#25 - 暴食

 やっと夏休みになった。窮屈きゅうくつだった学校からしばらく離れられる。

アタシは東京の大学に行くことに決めた。

DOOMSMOONドゥームズムーンと共に東京に行くのだ。彼らは年明け早々にメジャーデビューを控えている。アタシはその後を追って東京で大学生になる。

この前偶然会ったように東京の街でバッタリ会ったりなんていうことはないのはわかっている。都内のライブハウスばかりを回るわけではないのはわかっている。

同じタイミングで同じ東京に出て行きたかったのだ。

 それにアタシはこの町に何も未練はない。DOOMSMOONドゥームズムーンが飛び出すきっかけをくれたと思っている。

この夏はそのために塾の夏期講習に参加して勉強に専念するが、少しバイトもして、週末にはライブに行く予定だ。


 7月下旬、海で花火大会が開かれる。もちろんアタシはそんな人混みに行くのは気が進まなかったが美雨みうから誘いがあった。

嘉音かのんちゃんちの近くでしょ? 一緒に浴衣着て行こうよ」

と、誘われ、ウチの2階からでもかすかに見えるが、勉強ばかりでもつまらないし、ライブ以外で美雨みうと会って話もしたかったので人混みへ出かけることにした。

 当日美雨みうは浴衣を入れた大きなスーツケースをゴロゴロと引いてアタシの地元までやって来た。2人で商店街にある美容院に行き着付けてもらって髪をセットした。

最近はライブでしか会わなかったのでお互いいつも黒っぽい服装ばかりで、カラフルな浴衣が新鮮だった。

 花火の開催地はここから1駅行ったところだが、海岸に行けば遠くの花火が見える。盛大な花火は1駅くらい離れていたところでさほど遜色そんしょくなく見える。

開催地に近ければ近い程観光客が増えて人が溢れるので、地元の人達はたいてい商店街から5分ぐらいの海岸で小さい花火を見る。そんな地元の人で商店街はすでに混雑していた。

まだ暑さでダレていないセットしたての髪型で浴衣姿の2人の写真を美容院で撮ってもらったので、美雨の第1目標はすでに達成して

「浴衣が着たかっただけだからどこでもいいよ」

と、言ったのでアタシ達も地元の海岸で見ることにした。

 海岸沿いには毎年ものすごい数の海の家が出現する。騒音やゴミ問題で近隣住人と揉めるのでいつの頃からだったか閉店時間が決められた海の家は、今日は特別に夜も営業していた。

そこでかき氷と飲み物を買って、家から持ってきたレジャーシートを砂浜に降りるアスファルトの階段に敷いて2人で座って花火を見た。

 1時間くらいで花火は終わり、また人の波にのまれながら家の方へと向かった。アタシ達はライブの後だろうが花火の後だろうが、黒い服を着てようがカラフルな浴衣を着てようが、相変わらずDOOMSMOONドゥームズムーンの話を始めてしまう。それが楽しかった。

美雨みうと話をしながら人の列に従って歩いてると、逆向きに進んでいる列の人にすれ違いざまに肩を叩かれた。

「おう」

と、言ってアタシを引き留めたのは誠だった。

「久しぶり」と、言われたので「久しぶり」と返したが、人の流れをせき止めるわけにはいかずそのまますれ違った。彼は学校では見慣れない人達と一緒で、多分地元のサーファー仲間と来ていたのだろう。

「友達?」と、美雨みうは聞いたが、友達なのかはもうわからなかったので「いや、クラスの子」と、答えた。

夜遅く

<浴衣、いいじゃん。>

と、誠からメールが来ていたが、美雨みうがウチに泊っていておしゃべりに夢中で返信しなかった。

そういえば誠と一緒に拾った子猫は新しいお家が見つかったと連絡が来ていたことを誠には伝えていなかった。


 別の日、塾の帰りにアタシには初めてのことが起こった。

夏期講習中は父が車で迎えに来てくれていたので、授業を終えて塾の前で父を待っていた。すると男の子がアタシに話しかけてきた。

「突然すいません、同じコースにいる戸田です」

自己紹介をされて、確かに見覚えはあるが名前は初めて知った。アタシは話をしている彼をただ見ていた。

「あの、よかったら付き合ってくれませんか?」

まさかの告白だった。アタシはそんな経験もないし驚いて

「え?」

と、不愛想な返答してしまった。

「突然すみません。ずっと鈴木さんの事気になってて……仲良くなりたいっていうか……」

彼は慌てて謝った。

「あ、ごめんなさい。アタシそういうの興味なくて……」

アタシも慌てて謝って、そのまま足早に近くのコンビニに逃げ込んだ。

 今日初めて話した戸田という男の子はアタシに告白をした。突然の出来事で理解が追い付かない。恥ずかしさと緊張で体は火照っていた。

塾の前に立っているはずのアタシが見つけられない父から着信が来た。

「ごめん、コンビニ来てる」

と、言うと父はこちらに車を回した。父に悟られないようにアイスを買って食べて体の火照りを冷ました。


 数日後のバイトで、塾前で起きた件について福西に話をした。

「友達ならオッケーとか言えばいいのに、いい子かもしれないじゃん」

彼女は言ったが、アタシにはそこが問題だった。友達でもない子をどう好きになったのだろう。アタシは実際、戸田の顔を今は思い出せない。突然の事で動揺していたのもあるがそれまで意識さえしていなかった。もしかしたら罰ゲームか何かかもしれないとまで思っている。

「福ちゃん、考えてみて。アタシが学校でボッチとか、ココでバイトしてるとか、バンギャとか、彼は知らないんだよ? アタシの事なんて知らないの。なんで好きなの?」

アタシの何に惚れたというのだろう。実際アタシが付き合いますと返答していたらどうなってしまうのだろう。アタシが戸田の期待するタイプの女の子じゃなかった場合、アタシはそう言ってフラれるのだろうか。それはあまりにも乱暴すぎないか。

「一目惚れとかあるんじゃない?」

「外見だけ? 見た目だけで付き合いたい程になるの?」

「私はならないけど、そういう人もいるんじゃない?」

2人で戸田の思考について議論した。

「よく知らないのに好きになるなんておかしいよ」

自分でそう言って、その言葉が自分に刺さった。

アタシにとってのSHUシュウだ。

アタシもSHUシュウのことはよく知らない。ライブで観ただけで好きになった。

知ってることといったらネットでわかる情報と、ステージ上の彼の姿だけ。

アタシのこの気持ちは乱暴な結果を産むのだろうか。

好きな気持ちとはなんなのだろう。

付き合うとはなんなのだろう。

どこにゴールがあるのだろう。

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