第1話 私より強い奴に会いに行こう……乙女ゲーだがな!

「麻衣ちゃんアリガトー! 面白かったーーー!!」

「でしょ? これ、かなりいいっしょ!」

「あたし、カズ君スキー!」

「私は断然、モト君推し!!」


 教室の一角で私と談笑していた友人Aに、友人Bがゲームのソフトを興奮冷めやらぬ態度で手渡しに来る。

 かくいう私もゲームには目がなく、そのソフトをジッと見詰めていると、Bとソフトの感想を言い合っていたAが私の視線に気付き、蔑んだような瞳で私を見返した。


「私も……」

「アンタにはムリだな」


 私の言葉を遮り、友人Aがのたまう。

 ここでの『宣う』は、慇懃無礼いんぎんぶれいな意味で解釈して欲しい。

 そうでないと、いきなり否定された私の気持ちが堪ったものではない。

 そう宣わった彼女は、私に奪われまいとゲームソフトを胸に引き寄せ、両手で覆った。

 ……パッケージが見えないぞ! この鬼畜が!!


「……アンタ、やった事ないだろーし」


 失敬だな! 家に何十本とあるぞ!


「……しかも、VRバーチャル対応だし」


 当然、そういう最新機も発売日当日に深夜から並んで購入済み!! 既に何本もクリアしているわ! 舐めるな!


「……じゃあ、しょうがないな。……私がサイドで色々教えてあげるから、やってみれば?」


 私の多弁な鋭い眼光に溜息を吐きながら、友人A、もとい佐藤さとう麻衣子まいこはボブカットの髪を掻き上げ、居丈高にゲームのパッケージからロムを取り出し、私に手渡した。

 ちなみにBは、鈴木すずき杏莉あんりという、ちょっぴり童顔で背の低い、甘い砂糖菓子みたいな癖毛のツインテール女子だが、完全な蛇足である。


 蛇足ついでに名乗っておこう。

 私の名は兼元かねもと玲子れいこ

 ポニーテールがトレードマークの、ちょっぴり気の強いJKだ。

 自宅警備員の略ではない。の方だ。

 ……おっと、それよりも麻衣子の問題行動を追求せねばだった。


「……何故、パッケージ毎貸さない?」

「アンタ直ぐ汚しそうだし」


 何だと?! 確かに家の部屋は脱いだ服や仕舞い忘れた服、食べかけの菓子や飲みかけの飲み物がそこかしこに零れ……いや、うん。貸してくれるというのだから有り難く借りるとしよう。

 下校途中、麻衣子に何やらソフトの始め方を説明されたが、先程も述べたように私はゲーム好きで幾つものゲームをクリアしているので、大して耳に入れずにその場を離れた。


 家に帰り、逸る気持ちを抑えながらVRゲーム用ヘッドギアの差し込み口に借りたソフトを差し込み、ヘッドギアを被る。

 パスワードに、麻衣子から渡された意味不明の英数字を入力し、目の前にある『はじめる』という文字へと意識を向けると、眼前には花と模様で彩られたタイトル画面が現れ始めた。

 ……『キラキラ星を捕まえて』?!

