九 出撃
グリーゼ歴、二八一五年、十一月十二日。
オリオン渦状腕深淵部、アッシル星系、惑星タクール。
静止軌道上、ゴド大陸、スペースコロニー上空。
戦闘爆撃機のコクピットは、円形にコントロールポッドを配置したドーム状だ。コントロールポッドは脱出ポッドも兼ねている。
パイロットとクルーは、コントロールポッドを通じて、機体システムに内蔵されたPD思考記憶管理システムを介して、精神波(心の思考である精神思考による意志疎通)で機体をコントロールする。機体コントロールは、コントロールポッドに装備されたヘルメットを介しても可能だ。パイロットとクルーはコントロールポッドを離れる場合を考慮して、常にヘルメットを装着している。
精神波で機体をコントロールするため、パイロットやクルーは戦闘機や戦闘爆撃機の機体を自身の身体として認識する。つまり、機体を我が身として感じて我が身として動かす、常に高度な精神と意識を要求される。
『発進準備完了。
PD、ダイアフラムを開け』
Jは〈⊿2〉の指揮官コントロールポッドから、〈⊿2〉の意識記憶管理システムを介して精神波でPDに伝えた。
『了解しました』
〈⊿2〉のコクピット3D映像で、惑星タクールからは死角になっている〈オリオン〉背後の中央ダイアフラムが開いて、多重位相反転シールドが部分解除した。状況は〈オリオン〉のホールの3D映像にも現れている。
『ダイアフラム、開きました。
多重位相反転シールド一部解除しました。
J。戦闘爆撃機はスキップできます。
ゴド大陸へスキップしましょうか?』
PDがJに精神波で伝えた。もう一つの3D映像で、格納庫に係留されている〈V1〉〈V2〉〈⊿2〉〈⊿3〉が次々に移動して、発進ベイからダイアフラムを抜け、〈オリオン〉の巨大艦体外部へ移動してゆく。
『ダメージを与えるには、視覚効果が必要だよ。
機体は多重位相反転シールドされてるから攻撃されても心配ないよ。
大気圏内でミサイル攻撃されたら、あたしたちも反撃するけどPDも反撃してね。
ヒッグス粒子弾で攻撃してもらうかもしれないよ』
〈V1〉〈V2〉〈⊿2〉〈⊿3〉が戦艦〈オリオン〉の多重位相反転シールド域から離れた。四機は惑星タクールから死角の〈オリオン〉の背後にいる。
PDは、四機の戦闘爆撃機の位置を確認しながら伝える。
『では、スペースコロニーの真上へスキップするのですね』
『うん。高度一万メートルから、ヒッグス粒子弾を放つんだ。
それで、スペースコロニーの対電磁パルス位相反転シールドと電磁パルス砲が、ボムッ!
一瞬にイカレルよ』
Jは握った手を一瞬に開いた。この動作は癖になっている・・・。
『了解しました。全機に搭載したヒッグス粒子弾の発射準備はできています』
『じゃあ、ゴド大陸の上空、一万メートルへスキップする!』
多重位相反転シールドに包まれた〈V1〉〈V2〉〈⊿2〉〈⊿3〉の各機が、惑星タクールのゴド大陸上空、一万メートルへスキップした。同時に、〈オリオン〉のホールで3D映像が4D映像に変った。
Jは〈⊿2〉のコントロールポッドで攻撃態勢を精神思考した。Jの意識と身体は〈⊿2〉と一体化し、一万メートルの上空からゴド大陸を凝視している。
『J。シールドを確認してください』
PDが〈⊿2〉のJに伝えた。今やJの意識はPDとシンクロしている。
『全機、シールドとヒッグス粒子弾のロックを確認せよ!』
Jの口調が変った。きびきびしたものになっている。
『シールド確認』
『シールド、カクニン』
