七 アッシル星系を叩け

 グリーゼ歴、二八一五年、十一月十一日。

 オリオン渦状腕深淵部、アッシル星系、惑星ナブール。

 静止軌道上、ナブル砂漠、オアシスミルガ上空、巨大球体型宇宙戦艦〈オリオン〉。



 アッシル星系の惑星ナブールは、星系の第四惑星である。惑星ガイア(地球)型の惑星で、海岸線が複雑に入り組んだ三つの大陸が、惑星の赤道上にほぼ均等に分散している。

 第三惑星サハールと第五惑星タクールにもラプトロイド、つまり、ラプトが生息している。これらのラプトは惑星ナブールのナブール政府と政府軍に協力的だ。


 戦艦〈オリオン〉のホールに、3D映像、4D映像、5D座標が現れた。

 4D映像に、ナブル砂漠にある戦艦〈ホイヘンス〉のロドニュウム球体が現れた。5D座標で、〈ホイヘンス〉の紫の光彩を放つ多重位相反転シールドが青白い光彩に変った。〈ホイヘンス〉を捕獲している内部シールドが、亜空間スキップ可能な防御エネルギーフィールドになった事を示している。


 3D映像に〈オリオン〉の外部映像が現れた。

〈オリオン〉に捕獲されていたモーザか放出されてゆっくり〈オリオン〉から離れた。モーザはPDが意図的に開けた〈オリオン〉の多重位相反転シールド間隙からシールド外へ移動し、チェレンコフ光を放って一瞬に消えた。

 5D座標原点に、モーザの赤みを帯びた青白いチェレンコフ光が一瞬瞬いて、ナブル砂漠の戦艦〈ホイヘンス〉の座標にモーザのチェレンコフ光が瞬いた。


〈ホイヘンス〉のロドニュウム球体外部4D映像が、〈ホイヘンス〉のロドニュウム球体内部の4D映像に変った。〈ホイヘンス〉のロドニュウム球体内部にモーザが現れている。

 モーザは凄まじい早さで自身を複製し、さらに複製されたモーザが自身を複製している。複製に使用している金属はロドニュウムではない。テクタイトだ。

 これまで〈ホイヘンス〉を捕獲していた多重位相反転シールドは、PDによって解かれている。今、〈ホイヘンス〉のロドニュウム球体内部は、単なる防御エネルギーフィールドで包囲されているだけだ。

 外殻だけになっていた〈ホイヘンス〉の5D座標上の黄色光彩の輪郭が、しだいに内部が充実した黄色光彩から赤色光彩へ変化し、モーザが急速に〈ホイヘンス〉を修復している事を示している。



〈オリオン〉の外部3D映像が〈オリオン〉のドック映像に変った。

「ヘ~イ!J!見てる?ぼくだよ~!Pe1だよ!

