花畑の下には

蛸田 蕩潰

花畑の下には

死にたいと、呟いていた。

呟くだけに終わっていた。

終わりを望みながら、そこにたどり着けないから、念慮が言葉になって溢れた。

誰にも聞かれないようにしていた、聞かせることでもないし、聞かれたら、死ぬ死ぬ詐欺だとか、かまってちゃんだとか、嘲られるから。

でも、一度だけ、一人だけ、そうしてこなかったひとがいた。

彼女は、私が死にたいと言うと、いつの間にか、私が気づいていなかっただけか、そばにいて、

「死んだらさ、どんな風に眠りたい?」

そう私に訊いた。

そんな問いも、希死の吐露への、嘲笑的でない返しも、初めてだった。

けれどどこか、その問いが嬉しかった、ひょっとしたら私は、否定も、肯定もしない言葉を求めていたのかもしれない。

「そうだね」

私はぽつぽつと答え始めた。

「どこか、誰も私を知らないところで、墓標もいらないな、ひとりでゆっくりと、土に還っていきたい」

「そっか」

彼女は柔らかに微笑んで、そして彼女もまた、眠り方への願望を語った。

「私はねぇ、墓標は欲しいんだ、でもそれは、人の作るものじゃないのがいいな、例えばさ、自然の中で、ポッケにひとつかみ花の種を入れて、世界から逃げるの、そうしたら、私だったものを養分に、小さなお花畑ができるでしょ」

彼女もまた、終わりを望みながら、それに矛盾して息をしているのだと、そう思うと、私は放り込まれた薄闇の中で仲間を見つけたような気持ちで、彼女もまた、私と同じように感じているようだった。


そうして、私と彼女は死に引き合わせられた。

息をする息苦しさ、生への呪い、希死念慮への罪悪感。

それら、健全な他者へは語れ得ない情感を、初めて共有できた。

それがどうにも、嬉しかった。

色んなものを共有する中で、溢れた感情が涙になって、それまで私にとって泣くという行為は胸が締まって息ができなくなることであったけれど、そうではない、本物の、涙を流して泣くという機能を取り戻したこともあったし、何か思い出してはいけないものを思い出してしまったらしい彼女を抱きしめて、縋られたこともあった。

私たちは、死にたい理由そのものだけは、お互いに触れなかった、それが暗黙の了解だったし、それが私にも彼女にも、楽だったから。


この関係は、私たちのどちらかが本当に眠るまでのしばらくの間、続いた。

本当に一瞬だけ、私が、彼女がこの世界で目覚めつづける理由になれないか、とも思ったけど、すぐにそれを恥じた。

それは、言葉にせずとも、彼女への侮辱にほかならなかった。

そうして、その感情とともに悟った。

私は、多分、死ねないと。

奥底では、生きていたいと、思っているのだと。


そうして私が、失意に暮れている中、彼女は終わりにたどり着いた。

言っていた望み通りに、花の種を持って、自然の中で眠りについた。

けれど、そうなった彼女は、死体安置所に運ばれて、火葬された。

私にはそれがどうにもやるせなくて、切なくて、彼女が可哀想でならなかった。


私は、私にできる精一杯をした。

彼女の形見を、彼女が寝床に選んだ場所に、持っていた花の種と一緒に埋めて、水をやって、定期的にそこに訪れた。


私は、墓守になった。

どうか彼女が、ここで安らかであるように、それが、私をこの世に繋ぎ止める錨となって、寄りかかって生きていけるものになった、彼女に会いたいと思うこともあるけれど、それは冒涜だ。


私は、もうしばらく、息をし続ける。

せめてその間は、彼女の眠る場所が、侵されないように、この無名墓碑が、手折られないように。

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花畑の下には 蛸田 蕩潰 @6262-334

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