『コロニー上空一千メートルに、ヒッグス粒子弾のロック確認』
『ヒッグス粒子弾のロック、カクニン』
全機とPePeたちが伝えてきた。
『ヒッグス粒子弾をスキップ!』
Jが伝えると同時に、
『スキップ!』
〈V1〉〈V2〉〈⊿2〉〈⊿3〉の戦闘爆撃機から、シールド発生装置破壊消滅と電磁パルス砲破壊消滅をプログラムした八発のヒッグス粒子弾が、スペースコロニー群の上空へスキップした。
同時に、ゴド大陸のスペースコロニー群から電磁パルスが放たれたが、戦闘爆撃機が滞空する一万メートル上空へ到達する前に、ヒッグス粒子弾から波及した時空間の揺らぎが電磁パルスを飲みこみ、電磁パルスは消失した。
「ヘビーだぜ!」
コクピットのコントロールポッドで、PeDがプルプル震えている。
「チビルんじゃないよ!」
隣のコントロールポッドで、PeKがちゃかした。
PDが伝えた。
『スペースコロニー群のシールド発生装置破壊を確認しました。
電磁パルス砲の破壊を確認しました。
いずれも破壊消滅。復旧不能です』
Jは〈⊿2〉のコクピット5D座標で、ゴド大陸スペースコロニー群の状態を確認した。
5D座標にスペースコロニー群のシールドを示す光彩領域はない。ゴド大陸スペースコロニー群の座標が〈ホイヘンス〉同様に赤色光彩が点滅に変化している。
これでスペースコロニー群の電磁パルス攻撃はない。ホイヘンスは次の手をどうするんだろう・・・。
スペースコロニー群を示す、赤色点滅する座標群が移動しはじめた。
『コロニーが浮上した!攻撃してくるぞ!』
〈V2〉のカムトが思考記憶管理システムを介して精神波で伝えた。
直接、精神波で交信できるが、各機のプロミドン思考記憶管理システムを介して精神思考を伝える方がクリアに安全で安定した意思疎通ができる。
『全機、ビームネットを張れ!』
Jの指示に従い、即座に全爆撃機がビームネットを張った。全機が多重位相反転シールドしている。あらゆる攻撃を完全防御できる。ビームネットを張って、あえて見せかけの防御策をとっている。
なぜなら、〈オリオン〉からヒッグス粒子弾を放って、惑星タクールの全てのテクノロジーを破壊して、ラプトの世界を石器時代に戻しても、ラプトはその原因を知らないままになる。今は、スペースコロニーからの攻撃がいかに無力かを示して、惑星タクールのラプトに、強大な戦艦〈オリオン〉の圧倒的存在を示して、その記憶を後世のラプトに伝えさせねばならないのだ。
『粒子ビームとレーザーパルスで応戦しろ!
コロニーに電磁パルス魚雷を放て!』とJ。
『〈ホイヘンス〉をどうする?』とカムト。
『〈ホイヘンス〉を攻撃するな。こっちの防衛態勢がコロニーと互角と見せかけて、〈ホイヘンス〉を逃がすんだ。
PD。あたしたちの攻撃でコロニーが墜落落下したら〈オリオン〉の力を見せつけてやってね!』
コロニーは数百メートルほど浮上している。電磁パルス魚雷で推進装置を破壊すれば、コロニーはそのまま落下する。搭乗ラプトは死を免れない。
『安心してください。多少手荒ですが、ラプトたちが明らかに私たちの力だとわかるよう、〈オリオン〉の牽引ビームでコロニーを地上へ降ろします』
『〈ホイヘンス〉がスキップしたら、〈ホイヘンス〉をレッズ星系の惑星シンアか惑星ロッカールへ転送すキップしてね!』
『惑星シンアとロッカールで、〈ホイヘンス〉破壊のデモンストレーションをするのですね』とPD。
『作戦を了解した!
コロニーへ電磁パルス魚雷を発射しろ!