 みんなで名前、決めたよ。ほくたち、バトルアンドロイドだよ。

 Pe1とPe2とC1とM1のバトロイドはBR1(バトルアンドロイド1)だよ。

 バトロイドの名前は、BR1からBR8だよ!」

 PePeやC1たちPDのサブユニットが搭乗した人型可動式コンバット装備は、PDのサブユニットの意識を持つコンバットアンドロイド、通称バトロイド・BRだ。


 Jはサブユニットたちに今後の計画を説明した。

「〈ホイヘンス〉に、モーザを送りこんだ。モーザが自身を複製して大量のモーザを生産した。大量のモーザが〈ホイヘンス〉を修復してる・・・・」


「ぼくたち、出動する?」

 一体のバトロイドがそうJに訊いた。

「Pe1。バトロイドがナブル砂漠から〈ホイヘンス〉を追いだすか、〈オリオン〉が〈ホイヘンス〉を追いだすか、どうしたい?」とJ。

「そっちへ行って話すよ・・・・」


 瞬時に、Jたちがいるホールのフロアにバトロイドたちがスキップした。

「状況は?」

 ホールのフロアに立ったBR1のPe1が訊いた。

 時々刻々Pe1の、いやBR1の言葉が成長している。精神と意識が成長している・・・。

 この子たちは何を糧にしているんだろう・・・。

 Jの精神思考を読んでPe1のBR1が言う。  

「Jたちみんなの精神思考を学んでいるよ」

 それなら頷ける。蓄積された体験と、それらに対する精神思考が新たな意識を成長させる。あたしもそうしてPDの精神思考を読みとって成長してきた・・・。

 そう思いながらJが言う。

「Pe1。バトロイドのみんなは、あたしたちの精神思考を読んでるから、状況がわかるよね。それとも、PDと同期して5D座標と4D映像のデータを把握する?」

「Jたちの精神思考から、Jたちが何を気にしてるか、わかるよ。

 詳しい事はPDと同期したほうが、もっとわかると思うよ」

 バトロイドの目の部分に当る視覚センサーがキラキラしている。

「同期しましょう・・・」

 PDがバトロイドたちに頷いた。


 PDとバトロイドが同期した。

 Jの精神思考に感じるバトロイドの存在が、フロアに現れているエネルギーフィールドで構成されたPDのアバターと同じになった。

「〈ホイヘンス〉はPDドライブ(プロミドン推進装置)を完成しました・・・」とPD。


 4D映像に多数のモーザが飛びかい、シールド発生装置と各種ビーム砲から成る兵器とと、亜空間スキップドライブを復旧中だ。

 PDドライブがあるため、ヒッグス場からのエネルギー供給は可能だが、モーザから素粒子信号時空間転移機能を奪ってあるため、モーザは時空間スキップも、ヒッグス場を通じた新たな物質合成も不可能だ。したがって〈ホイヘンス〉とモーザに、多重位相反転シールドは無い。シールドは、対電磁パルス位相反転シールドまでだ。粒子ビーム砲とレーザー砲を装備し、ミサイル等は無い。


 Pe1のBR1が言う。

「〈オリオン〉で〈ホイヘンス〉をビーム攻撃してね」

 バトロイドたちはホイヘンス逃亡後、惑星ナブールを管理しようと考えている。

 一度は、〈オリオン〉のヒッグス粒子弾攻撃で〈ホイヘンス〉の内部が壊滅した。ホイヘンスは、ふたたび〈オリオン〉がヒッグス粒子弾で攻撃すると判断して、惑星ナブールから逃亡する気だろう・・・。

 そう思って、Jは指示した。

「PD、攻撃して」

「了解」

 PDが頷いた。



〈オリオン〉が惑星ナブールの静止衛星軌道上を、ミルバ大陸の湖沼地帯パンタナ上空から、ナブル砂漠があるナブル大陸の真上へ移動した。


 3D映像で、ナブル大陸に向けられた〈オリオン〉の中央ダイアフラムが開き、紫の光彩を放っている多重位相反転シールドが、艦体中央部で一瞬、五十センチメートル(ラプト単位系なら一アルム)の円状に開いた。そのシールド間隙から、ナブル砂漠の〈ホイヘンス〉のロドニュウム球体に、多数の対艦レーザーパルスが走った。同時に〈オリオン〉のシールド間隙が閉じた。


 5D座標原点の〈オリオン〉からナブル砂漠の座標へ、エネルギー移行を示す緑の輝点が現れ、瞬時に赤い大きな輝点へ変った。

 4D映像が〈ホイヘンス〉の内部からナブル砂漠に変った。アッシル星系の恒星アシルに変って新たな恒星が出現したかの如く、〈ホイヘンス〉のロドニュウム球体から閃光がほとばしった。

 この様子を見た者は〈ホイヘンス〉が昇華して影も形もなくなったと思うだろう。

 しかし、〈ホイヘンス〉の対電磁パルス位相反転シールドは〈オリオン〉から放たれたレーザーパルスをたやすく防御して、ホイヘンス〉の周囲に青白い閃光を放っただけだった。