 何とも巫山戯たタイトルに若干のクソゲー感をいだきながら説明をスキップすると、私は世界へ誘われ、異様な部屋に立たされていた。

 薄い茶色のフローリングに、白とピンクで塗り固められた北欧系家具と、ピンクのカーテン。


「チェンジだ!!!」


 あまりにも幻想的ファンシーすぎる部屋に私は思わず叫声を上げるが、そのようなシステムは無いらしく、私の声はファンシールームで虚しく木霊する。


『設定をして下さい』


 何事もなかったようにシステムの声が脳に響き、名前と生月日、血液型の入力を要請してくる。

 後ろ暗い事のない私は己のそれと同一の物を入力し終えると、ファンシールームにいたはずの私は、とある学校の前にまで飛ばされていた。


『玲子、聞こえる?』

「……ああ」

『良かった。アンタの事だからパスワード、入力し忘れるかと思った』

「……何処まで私を小馬鹿にする気だ?」


 舞子の不愉快な言葉が脳内に響く。

 麻衣子がいうには、そのパスワード入力とは他の人と同じ世界を一緒に楽しむ為の独自システムらしい。

 それなら入力しなければ良かったと思わず後悔の念にさいなまれるが、もう遅い。

 仕方なく麻衣子の野次を聞きながら、ゲームを楽しむ事にした。


「……む?!」


 私は左後方から妙な気配を感じ、体を捩らせながら右足の中足に力を入れ、体を浮かばせた刹那、左後方にいた相手に牽制の蹴りを入れ着地する。

 相手も私の動きを察してか、軽く左へ肩を逸らし、私の蹴りを紙一重で回避した。

 が、私の蹴りはあくまで牽制。

 そのまま相手が体勢を崩している内に水月へと回し蹴りを入れようと、左軸足に力を入れる。


『ちょ!!! ストップストップ!!!!!』


 麻衣子の脳を駆け回る叫びにより、私の体は蹴りを入れる寸前で静止させられる。

 蹴りを免れた男は困惑しながら逃げるように校舎へと駆けていった。


「……ちっ。お前のせいで倒し損ねたじゃないか」

『あ、アホかあああああ!!!』


 大した相手ではない為、いつでも勝てる余裕を感じた私はあまり麻衣子を攻めないように、しかし大物を前にした際に同じ行動をされては堪ったものではない為、厳重な注意として事実を告げる。

 だが、麻衣子は反省する様子もなく、逆に私を罵倒した。


「アホとはなんだ、アホとは!!! お前こそ大馬鹿野郎じゃないか!! 敵が逃げたんだぞ!!!」


 麻衣子の罵声に私は理不尽な怒りを感じ、麻衣子を罵倒仕返し、糾弾する。

 私の言葉に麻衣子は深い溜息を吐き、ゆっくりと私に叫んだ。


『……これは乙女ゲームだ!!!』

「ん? 私も乙女だ。問題有るまい」


 初彼どころか、初恋もまだの、純情乙女だ。

 その純情乙女もいつしか誰かと恋に落ち、イチャラブしてゴールイン。専業主婦をしながら夫を献身的に支える優しい妻になり、二人の子供の甘い母親になるんだろうが、それはまた別で、現在はバリバリ現役の乙女だからな。


『……いや、ぜっっっっっったいムリだろ、それ……』


 私の脳内まで読んだかのようなツッコミを入れ、麻衣子は再び深い溜息を吐く。

 そんな麻衣子の様子を考えている暇はない。

 いつ、敵が攻撃してくるか分からないのがゲームだ。


『……いや、だから乙女ゲーは……はあああああ、だから格闘バカに貸したくなかったんだよ……』


 またもや脳内の言葉にツッコミが入る。

 ゲームといえば格闘と相場が決まっている。

 幼少期、戯れに参加した対戦格闘ゲームで見知らぬ大人を下して以来、格闘にすっかり填った私は、対戦格闘という名のゲームを全て網羅し、それだけでは飽き足らずに己の身を鍛え上げ、実生活でも対戦格闘をこなし、あらゆる戦いで未だ負け無しの私を捕まえて、愚かな奴だ。


『……今の、肩がぶつかれば、みなもと宗近むねちか君とイベントがあって、フラグが立ったのに……』


 ……イベントだと?!!

 もしや今のは味方で出会っておけば、超必殺技やミラクルコンボ発生条件などが伝授されたというのか?!!

