに広いのかしら。東京ドーム何個分かしら。

 そんなことを思いながら、階段を降り、長い廊下を歩き、途中で合流した近衛隊を引き連れようやくついた二階の応接室。

 お嬢さま! 帰ってきましたよ!

 いま、ヘビどもから助けますからね!


 すでに近衛隊と王国軍は整列していた。王太子、ルーク両殿下の姿を見ると、いっせいに最敬礼をとった。

 しんっと静まりかえった廊下に、ザッという音が響いた。

 すごいなー。圧巻だなー。

 思わず見とれてしまった。


「開けろ」

 近衛隊長の命令に、衛兵がふたり「はっ」と返事をすると扉を押した。

 観音開きの扉が開いたその先には。


「お嬢さま!」

「アメリア!」

 なんということ! ジェームズのヤローがお嬢さまを羽交い絞めにして、のど元に剣を突きつけていた。

 このヤロー! お嬢さまを盾にしやがってーーー!


 エバンス侯は頭から血を流して床に倒れている。

 この卑怯者がーーー!

 せめてもの救いは、エバンス侯がかすかにうめき声を上げていることだった。

 死んではいない。よかった。


「シャーロット!」

「ルークさま!」

 お嬢さまは、ぷるぷるふるえながらも必死に涙をこらえている。

 くっそー! お嬢さまがいっそうチワワのようじゃないか。こんなときでもかわいいとは!

「シャーロットを放せ!」

 対するルーク殿下の声は地獄の閻魔さまもかくや、というおそろしさだった。


 チッと、舌打ちが聞こえた。

「死ななかったのか」

 ブライス公が憎々し気にこちらを見ていた。


 王太子殿下はヘンリー卿の手から離れると、自分の足でしっかりと立った。

「ああ、幸運なことにね。貴様からしたら残念だったろうが」

 近衛隊が部屋の中になだれ込んでくる。


「ここまでだ。投降しろ」


 静かに王太子殿下の声がひびいた。


「はっ!」

 ブライス公が鼻で笑った。

「おやさしい王太子殿下は、自分の婚約者と弟をおゆるしになるのか。毒まで盛られたのに」


「戯言もいいかげんにしろよ」

 王太子殿下もさすがにキレ気味である。ヘンリー卿が例の手綱を手渡した。

 王太子殿下はそれをブライス公に突きつけた。

「ぜんぶ貴公がやったのだ。この細工をした騎士は捕えてある」

 ブライス公は、チッと舌打ちをした。


「ウィルさま」


 唐突に場違いな声がした。

 ……ウィルさま?

 部屋中が静まりかえった。おそるおそる声のほうに目をやると……。

 ひいぃぃぃ!

 カミラがにっこりとほほえみながら、前に出た。


「信じたいお気持ちはわかります。でもね、もういい加減にお認めにならないと。その者たちはあなたを裏切ったのです。おつらいでしょうけれど。だいじょうぶです。ウィルさまのことはわたくしが支えますから。だから。ね?」


 カミラはゆっくりと両手を広げた。こわいこわいこわい。なんでこの状況で、そんなふうに屈託なく笑えるの?

 全員が一歩後ずさった。とくに、王太子殿下はかわいそうなくらい引きつっている。


「ウィウィウィウィルさま?」

 ジョージ・クラークが唖然として言った。


「ほら、王太子殿下。心からあなたを愛しているのはカミラなのですよ。そんな不実なやつらは見限ってしまいなさい」

 いやいやいやいや。


「ル、ルーク」

「は、はい」

「これは、悪夢だろうか」

「そうかもしれません」

 殿下ふたりで現実逃避しないでください。


 そのとき、カミラがふたりの会話に呆然としていたことに、だれも気づいてはいなかった。


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