第2話 異世界召喚
(何これ……)
自分の置かれている状況が理解できず、美澪はその場に
そして、そんな彼らの前で一人だけ
「
「えふぃーりあ……しんかんちょう……」
聞き慣れない文字の羅列が耳を素通りしていく。
「はい、そうでございます。……もしや、エフィーリア様の故国には、存在しない役職なのでございましょうか?」
言って、首を傾けたリヴァースの顔を食い入るように見つめた。
リヴァースの瞳は青紫色をしており、見る角度によって青や紫にも見える不思議な色合いをしていた。
日本ではまず見ることのない、タンザナイトのような瞳の中に、恐慌をきたす寸前の美澪の姿が映っている。
――
「……っ、」
そう瞬時に悟った美澪は、後退し、リヴァースから距離をとった。
「エフィーリア様……?」
「っ、イヤ!」
突然
「エフィーリア様?」
美澪に拒まれると思っていなかったようで、リヴァースは驚いた表情を浮かべて目を丸くしている。
美澪の顔には、隠しようのない警戒心がありありと浮かんでいた。
「……お願い。あたしに近づかないで……!」
そうしてじりじりと距離を離しているうちに、美澪はハッと、自らの足元に違和感を覚えた。
例えるなら――そう。まるで、ウォーターベッドの上に立っているような不安定な感覚に似ていた。そんな浮遊感にも似た感覚の原因をつかむため、おそるおそる自身の足元を確認した。すると、
「――え?」
驚くことに、黒いローファーの靴底は、水面に浮かんでいたのだ。
「うそ、ありえない……!」
美澪は恐怖に引きつった口元を手で覆った。
にわかに信じられない光景を瞳にして、血圧が一気に下がったのを感じた。
美澪の顔は色を失い、ぶるぶると震えだした
(あれ……?)
そうして、そのときに始めて、全身がずぶぬれであることに気がついた。
(そういえばあたし、図書室で不思議な本を読んでいて……いきなり水中に……)
そう理解した途端、美澪の頭の中は真っ白になり、戦慄く唇からカチカチと歯の鳴る音がした。
そのうち、呼吸が浅く早くなり、両手の指先の体温が失われしびれていった。美澪は、はっはっと息を吸いながら、感覚を失いつつある両腕を持ち上げ、自分の頭を抱え込んだ。
(苦しい、息ができない。あたし、死んじゃうの……?)
美澪がパニック発作を起こしている間、誰かが必死に呼びかけてきたような気がしたが、その言葉を理解する余裕はなく、ついには水面に倒れ伏してしまった。
(……こわい。恐いよ……お父さん、お母さん……)
白くまろい頬を、一筋の涙が流れていく。それは水面を通り抜け、やがて水と混ざり合い、溶けて消えていった。――その瞬間、
水面が強く発光し、金の粒子のようなものが美澪の身体を包み込んだかと思うと、倒れ伏していた身体はひとりでに起き上がり、まるで聖母マリア像のように、神官たちに向けて両腕を前に差し出した。
意識をもうろうとさせ、むせび泣いていた美澪の変わりように、リヴァースたちは動揺し身構えた。
「エフィーリア様。どうか、お気をたしかに……!」
その呼びかけに応えるように、美澪は閉じていた目蓋を
今まで叩頭していた神官たち、
皆が混乱し、神官長に指示を仰ごうと集まる中。それまで動きのなかった美澪の口が開いた。
『聞け、信徒たちよ』
言われ、皆が一斉に振り向いた。
『
その場にざわめきが起きたものの、神官長の
『この者――泉 美澪は、私の
おお、やはり、と控えめな声が上がる。
『その名は、ミレイ・エフィーリア・ディ・ヴァートゥルナ・ヒュドゥーテル。――私の心に
言って、声が途切れると、美澪の身体はひときわまばゆい光を放ったのち、その場に崩れ落ちた。
光が消え去り、その場に静寂が満ちる。神官長――リヴァースは、泉に駆け寄り力なく横たわる美澪を抱き上げると、「メアリー」と声を上げた。
リヴァースに呼ばれ、彼の足元に参じて跪拝した少女――メアリーは、「お呼びでしょうか、神官長様」と面を上げた。
「うむ」と振り返ったリヴァースは、「ついてきなさい」と言って神殿の奥へと歩き出した。彼が向う先には、高貴な要人のために用意された居室がある。
リヴァースの3歩後ろを影のように追いかけていたメアリーに彼は言った。
「今この時より、おまえを還俗させ、エフィーリア様の侍女の任を与える。メアリー・ド・ラウィーニア。手抜かりなきよう、一心にお仕えしなさい」
メアリーは間を置かず、
「ありがたき栄光に感謝いたします。ブロネロー神殿の元見習い
言って、床に額を擦り付けて叩頭した。
*
――誰かが呼んでいる声がする。
「――え?」
美澪は視界に飛び込んできた景色に
眼前に広がる美しい景色に思わず
「――どう? 気に入った?」
と含み笑う声が聞こえ、美澪は後ろを振り返った。そうしてそこに立っていたのは、物語に登場する神や精霊のように、優美で神秘的な容姿をした少年だった。
「やっと会えたね。美澪」
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