戦艦〈ホイヘンス〉は避けろ!』
カムトたちトムソが確認した。
『ギョライ、ハッシャ!』
〈⊿2〉のコントロールポッドでPeJが小躍りしている。
『アホ!まともに話せ!』とPeD。
『ほら、ターゲットの座標が変るべさ!』PeKがKの東部訛りで告げる。
〈⊿2〉の5D座標に、電磁パルス魚雷のエネルギー移行を示す緑の輝点が現れた。コロニーの移動を示す赤色の座標上で、赤い大きな輝点になった。
同時に、コロニーの座標から色彩が消えて、白色の単なる座標表示に変り、コロニーの座標が〈オリオン〉を示す白紫色光彩の座標原点と重なった。
〈⊿2〉の4D映像に、墜落するコロニーが現れた。数百メートルほど浮上していたコロニーは推進装置を破壊されて落下している。その数千メートル上空に〈オリオン〉が現れた。墜落するコロニーに向って、彩色した牽引ビームを放った。コロニーは〈オリオン〉の牽引ビームで捕捉されて、糸に吊された数珠玉のごとく空中に留まっている。
『J、コロニーを地上へ降ろしますよ』
『PD。コロニーのラプトはどうなった?』
電磁パルス魚雷は電子機器だけを破壊する。ラプトに影響はないはずだ・・・。
『全員生存しています。
J。〈オリオン〉の威力を示しましょう。
コロニー群を攻撃してください。修復できる程度の外壁攻撃です』
PDの精神波が伝わると同時に、コロニーが放り投げられるように地上へ移動した。地上に叩きつけられる寸前に移動速度が落ちて、地上に軟着陸したかと思うと、カクテルをシェイクする如くコロニーが振動している。
同時にコロニー内へ、バトルスーツとバトルバトルアーマーをまとった厳つい巨大ヒューマの戦士の4D映像が投影されて、ナブル語で、
『我々はお前たちの上に立つ者である。我々に刃向かう者は容赦なく消滅させる』
と伝え、4D映像が消えた。地上からコロニーを持ちあげ、ふたたび地上に降下させた。
〈ホイヘンス〉はヒッグス粒子弾の攻撃を受けて、シールド発生装置と電磁パルス砲を破壊消滅されただけで、他の兵器は生きている。〈ホイヘンス〉の兵力強度を示す座標は赤色光彩が小さくなっただけだ。
『攻撃してください』
PDの指示で、一万メートル上空から、Jたち戦闘爆撃機が急降下した。コロニーと戦艦〈ホイヘンス〉に、巡航ミサイル・スティングと多弾頭多方向ミサイル・ヘッジホッグを放った。
電磁パルス魚雷を被弾していない〈ホイヘンス〉は、コロニーの周囲数百メートルにビームネットを放って防衛した。Jたちの戦闘爆撃機から放たれたミサイルがビームネットに捕まり、コロニーに着弾する前に炸裂した。
『しっかり攻撃してください』
PDは笑っている。
『〈ホイヘンス〉のビームネットを潰せ!』
カムトが苛ついている。
『宙域機雷を放て!宙域機雷のシールドで〈ホイヘンス〉を包囲しろ』とJ。
ただちに全機から宙域機雷が放たれて〈ホイヘンス〉を囲んだ。宙域機雷はシールドを張り、〈ホイヘンス〉は宙域機雷のシールドに包囲されてビームネットを封じ込められている。
『コロニーにミサイルを放て!』
Jの指示と同時にミサイルが放たれた。コロニーが次々にミサイルを被弾して外壁が破壊してゆく
ビーム攻撃はコロニー内部に及び、ラプトを殺戮する可能性が高いが、潜行型ミサイル・モールを除けば、ミサイルなど自走兵器の攻撃では<ラプトの生存率は高い。
今回の攻撃目的は〈オリオン〉の威力をラプトの視覚に示す事で、ラプトの殺戮ではない。各戦闘爆撃機のコクピットの4D映像に、コロニーで右往左往するラプトたちが現れた。ラプトに死者はいない。
PDが緊急連絡する。
『J。〈ホイヘンス〉が亜空間スキップしました。
〈オリオン〉が亜空間内の〈ホイヘンス〉を牽引ビーム捕捉し、移動停止させました。
〈ホイヘンス〉艦内の時空間も停止しています。
ホイヘンスはその事に気づいていません』
『〈ホイヘンス〉をそのままにして、急いで、あたしたちを回収してね!』
『了解しました』とPD。
Jが緊急に伝える。
『全機、攻撃停止!〈オリオン〉が全機を回収する!
