特別編「工芸部夏合宿する!」④

※ご案内······本文中のリンクは近況ノートに繋がっています。写真と合わせてお楽しみ下さい♪



「楽しみですね♪」


 と言った椿は何故か浴衣姿で僕の前に正座している。この場合の浴衣とは夏祭りなんかで着る花や金魚などが描かれたもの、ではなく旅館の名前の入ったものだ。

 そう、ここは鳴子温泉の旅館の一室。ショウタさんの紹介で工芸部一行は本日、鳴子温泉に一泊する。


「えっと?」

「あ、さすがにお泊りまでここにはいませんよ? まあ、せんぱいがイイならイイです、けど♪」


 ショウタさんが紹介、ならびに割引チケットをくれた旅館は2軒、合計4部屋。高校生が出せる旅費から考えれば破格の対応で、本当にありがたい、のだが。


「お夕飯、こっちに運んでもらえるようにお願いしたんです♪ なのでご飯ご一緒して、その後一緒にお風呂行きましょ?」

「なるほど······」

「ちなみに混浴······ではありません残念ながら♪」


 ふむ。ところでスマホがさっきから鳴り止まないのはもちろん蒔絵先輩、だろうな。


 食事を済まし大浴場の前で椿と別れる。

 鳴子の町はところどこから噴き出す湯気で硫黄の匂いがする。なので硫黄泉もあるが重曹泉や食塩泉が皮膚に良いとされ「美人の湯」と言われる。ちなみに温泉番付では東の横綱だったりして。


 湯上がりに入口前の自販機でコーヒー牛乳を飲んでいると「あ、わたしもー♪」と椿が暖簾を潜ってかけてきた。

 まだ少し濡れている髪に、浴衣から覗くうなじが少し上気なんかしていて。


「ひと口くーださい♪」


 僕の飲みかけのコーヒー牛乳に躊躇いもなく口をつけると、にっ、と目を三日月型にして笑う。


「ふふっ♪ 湯上がり美女に見惚れちゃいましたか?」

「······まあ、そう、だな」

「おおー、せんぱいが素直です♪」


 そう言って僕の腕ぶら下がる。いやはや、この僕が椿の、その、か、彼氏、だなんて、な。


「う〜ん、ここのところレッスンとイベントでくたくただったので久々リラックスです♪」

「僕も受験勉強ばかりだったからな」


 そんな感じで廊下を歩き、それぞれの部屋に別れる。


「明日は近くの沼でジンギスカンだそうですよ!」

「バーベキューじゃなくて?」

「硫化ガス出てるらしいです」

「なるほど」

「楽しみです♪」


 ああ楽しみだ。今度は同じ意味でそう思う。



 翌日、ショウタさんと蒔絵先輩の車が、僕達が泊まったホテルの前に向かえに来てくれる。


「洋一ぃ? なんでメッセージ返してくれなかったかなー」


 と蒔絵先輩がご立腹だ。あまりにメッセージが大量で途中で電源を落とした、などとは言えない。


「蒔絵先輩♪ なのでご心配なく♪」


 と椿が挑発的なのは鳴子温泉に来てからだ。前より仲が良くなったようでいい事だ。という事にしておこう。



「「「「おおっ!!」」」」


 旅館からわずか10分足らず、ショウタさんの工房を越えて山道を抜けると急に目の前が開け、青とも緑ともつかない不思議な色の水面が青空の下広がった。


※潟沼https://kakuyomu.jp/users/nuriyazeze/news/16818093081658878293


「そして結構臭うわねー」


 ここ潟沼は強酸性火山湖、いわゆる火口湖だ。水面に面した斜面にはところどころ黄色の硫黄と蒸気らしきものも見える。穏やかな水面をカヌーで遊ぶ人達。そして直ぐ近くで銃声のような音が鳴り響いていた。


「直ぐ近くにクレー射撃場があるんだよ」


 ショウタさんが指差す方にそれらしき建物、その前方にひときわ蒸気が立つ場所があった。


「ひょっとして温泉湧いてるんですか?」

「そう、だけどあまり近づかないようにね。硫化ガス吹いてるから具合悪くなるよ」

「ひえぇ······」


 皆で近づいてみるとグツグツと言う音が聞こえる。


※グツグツ温泉https://kakuyomu.jp/users/nuriyazeze/news/16818093081659167023


「洋一、こっちこっちー」

「手書きの看板がなんつーかめんこいな!」


 僕達は湖畔のレストハウスでジンギスカンを楽しみ、食後は手書き看板にあった温泉水コーヒーを頼んだ。


※手書き看板https://kakuyomu.jp/users/nuriyazeze/news/16818093081659347769


 その日は気温が32℃まで上がったが少し山の上になると風が気持ちよく、おのおの受験やレッスンなどの日常から離れのんびりと過ごす事が出来た。


 ショウタさんに今回の合宿のお礼を伝え僕たちは鳴子温泉駅に戻る。


「じゃあ、あたしも帰るわねー。洋一も受験勉強頑張ってねー♪」


 駅前ロータリーで蒔絵先輩が言い軽トラに乗り込もうとするところを、椿が後ろからタックルするように抱きついた。


「蒔絵せんぱあい、またきてくださひねぇ」

「なに泣いてんのよ。まったくなつめはめんこいなぁ」


 と、なんだかんだ仲のいい椿と蒔絵先輩がうるうるしながら抱き合うのを、僕と尾形は微笑ましく眺めていた。



「さて、じゃあ締めはやっぱりコレだな!」


※玉こんhttps://kakuyomu.jp/users/nuriyazeze/news/16818093081659704507


 帰り際立ち寄った道の駅で尾形が三人分の玉こんを持って戻って来る。炎天下の夏空の下、まだ熱々の玉こんをハフハフ言いながら口に運んだ。


「しっかし、夏だなー」

「紛う事なき夏です♪」

「まったく、夏だ」


 高校生活最後の夏。でもまあ、夏は始まったばかりだ。


 さあ、次はどこに行こうか!


「いえ先輩、受験生ですよね?」



──おしまい──


 

 4回に渡ってお送りしました「前世が漆···」特別編「工芸部夏合宿する!」はいかがだったでしょうか?


 今回は本編作中に出てきました「鳴湖温泉」のモデル、宮城県鳴子温泉に聖地巡礼(笑)して来ました。

 実際の竜文塗体験他の写真、近況ノートの方と合わせましてお楽しみ頂けたらと思います。


 時々このような企画を考えておりますので、ご機会ございましたらまたご覧下さい♪


 ぬりや是々

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