「ヘビーだね!」

 バトロイドの一体が言った。Pe15のBR8だ。

「スーパーノヴァみたいだわ!」とC4のバトロイドBR4。

「見タコトアルノ?」

 BR5の個性はミニ〈V2〉のM5の個性だ。

「ここでだよ。PDの知識だよ」

 BR3が頭部を示している。BR3はPe5の個性だ。

「次は、粒子ビームで攻撃するよ。そしたら〈ホイヘンス〉が浮上するよ・・・」

 そう言ってPe1の個性のBR1が4D映像を示した。

 バトロイドはPDと同期している。PDの精神思考とシンクロしているから4D映像確認の必要はないが、Jたちの会話に加わりたいのだ。


 ふたたび〈オリオン〉の中央ダイアフラムが開いた。多重位相反転シールドが艦体中央部で一メートルの円状に開き、〈オリオン〉が粒子ビームパルスを放った。

 緑色に輝く粒子ビームパルスの球体が、戦艦〈ホイヘンス〉のシールドに到達すると同時に、〈ホイヘンス〉が浮上した。外殻隔壁と対電磁パルス位相反転シールドを赤熱したまま、〈オリオン〉に向って急速移動している。


「宙域機雷で進路を封鎖してね・・・」

 Jの指示から力強さが消えた。PDが教えるように言う。

「〈ホイヘンス〉はもうすぐ大気圏を抜けます。巡航ミサイル・スティングにしましょう。ターゲット捕捉が不能な場合、スティングは自力で帰艦します。

 ターゲットが亜空間スキップした場合、宙域機雷を牽引ビームで回収するより、手間がかかりませんよ」

「ああ、そうだったね・・・」 

 やはり、あたしに覇気がない。自分でもそれがわかる・・・とJは感じた。


「どうしました?」

「〈ホイヘンス〉の内部を見れる?」

「見れますよ。

 ははあ、〈ホイヘンス〉が亜空間スキップした後を気にしているのですね。

 心配ありません。バトロイドも私のサブユニットです。〈ホイヘンス〉が攻撃すれば、バトロイドは多重位相反転シールドで常に身を守ります。

 何かあればスキップして〈オリオン〉に帰艦しますよ」

 PDが優しく微笑んだ。


「そうだったね。いつまでもメテオPePeやC1や〈ミニV2〉じゃないんだ・・・」

 あたしだって成長したんだ。PDのサブユニットたちが成長しないはずはない。

 だけど、いつも、主惑星グリーゼのカンパニーの研究ユニットに現れたサブユニットたちを思いだすのはなぜだろう・・・。

「Jの記憶は、サブユニットたちの記憶波動残渣です。

 これまでの彼らの体験でいちばん印象深かったのがJとの出会いなのです。

 それはいつまでも彼らの中に記憶されています。

 彼らの子孫に伝えられるでしょう」


「うん・・・。

 えっ?何て言った?サブユニットたちに子孫がいるの?」

 Jは驚いた。

「はい、います。でも今ではありません。今後のことです。

 私たちPDアクチノンとPDガヴィオンの関係と考えれば、理解できるでしょう。

 いずれ、詳しく説明する機会があるでしょう。

 さあ、〈ホイヘンス〉の内部映像が現れます・・・」



〈オリオン〉の4D映像探査は、素粒子信号時空間転移伝播通信で対象を捕捉する。

〈ホイヘンス〉のシールドは対電磁パルス位相反転シールドまでのレベルにあるため、多重位相反転シールドは無い。〈ホイヘンス〉の内部は〈オリオン〉に筒抜けだ。


 4D映像に〈ホイヘンス〉内部が現れた。艦体隔壁にそって攻撃と防御機能が装備され、艦体中央に戦闘機の格納庫がある。それらの間にコントロール空間と居住空間がある。

 コントロール空間と居住空間は、単なるコロニーのような光景だが、目的は〈オリオン〉同様、スペースコロニー用の攻撃用球体型宇宙戦艦だ。〈ホイヘンス〉は、かつてのホイヘンス艦隊が所有していたような副艦を所有していない。