 ……それは惜しい気もするが、己の力量でやり遂げてこその格闘ゲーム。

 その為にあらゆる武道を習い、道場破りを繰り広げている今の私に敵う者などいないであろう。


「……まあ、私に任せておけ」

『任せらんないから私がサイドやってんでしょーが!!』


 怒りっぽい麻衣子は無視し、私は校内へと歩を進ませた。

 その時不意に殺気がし、即座に振り返ると先程とは別の男が、私の右肩を押さえ、体勢を乱してから足下へのローキックを浴びせようとする気配を感じる。


「……温いわ!」


 男の動作は未だ私の右肩へ掛ける所まで到達していない。

 私はその男の手を掴み、体を捻りながらそのまま前方へと投げ捨てた。


『きゃああああああ!!! も、モト君!!!!!』


 麻衣子の悲鳴が五月蠅い。

 ……ん? モト君とは、さっき杏莉と話していた時に麻衣子が言っていた名前のような気がするが、そんな事よりも気になる事が私には有った。


「……何か、さっきから背後からばかり攻撃してくるな。卑怯ゲーか?」

『だから違うって……!! このド阿呆おおおおお!!!!!』


 麻衣子は泣きそうな声で私を罵倒し続けている。

 投げ捨てた男は手にハンカチを握り、倒れたままゆっくりとこちらへ差し出した。


「……は……ハンカチ……落とし……」


 最後まで言葉を発せられず、男はその場で意識を失った。


『モト君は体が弱いのよ?!! 何すんのよ、このクソたわけ!!!』

「……く……たわ……? ……弱いくせに攻撃する方が悪いだろう?!」

『だから!! 攻撃じゃなくて!!! ハンカチ見てみなさいよ!』


 麻衣子の気迫に押され、倒れた男の手元を見る。

 見覚えがないが『兼元玲子』と、何故か私の名が刺繍されていた。

 余計に覚えがない。そもそも私は、自分の物に名前を入れる習慣がない。

 そこで、ある結論に至った。


「……成る程。油断させる為に創作された物、か?」


 相手が感謝して受け取ろうとした隙に、攻撃を入れる、と。

 何とも卑怯な奴だ。だが、私は誰にも負けない。

 私は決意を新たにし、警戒を怠らぬよう留意しながら下駄箱へと進んだ。

 周囲の人間は、私の隙のない動きを遠巻きに見ている。恐らく、何処から仕掛けようかと間合いを取っているのだろう。

 ……間抜けな。視線がこちらに向けられていては、隙など作るはずもない。

 全ての人間が一斉に攻めてこようと、既に脳内ではあらゆる対策が練られている。

 己の完璧さに暫し酔いながら、自分の名前が書かれている下駄箱を開けると、靴の上に1通の手紙が置かれていた。


 ──放課後、校舎裏の大木で待ってます。


「……果たし状か。なかなか骨のある者もいるようだな」

『……それもイベ……って、どうやってこいつに乙女ゲームを教えたら……あああ、もう!!』


 私は果たし状を握り潰し、微かに笑みを浮かべる。

 麻衣子は独り言を呟きながら、何かと戦っているようだ。

 そちらの世界も楽しそうだな。

 私もクリアしたら行くとしよう、サイドモードとやらを。

 ……しかし、こいつとは放課後まで戦えないのか、少々残念だ。

 私は高鳴る胸を押さえきれず、下見に校舎裏へ行ってみる事にした。


「ここが校舎裏か」


 校舎裏に回ってみると、思っていたより広く、開放感がある。

 道路に面したフェンスは低く、広い敷地のあちらこちらには、小振りな木と黒い鉄製の西洋風ベンチや自動販売機、ゴミ箱などが規則正しく置かれている。敷地の端まで行くと大きな大木が一本植えられており、その周辺には花のあしらった背の低い木製のフェンスで覆われていた。


「決闘場にしては、ファンシーな……」


 学校内全体が割と西洋風で彩られ、学校というにはやや装飾過多な気がしたが、ここはそれ以上に幻想的だった。

 今は朝のホームルーム前であり、人が殆どいないが、昼休みや放課後ともなると、憩いを求めて来る者も多そうだ。無関係な者を巻き込むのは私の信条に反する。


「……なるほど、それを踏まえて、か」


 なかなかやり手そうな放課後の対戦相手に、私の気持ちは更に高揚していく。

 その時、目の前から見るからに攻撃的な人間が私に向かって歩み寄ってくる。

 赤い髪に左耳に並ぶピアス。大きく開かれた胸元には攻撃に使えそうな装飾の付いたネックレスを幾つか着けている。


「……何だ、てめえ。ジロジロ見てんじゃねえよ!」


 男は私を睨み付けながら軽く牽制の蹴りを入れる。

 私はその足に右手を添え、体を宙に浮かべると左足、右足の連蹴りを男の顔面にお見舞いしようとした──が、男は寸前で上半身を退らせ、私の蹴りを躱した。男はそのまま蹴りを私に入れようと更に上部に移動させるが、流石に力が入らなすぎる。