一定高度で滞空せよ』
コロニー群の上空千メートル前後で、四機の戦闘爆撃機が攻撃を停止して滞空した。〈オリオン〉の格納庫の係留態勢をとっている。
『全機を回収します。備えてください』とPD。
『了解』
四機の戦闘爆撃機が〈オリオン〉の格納庫に移動した。同時に、〈オリオン〉は地上数千メートルの滞空態勢から、高度一万メートルへスキップして滞空した。
二分後。
Jたちは〈オリオン〉のホールで惑星タクールのゴド大陸の4D映像に見入った。
「あたしがアッシル星系の全惑星のコロニーに指示を出せるよう、手配できる?」
アッシル星系にはラプトが居住する第四惑星ナブール、第五惑星タクール、第三惑星サハールがある。
「アッシル星系の全惑星に警告するのですか?」とPD。
「アッシル星系の全ラプトを石器時代に戻す前に、〈オリオン〉の脅威を示すんだよ」
「いいでしょう。4D映像を送りましょう。
Jを巨大ヒューマの総統Jにしましょう。
総統Jが惑星ナブール全土を掌握した旨を示すのです。
話の趣旨は、
『将軍ルペソに協力して我々に反抗した惑星ナブール全土と、惑星タクールのゴド大陸を掌握した。
惑星タクールと惑星サハール全土のテクノロジーを破壊する。
刃向かうと、ゴド大陸のコロニー群同様、惑星タクール全土の居住施設を破壊する』
この程度でいいでしょう。
内容ごとに、話を区切ってください。私が内容に見合った映像を送ります。
その後、惑星タクールと惑星サハールへヒッグス粒子弾を放ち、全テクノロジーを破壊します。コロニーの施設外殻は破壊しません。ヒューマと違い、ラプトは環境適応力が高いので安全ですよ」
「わかったよ。じゃあ、話すよ。いいね」
「では三つ数えます。三、二、一」
PDがJに頷いた。
『私は、オリオン共和国の代表、総統Jだ。
戦艦〈オリオン〉の提督Jだ。
私はオリオン渦状腕を管理している!』
PDによって、Jの姿が、バトルスーツとバトルアーマーで重武装した巨大な金髪碧眼の厳ついヒューマの女戦士の総統Jに変換され、その4D映像がアッシル星系の全惑星へ時空間スキップされている。
『すでに、我々は将軍ルペソに協力した惑星ナブール全土を完全に掌握し、石器時代に戻した』
PDが惑星ナブールの4D映像を、アッシル星系の全惑星へ送った。4D映像では、トムソの姿のバトロイドたちが惑星ナブールのラプトを管理している。
『我々は、惑星タクールのゴド大陸を掌握した。
他の大陸のコロニーも、刃向かうと、ゴド大陸のコロニー群のようになる』
破壊されたゴド大陸のコロニー群の4D映像が送られた。
そして、4D映像が、Jの厳つい巨大ヒューマの女戦士、総統Jに変った。
『惑星タクールと惑星サハールをはじめ、アッシル星系の全惑星からテクノロジーを破壊し、コロニー居住施設を外殻だけにする』
そう宣言して4D映像が消えた。
「良くできました、J!」
PDは、映像が消えると同時に、コロニーの全テクノロジーを破壊消滅するようにプログラムしたヒッグス粒子弾を、アッシル星系の全惑星へ時空間スキップした。
〈オリオン〉は地上一万メートルの高度に滞空している。
「さあ、このままの高度で各大陸へ移動してね。
スキップより、この艦体が移動するのを見せるほうが、視覚効果があるよ」
「了解」とPD。
〈オリオン〉は亜空間内の〈ホイヘンス〉を捕捉したまま、ゴド大陸のコロニー群上空から、他の大陸へ移動した。
『カムト』
Jは精神波でカムトを呼んだ。
『何だ?』
『惑星ナブールみたいに、第五惑星タクールと第三惑星サハールに、バトロイドのような管理者を置いたほうがいいかな?』
Jは精神思考をカムトの精神思考に同期させた。
『オレたちに管理しろと?』
『星系の管理者が必要かどうかを訊いてるんだ』
とJ。こいつ、他の事を考えてる・・・。
4D映像に大陸が現れた。
惑星タクールの大陸の一万メートル上空を〈オリオン〉の巨体が超音速で飛行し、大陸に衝撃波を残してゆく。
〈オリオン〉が惑星タクールの夜の部位へ飛行した。
ヒッグス粒子弾によってコロニーの全テクノロジーを破壊消滅した大陸に、かつてコロニーが放っていた眩い光は無い。光量の少ない光がコロニー群の存在を示すだけだ。
「暗視4D映像に変えます」
PDが4D映像を切り換えた。コロニー群と内部が見える。
「ご覧のとおり、テクノロジーに関する物は、いっさいありません。
コロニーは巨大な洞窟と同じです」
『バトロイドたちが、惑星ナブールのラプトからテクノロジーを奪ってる。
ナブール全土が完全に石器時代に戻れば、バトロイドは帰艦する。
惑星タクールの管理はその後でもいいんだね・・・』
「そのとおりです。私たちが常に監視しています。ご心配なく」
PDが、PDアクチノンとPDガヴィオンの意識を伝えた。
「急ぐことはない・・・」とカムト。
「わかったよ・・・」
Jは返答を伝えたが、何かが気になった。
カムトも、何かを気にしている。何だろう・・・。
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