私より強いものに会いに行こう……VRゲームでな!

梅干しいり豆茶

序章:格闘バカ爆誕

 私の名は、兼元かねもと  玲子れいこ

 祖父が武術の道場を経営していることもあり、幼少期から武の道に身を置いている。

 内容としては、武芸十八般に対し、生身で対処すべく生まれた武術だ。

 武芸十八般とは、剣術や槍術、弓術等の武器を用いた戦術を中心に、柔術、隠術等、戦闘で用いられる主立った武芸のことだ。

 

 まだ習い始める前のことだ。

 たわむれに祖父の弟子と対戦格闘ゲームをしてからというもの、ありらゆる格闘と名の付くものに興味を持ち、習わずとも己が力でそのゲームと同じ技を繰り広げ、祖父の弟子達を圧倒させていた。

 それを目の当たりにした祖父は私に天性の才を見出し、こう言って武術を勧めてきた。


いずれ出会うであろう、玲子の主君を守る力を手に入れぬか?』


 私にとって、圧倒的な強さを誇る、羨望の的であった祖父の弁であることも無論だが、その文言が、私に得も言われぬ喜びを抱かせた。

 主君を守る為、己の身を盾とし、ほことなって主君を守る。

 何と甘美な話であろうか!

 何れ出会うであろう主君の為、私は己の腕を磨くことに精進し始めた。


 土地だけはある我が家の裏山で、あるいは道場で、己の体を限界以上に酷使する。

 最初の内は、腹の中を全て吐き出してしまい、食欲も失せるほどの訓練であったが、それでも徐々に力を増す己の体が、まだ見ぬ主君への思いが、更なる修羅の道を望み、祖父との特訓に没頭させていく。


 祖父に才が無いと見放され免許皆伝までいけなかった父は、それが不満だったのではなかろうか。

 事は、祖父が所用で席を外していた時の模擬戦で起こった。


「ぐはぁっ!」

「そこまで!」


 相手が倒れ、喉元へと手刀を伸ばすその刹那せつな、審判をしていた父から制止の声が掛かり、私はすんでの所で手を止めた。


「……これは、実践武術ではないのですか?」


 私が止めを刺せず、義憤を込めた声色で睥睨すると、父は失笑して私へと向かい、視線を合わせるように屈み込む。


「……玲子、訓練で人をあやめるつもりか?」

師範おじいさま は、何時いつ何時なんどきでも本番のつもりで挑め、と仰っています」

「……お前はいつも、言葉通りに捉え過ぎる……」


 そう呟く父は、眉根の皺を深め目を閉じたままかぶりを振る。


 大変遺憾である。

 いくら私があまり勉学に精通していないとはいえ、殺人が法律で禁じられていることは周知しており、当然今も、手刀を伸ばしたとはいえ、生命を奪うほどの威力では無かった。

 私の表情からその思考を読み取ったのか、父は私の両肩に手を乗せ、諭すようにゆっくりと言葉を紡いだ。


「……玲子、この日本はとても平和な国だ。それ故に、お前の持つ力は余計な軋轢あつれきを生むのでは、と父は懸念している」


 父と視線を交わしながらも私は不承不承ふしょうぶしょう、その言葉に耳を傾ける。威力を抑えたとはいえ、他の者には見えなかった手刀を、父は制止させたのだ。祖父から見れば才無しかもしれないが、父の力量を私は知悉ちしつしている。

 とはいえ、この道場は実践武術だ。練習で、とはいえ、多少の怪我は付き物ではないだろうか。むしろ、その怪我を素早く治す事も訓練の内であろう。


「……私が玲子に武術を許したのは、あくまで護身の為、と思っている。だが、祖父は過剰な力を与えすぎた。よもや、十歳にしてここまでの力を備えてしまうとは……」

「……護、身の、為?!」


 父の言葉に驚愕し、私は体中から血液が失せていくような感覚に陥る。

 私が武の道に進んだのは、何時か現れるであろう主君の為。

 代々培われたこの実践武術はその歴史故に今も尚、いきいていると信じて疑わなかった。

 祖父も常に『何時か現れるであろう主君の為、その腕を磨きに磨いておくべきである』と公言してはばからなかった。


「……まさか、本当に祖父の言う事を鵜呑みにしていたとは……いや、幼い頃からの言葉では致し方ない事か……正しき道を教えられずにいた私にこそ、とががある」


 父曰く。

 現代社会に於いて、武芸を極めた者を配下として迎える主君という存在が極めて稀である事。

 武芸より寧ろ知に長けた者を欲する風習があるという事。

 そして何より、力こそ備えてはいるが、あくまで一般人である私の主君(この場合、あくまで武術を用いて、ではあるが)となるであろう者の存在が皆無と思われる事……。


 祖父の心は未だ戦の真っ直中で、そのような話は即刻一喝され、なかなか私に告げさせられずにいたらしい。

 切々と語られる内容に、私は自身の存在意義を根底から打ち砕かれ、全身が動きを止める。


「い、いや、護身は大事だぞ。お前は母に似て、とても整った顔立ちをしている。鍛え抜いた力の割に、目に見えて筋肉質でもない。邪な連中から身を守るすべはあった方がいい。だが、やり過ぎてはいかんぞ」


 艶やかで癖のない、黒い髪。訓練に没頭する余り鋭い目付きではあるが、大きめな瞳は凜としてなお愛らしく、やや小ぶりの唇が庇護欲を掻き立て、幼いながらもほっそりと滑らかな白い肌は、将来が楽しみであるらしい。

 それは、私の力をよく知らぬ新弟子達からも聞かされていた印象であった為、父親の欲目ではないようだが、そんな事はどうでもいい。

 まだまだ己の力量不足を感じながら、日々鍛錬に明け暮れていたのは何だったのか?


「べ、勉学にもいそしみますから、私から主君を取り上げないでください!」

「い、いや、そういう意味ではなく!」


 素早く足を整え正座をし、床に擦り付けるように父へと頭を下げる。

 父の言い分にも耳を貸さず、私は只管ひたすら懇願する。混乱し過ぎて訳が分からなくなっていたのだ。

 父の溜息が耳に届いた瞬間、私の体は矢も楯もたまらず道場を飛び出していた。


 私は一体、何の為に日々、鍛錬に明け暮れていたのか?!

 居もしない主君への忠誠は、妄想に過ぎないというのか?!


「……いや、無駄にはすまい……」


 森の中、裸足で駆けていた私はその足を止め、口を噛んだせいで流れ落ちる血を拭い、新たなる目標を掲げる。


 ……ならば、私は最強を目指そう! 自らが主君となり、ありらゆる生命の頂点へと立つのだ!



* * *



 ──……こうしてよわい十にして、格闘バカ兼元玲子は誕生した。

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