#05 - 開放
ついにその日を迎えた。昨晩はあまりよく眠れなかった。
土曜日だから学校は休みで、朝から
エンジアブーツはこの日の為にブラッシングしクリーナーで汚れを落としておいた。
バッグはちょうどいいものを持っていた。大きながま口の黒いフェイクレザーでできたハンドバッグ。それに財布やハンカチなど必要なモノを詰め込んで準備は万全だ。
先日買った洋服を予定通り身に着た。
髪をアイロンでいつもより丁寧に伸ばしてストレートにセットする。
前日にはネイルも整え黒いマニキュアを塗った。
晴れぼったく少し吊り上がった二重の目に暗めのアイシャドウを薄く塗ってしっかりアイライン引く。上下の睫毛にマスカラを塗ると嫌いな
いつもの朝の倍以上の時間をかけて身支度をした。
鏡の中のアタシは写真の母に少し似ていて、それに
しかし今日はそんな人のことを思い出して
夕方アタシは待ち合わせの為、
少し早めについたアタシに向かって
「かわいいじゃん!別人だね!」
と、
お互いの変化ぶりを褒め合っていると2人の女の子が店にやってきた。彼女たちもライブハウスに行くのだろうと思わせる格好で
年齢も出身も違う2人は
2人は今日ライブ初体験というアタシに興味深々でいろいろ質問され、
「初々しいなぁ」
「そんな頃が懐かしいなぁ」
などと、口々に言っていた。
友達のいないアタシはこんな風に軽快に複数人と会話したのは久しぶりで新鮮だった。アタシは興味のある事柄には、こんなに積極的に会話できるのだと自分で自分に驚いた。
そして4人でライブハウスに向かった。
喫茶店から歩いて10分くらいで、履きなれない重いエンジニアブーツだがその重さは感じず足取りは軽かった。
大通りから少し入った雑居ビルの地下にそのライブハウスがある。
1階は街によくある中華屋でお腹が減るようないい匂いが漂っていた。その中華屋のわきにあるビルの入り口には、これからライブハウスに入るだろう人が数人タバコを吸いながらたむろしている。その中の1人が
入り口を入ると途中で止まってしまいそうなくらい古びたエレベーターの扉があり、その横の階段を下るとついに目的地にたどり着く。
黒い壁の階段にはポスターやフライヤーが貼られていて、下るにつれて中華屋の油っぽい空気が薄れてそれらしい雰囲気が増す。階段を1段ずつ降りるたび、心音が大きくなるような気がした。
階段を降りきると、赤いネオン管のライブハウスの名前が
アタシはついにやってきた。
受付にはスタッフTシャツを着た男性がいて、なにやら
そのまま4人でバーに進みそれぞれカウンター内のスタッフにチケットを渡して注文した。
「お酒はダメだよ」
と、
「はい、飲めないと思うので……」
と、返すと
「アタシは
と、笑いながら言った。
アタシはドリンクチケットと引き換えたノンルコールだというカクテル風の甘い飲み物の入った細長いグラスを持ってそれにくっついていた。
学校では誰とも話さないアタシはここでは別人だった。
そして開演時間が迫り人がステージ前に集まりだした。
「よし、行こ。
と、
「ねぇ、ミウちゃんだっけ?お願いしていい?」
と、アタシの右側にいた
「あ、はい。ミウです。何ですか?」
ロリータと言うにはちょっと控えめで暗い色合いだがフリルのあるシャツにひざ丈のふんわりとしたスカートで、ミルクティ色の肩より少し下の髪をカールして女の子らしい格好をしたその子はびっくりしたような顔で答えた。
「この子、
「もちろんですよ。私、独りなので……一緒に楽しも」
小さくて可愛らしい彼女は人懐っこい笑顔をアタシに向けて、
独りで来たという勇気のある彼女は"
「かわいい名前……」と、思わずつぶやくと彼女はもちろん偽名だと言って笑った。
名刺を見ていると視界が暗くなって、いよいよ始まる。アタシはあわてて名刺を胸ポケットにしまった。
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