#03 - 仰望

 思わぬ莉愛マリアとの出会いによって、ライブハウスデビューをすることになったアタシはほどよい緊張感と味わったことのない高揚感こうようかんでその日を待ち望んでいた。

 新し物好きの父からもらったおさがりラップトップでDOOMSMOONドゥームズムーンについて調べてみる。

ファンが自発的に作ったと思われるサイトがいくつか出てきていろいろ教えてくれる。

ヴォーカル、ドラム、ベース、ギターが2人でメンバーは5人。

ギターの1人がリーダー。彼とドラムは同じ中学で結成した最初期からのメンバーであとは入れ替わり立ち代わりしている。この2人が元々V系ヴィジュアルけいに憧れてバンドを始めたので、今のDOOMSMOONドゥームズムーンにV系の名残があるのはそういう経緯からだ。

高校2年の時、地元の顔見知りだったベースをスカウトすると『ギタリストの親友も一緒なら……』と、希望したので1度に2人加入した。

それからヴォーカルが受験勉強のために抜けた為新しくバンドの顔を探していたところ、リーダーが別のバンドで歌っていたヴォーカルに魅了されて引き抜き、DOOMSMOONドゥームズムーンに加入した最後の1人となった。

たしかにCDからでもヴォーカルの凄さは伝わってきた。そのヴォーカルだけは少し離れた町の出身だったが10代の頃から顔見知りで仲の良い5人で結成されたバンドだ。

この5人になってからはメンバーも変わらず地元のライブハウスを中心に活動していて、自主製作でアルバムを1枚出している。


 ドラム以外がそれぞれ作曲したデモ曲を持ち寄りみんなで曲を仕上げ、全曲の作詞・作曲のクレジットはDOOMSMOONドゥームズムーンとなっているので、誰がどの曲を作ったかはインタビューなどで明かされない限りはわからない。しかしファンが聴けばデモを作った人の個性が出ているのでわかるという。

誰が作った曲とまでは初心者のアタシにはわからなかったが、アルバム1枚の中でも同じバンドの曲でもこんなにも多様性たようせいに溢れているのかと思う程、いい意味で一貫性いっかんせいがなくいろんな面を聴かせてくれるバンドだということは気づいていた。

これはメンバー個人の個性の表れだったのだと知った。

 あまり単純ではなく深読みさせるような文学的でもあり空想的にも感じる歌詞は主にヴォーカルが作詞しているが共作もあったりするようで、その分析もファンの間では盛んに行われている。誰が誰に宛てたものではないかとか、社会に対してのアンチテーゼのメタファーではないかとか、深読みして楽しんでいる。

確かに1度聞いただけでは理解しきれない深みがあって普段使わないような単語が頻出ひんしゅつする文章が多かった。かと思えば純粋に愛情をまっすぐに歌った詞もあった。

やはりそのようなラブソングでもまた簡単に『愛してる』などという単語を使わずに、まるで『I love youアイラヴユゥ』を『月が綺麗ですね』と訳した文豪のように ──それは根拠のない都市伝説らしいが── ロマンチックな単語を並べて愛情を表現しているところに、アタシは共感と魅力を感じていた。

そのような曲の解析などがファンサイトには載っていた。ファンによっては熱心にメンバーに裏取りまでしてその詳細と曲のレビューが書かれてあった。


 さらにネットで検索を進めると、掲示板サイトでDOOMSMOONドゥームズムーンの名前を見つけた。バンドに限った掲示板サイトのようで、知ってる名前から知らない名前まで沢山のスレッドが羅列られつされている。その中にDOOMSMOONドゥームズムーンのスレッドももちろん、メンバー個人のものまであって、恐る恐るクリックしてみた。

 そこにはどんなライブだったかというレポートを書き合っていたり、曲の感想や考察のやりとりがされていたり、メンバーのどんなところが好きかなど熱っぽいコメントもあった。

ファンサイトを閲覧してても感じたが、やはりヴォーカルが1番人気のようだ。続いて人気があるのがリーダーじゃないほうのギター・KIYOTOキヨトだと感じた。彼に対する愛らしいコメントが頻繁ひんぱんに見られた。ロックスターというよりアーティストと言った方がしっくっりくるようなはかなげであやうい感じのする神経質っぽい外見の彼は、このような雰囲気が好きな人にはハマるタイプだと、アタシは妙に納得した。

 それと同じ量でメンバーのプライベートに及ぶ本当か嘘かわからない情報も書かれていた。彼女や元彼女の情報まで載っている。

それに加え、メンバーがどのファンをお気に入りだとか、どうやっても確認なんて取れないような不確かな書き込みまで見られた。そしてその子を叩くようなみにくいものもあった。

見てはいけないものを見ているような背徳感はいとくかんを感じたが知りたい欲求には勝てず、まだよく知らないメンバーのプライベートな情報をむさぼるように読んだ。

 どうやら莉愛マリアはリーダーと付き合ってるようだ。本当かどうかはわからないが。それへの嫉妬しっとあふれていた。

 結局は、自分こそが彼を1番知っている、1番応援している、という自負心じふしん優位性ゆういせい誇示こじ承認欲求しょうにんよっきゅう、そしてオブラートに包みながらもひがみやねたみなどの人間のみにくい部分が原動力となったコメントばかりで、うんざりして途中で読むのをやめた。

この掲示板サイトを見るはやめようと誓った。

これじゃ、“男に狂った女が捨てていったかわいそうな子”というレッテルを貼られたアタシに好奇こうきな目を向けてる地元の人達と変わらない。

けれどその人たちがどうしてウチの事情を“かわいそう”というオブラートに包みながらも楽しんでいるのか分かった気がした。

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