奪還だ!


 ともすれば足がもつれがちな王太子殿下を、ヘンリー卿が横から支えてゆっくりと歩いていく。反対側にはルイーズさま。

「はあ、情けないな」

 王太子殿下はため息をついた。

「みっともないところを見せてすまないね」

 ルイーズさまにそう言って、悲しそうに笑った。


「いいえ。いいえ。生きていてくださるのなら、それだけで十分です」

 ルイーズさまは涙ながらにぴたりと寄りそう。

「ウィリアムさまにもしものことがあったら、と思ったら、わたしもう……」

 心配かけてごめんね、とほほえみかける王太子殿下。

 うん、いいご夫婦になるんでしょうね。おたがいに想い合って。うらやましいです。どこぞのバカ婚約者とは大違いだ。


 その王太子殿下の部屋の少し先。

 コンコンコン、とルーク殿下がノックをした。

「母上。いらっしゃいますか」

 中からは「ルーク?」と小さな声が聞こえた。

 王妃さまの部屋らしい。


 王家の居室なんて、はじめて来たしね。どこにあるのかも知らなかったよ。


「いま開けます」

 扉の取っ手にグルグルに巻きつけられたくさりをジョージ・クラークがほどいた。がちゃりと床に落とすと、扉を押した。


「母上!」

 王妃さまは、侍女もメイドもいない部屋に、ひとりでぽつんと立っていた。

「ああ! ルーク! まあ。ウィリアム。だいじょうぶなの?」

 駆け寄って来た王妃さまは、ヘンリー卿にささえられてようやく立っている王太子殿下に息を呑んだ。


「ええ、だいじょうぶですよ。助けが遅くなってすみません」

「そんなことはいいのよ。なにが起こったのかわからなくて、わたしどうしたらいいのか……」


「わたしは決して毒なんて盛っておりません」

 ルイーズさまが涙ながらに訴えた。

「ええ、ええ。わかっていますよ。あなたがそんなことするはずがありません」

 王妃さまはルイーズさまの手を取った。

「王妃さま」

 ふたりはひし! と抱きあった。


 ここには、嫁姑問題なんてないんだろうか。さらにうらやましいです。


「ブライスにしてやられました」

 王太子殿下が言った。

「隙を突かれたわね」

 王妃さまもくやしそうだ。

「これから、成敗しにいってきます。ルイーズ。母上といっしょにここで待っていてくれ」

「わ、わたしもいっしょに行きます! わたしが支えますから」

 その気持ちはよーくわかりますよ。


「ありがとう。でもね、安全なところで待っていてほしいんだよ。おねがいだから」

 王太子殿下は眉尻を下げてルイーズさまを見つめる。

 そんな顔で「おねがいだから」なんて言われたら、「はい」と答えるしかないよね。


「ルイーズ、そうしましょう。あなたに危ないマネはさせられないもの。いっしょにいてくれたらわたしも心強いのよ」

 王妃さまもそうおっしゃる。

 そうしたら、うなずくしかないものね。


 ルイーズさまは、名残惜しそうに王太子殿下の手を取った。

「せめて車いすをお使いになったら……」

「いや」

 王太子殿下はきっぱりと言った。

「ここは自分の足で歩いて行かなくてはね」

「……でも」

 心配そうなルイーズさまのおでこに王太子殿下はチュッてした。きゃ。

「ここは男としての気概の見せ所だ。見栄を張らせてくれよ」


 カッコいいですーーー。ルイーズさまも引き下がった。

「気をつけてくださいね。危ないことは決してなさらないように」

「うん、だいじょうぶだ。ヘンリーもジョージもいるからね」


 そのヘンリーとジョージは、倒れた衛兵に活を入れて起こした。

「あっ、王太子殿下」

 目を覚ました衛兵たちはあわてて敬礼をした。

「これはブライス公とグレイ伯の謀反である。これより両名および連座したものを捕縛する。総員はわたしの指揮下につくように」


 ぴしりと王太子殿下が命令を下すと、衛兵たちは「はっ」と答えた。

「ひとりは隊長へ伝令! 残りは内宮の警護につけ! あやしい者はだれひとり通すな」

「はっ!」


 ヤバいカッコいい。

「では行こう」

「え? アメリアは行くの?」

 ついていくわたしに、ルイーズさまはぽかんとした。ごもっともな質問です。

「はい! シャーロットお嬢さまが待っていますので!」

 きりりと答えましたよ。

「そ、そう。シャーロットを……」

「はい! ジェームズ殿下の魔の手から奪還しなくてはなりませんから!」

「そ、そうなの?」


「そう! かならず! 取りかえす!」

 ルーク殿下がこぶしを突きあげた。

「じゃ、じゃあ気をつけて。シャーロットをおねがいしますね」

「はいっ!」


 こうして、王妃さまとルイーズさまに見送られて、わたしたちは内宮を後にした。


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