 私は男の足から手を離し、そのまま宙で身を捩らせ、地面に着地して男へと向き直した。


『バッッッ!!! それ、杏莉の好きなカズ君だよ?!!』


 戦い終わったのか、麻衣子が我に返ったかのように私に話し掛ける。

 そういえば、そんな名前を言っていた気がする。成る程、杏莉が認める最強の男、という事か。

 確かに身のこなしが今までの男と段違いだ。


「……それは、楽しめそうだな」


 思わず笑みが零れる私に対し、男は警戒を強めたのか、険しい表情で身構えた。


「……てめえ、何モンだ? 俺を知ってて喧嘩売ってんのか?」

「……私は、最強を目指す者……貴様の名は友から聞いた。……強いらしいな」

「……成る程。俺を倒してテッペン取ろうってのか? あいにくだが、俺は連むのが苦手でな。テッペン張ってる覚えはないが……やれるもんならやってみな!」


 男の言葉が終わると同時に、私は右拳を男の顔面の人中へ真っ直ぐに突き伸ばす。男はその腕を回転させた己の左手で方向転換させ、右足で私の鳩尾を狙った。

 私は左足を曲げたままその蹴りを外へと捌き、そのまま男の右肋へと蹴りを入れる。その動きに男は体を後方へ移動させ、私の足の射程内から身を離すが、私も全面に出していた蹴り足を地面に向け、間合いを一気に近づけ、一気に両腕から下腹部へと連打を浴びせかけた。


「……ぐっっっ!!」


 男は軽く言葉を漏らし、私の攻撃で後退した体をそのまま下へと移動させ、しゃがんだ状態から私の顎へと右手を突き出す。

 私は軽く顎を引き攻撃を回避するとそのまま左足で相手の体を蹴り上げた。


「ぐ……あっっっ!!」

『あ、……ああああ!!!!! カズくうううううんんん!!!!!』

「うわああああああ!!!!!!」


 確かにかなりのスピードではあったが、自己流らしく、動きにムダが有りすぎた。言う割には大した相手ではなかったな。

 男が呻き声を上げて倒れると、呆けていたらしい麻衣子が大声を上げる。

 麻衣子の声とほぼ同時に、後方から何やら悲鳴を上げながら慌てた様子で去ろうとする男子生徒が一名。

 ……もしや、奴も対戦希望者だろうか?

 私は素早く駆け寄り、足払いを掛けて男子生徒を俯せに倒し、右手で背中を押さえつける。


「……対戦希望じゃなかったのか?」

「ぼく、ぼく……放課後の下見で……でも、知らなかったんです!!!! ごめんなさい!!! 無かった事にして下さいいい!!! ごめんなさいいいいい!!!」


 男子生徒は放課後の対戦者だったらしいが、私の強さを見誤ったらしく、両手で頭を抱え、泣き喚きながら対戦取り消しを要求した。


「……そうだな。お前では役者が足りない。……学校一強い奴を知らないか?」

「いいいいいい!!! ……え?! 学校一?! こ、校長先生???」

『……いや、それ、強いの意味違……はああ、もう、いいか……好きにしなよ……』

「……成る程。校長が最強なのか、面白い……!」


 麻衣子が深い溜息を吐きながら何やら呟いているが、最早気にしている余裕は無さそうだ。

 私は男から手を離し、ゆっくりと立ち上がると、指を鳴らしながら校舎を見上げる。

 校長が最強となると、教師陣もそれなりなのが揃っているだろう。

 幸い、学校という戦場に教師は腐るほど居るはずだ。

 私は真の強者の存在に恍惚し、胸を躍らせ、口端を上げた。


「いざ行かん! 我が戦場へ……!!」

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