「ホイヘンスが亜空間スキップを指示しました」

 PDが示す4D映像のブリッジで、大柄なラプトが部下のラプトに指示している。

 4D映像に現れたラプトのホイヘンスを見て、チョ・トバイとチョ・マンヌのデ・ラプトス親子が牙を剥き出して憎悪を露わにした。

 無理もない。国民戦線を支援するデ・ラプトス親子は、これまで、ホイヘンスが意識内進入した武装勢力のルペソ将軍に、イヤというほど苦しめられてきたのだ。

「バトロイドたちを惑星ナブールにスキップさせる時、デ・ラプトス親子もスキップしてね」

 JはPDにそう言った。


「〈オリオン〉の広報官にするのですね」とPD。

「うん。いい考えでしょう・・・」

 精神思考でPDとカムトやDたちも同意している。全員が、好奇心だけは旺盛な、おしゃべりデ・ラプトス親子を認めている。

「チョ・マンヌ!

 チョ・トバイ!」

 Jは指揮官らしく、きびきびした態度で二人を呼んだ。

 デ・ラプトス親子が、バトルアーマーで身を固めたJたちの前に直立した。JのPePeのPeJが言葉をナブル語に翻訳して伝える。

「二人を、戦艦〈オリオン〉の広報官に任命する!

 ここで見た事を、ナブール国に拡めるんだ!」

 チョ・トバイとチョ・マンヌのデ・ラプトス親子は、ここ〈オリオン〉に居ても、Jたちとともに行動して〈オリオン〉の一連の攻撃を見ている。

「了解しました。指揮官・総統J!」

 いつ憶えたのか、デ・ラプトス親子がPeJを通じて伝えてJに敬礼した。



「巡航ミサイル・スティングを発射します」

 PDがミサイル発射準備完了を伝えた。

 5D座標で、〈ホイヘンス〉を示す赤色光彩が座標原点の〈オリオン〉に近づいている。

「発射しました」

 座標原点から〈ホイヘンス〉の座標へスティングの緑の輝点が急接近した。

 緑の輝点が赤色光彩に近づくと同時に、赤色光彩が消えた。

 同時に、5D座標がアッシル星系を示す座標系に変った。座標原点は惑星ナブールの静止衛星軌道上の〈オリオン〉だ。

〈ホイヘンス〉の座標を示す赤色光彩は、第五惑星を示す座標に重なっている。


「どこへ亜空間スキップした?」

 カムトがPDに〈ホイヘンス〉の座標を確認した。

「アッシル星系の第五惑星タクールです。三光分の距離です。

 モーザの亜空間スキップ機能を惑星間程度にしておきました。

 惑星間程度しか移動できません」とPD。

「了解したよ、PD。

 それじゃあ、BR1。惑星ナブールへ時空間スキップしてね。

 デ・ラプトス親子も連れてってね。

 バトロイドの指揮官は、BR1でいいね」

 Jはバトロイドたちに確認した。


「ラジャー!」

 バトロイドたちが賛同している。

 どこで憶えた?ははあ、PDアクチノンか・・・。

 Jは、惑星グリーゼのカンパニーで初めて会ったPDアクチノンを思いだした。

 バトロイドたちは常にPDと同期してる・・・。デ・ラプトス親子はバトロイドたちとともにいる。心配いらない・・・。

「バトロイドとデ・ラプトス親子が惑星ナブールへスキップしたら、あたしたちは惑星タクールへスキップするよ。

 さあ、移動開始だよ!」


 ホールのバトロイドたちとデ・ラプトス親子が、白紫色に輝く一つの大きな多重位相反転シールドに包まれた。全員を包んだエネルギー球体は、ホールから惑星ナブールのオアシスミルガへスキップした。

 4D映像で、スキップ後のバトロイドたちとデ・ラプトス親子の無事を確認すると、

「さあ、スキップするよ!みんな、準備はいいね!」

 Jは〈オリオン〉のスキップを指示した。

『いつも準備は整ってる。興奮するな、J・・・』

 カムトの力強い精神思考が伝わってきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る