第9話 くそったれの世界 World of Shit
――某繁華街の雑居ビル
ソファに座る
「おじさま、お力添えいただきまして、ありがとうございました」
ソファから立ち上がり、深々と頭を下げた美沙稀。
慌てた様子の強面の男。
「やめてくれ、岬ちゃん! こっちこそ危険な真似をさせてしまい、すまなかった!」
「私が望んだことです。おじさまこそ頭を上げてください」
美沙稀は、改めてソファに腰掛けた。
「お借りした五千万は、元の口座に戻しておきました」
「いや、それじゃ岬ちゃんが……」
「仇は取れました。アイツに手渡した分は必要経費だと思えば安いものです」
「それにしたって……岬ちゃんから話を聞いたときは驚いたよ。よくアイツの顔を覚えていたね」
「はい……
「わざわざ地味な格好をして近づいて……」
「傾向ややり口は分かっていましたからね。バーで近くをうろついたら、すぐに声を掛けてきましたよ。だから、親からの遺産を持っている恋や愛に飢えた馬鹿な地味女を演じ続けました」
「岬ちゃん、本当にすまん……オレの娘があんなヤツに騙されなければ……」
「おじさまの娘さんを……私の親友の清美を
強面の男の目が鋭く光る。
「後のことはオレに任せてくれ。警察なんかには渡さん。あのクソ野郎にふさわしい罰を与える。殺してやりたいほど憎いが、殺しはしない。死ぬほど苦しみを味あわせ続けてやる」
「よろしくお願いいたします」
「だから、岬ちゃん。これを持っていってくれ」
岬の前に札束を積む強面の男。百万円の束を二十束、二千万円だ。
「おじさま、それは……」
「オレに恥をかかせないでくれ。岬ちゃんはまだ若い。今回の件でクソ野郎に使った親御さんの遺産、そして頑張ってくれた報酬だ。自分の将来のために大切に使ってくれ、頼む」
強面の男は頭を下げる。
「……謹んでお預かりいたします。お気遣い、本当にありがとうございます……」
にっこり微笑む男。
「その分、あのクソ野郎に稼いでもらうから、気にしないでいいからな」
「はい、ありがとうございます」
強面の男は、小さくため息をついた。
「詐欺か……呼吸をするように嘘を吐き、ひとの人生を狂わせる犯罪……殺人と変わらんな……」
「はい、その通りだと思います」
「こんな卑怯で卑劣な犯罪がいまや満開の花盛りだ」
「………………」
「平和に見える令和の世は、誰も信用できない無情な世界……か。時代の流れ……なんて言葉で誤魔化そうとするのも時代の流れなのかい? 『思いやり』なんて言葉を口にすれば笑われちまうし、どうしてこんなことになっちまったのかねぇ……」
岬が見つめるガラステーブルの上の二千万円。
一万円札に印刷された渋沢栄一が「あんたは空腹じゃないのかい?」と、こちらを指差し嘲笑っているように見えた。
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