都会に疲れた僕は、田舎でスローライフを望みます ショートストーリー

コーキ

1話 一大イベントの日

 これはりいさが年長さんになった年の運動会での話──




 中川町は子供が少なく、りいさが通う児童デイサービス『森のくまさん』も保育人数が十人だ。 なので運動会のような大きな行事は、他の託児所等と合同で開催されるのが通例なのだそう。


 農家が多いからなのか、小学校の都合なのか、開催は少し遅めの六月下旬の土曜日。 場所は中川町中心部にある『江中こうなか小学校』のグラウンドだ。


「晴れて良かったね、りいさ 」


「うん!! 」


 後部座席でシートベルトをいじり回しているりいさは、朝起きてからずっとテンションがマックスだ。


「てるてる坊主が効いたんだね! 」


 助手席に乗る響歌が振り向いて『ねー!』と言うと、りいさも『ねー!』と笑顔で返す。 というのも、天気予報では雨で延期が検討されていたのだ。


 ばあちゃんに教えてもらったのか、りいさは二日前から特大のてるてる坊主を作り、それをウッドデッキの柱に吊していた。 昨日の夜にはてるてる坊主が風で逆さになっていたのは内緒だ。


「頑張って一位を狙うんだよ! りいさ!! 」


「うん! がんばる!! 」


 響歌もりいさに負けないくらい気合いが入っている。 負けず嫌いな性分が大半だけど、理由はそれだけじゃない。


「江北保育園に今年も負けたらヤバいからね 」


 決して対抗戦ではないんだけど、江北保育園に負けると松原さんが大変なことになるらしい。 なんでも、去年の運動会で江北保育園の保護者と一悶着あったのだとか。 まったくもって迷惑な話だ。


「園児たちのイベントに保護者の因縁が絡むのはどうかと思うけど…… 」


「そうだけどさ、勝負事なんだから勝ちたいじゃん! 」


「勝ち負けの意識が薄い僕にはちょっと理解できないけど。 肝心なのはりいさたちが『楽しい』と思える事じゃないかな 」


「う…… 正論だね。 じゃありいさ、楽しんで一位を取っちゃおう! 練習いっぱいしたんだから! 」


「うん! 一位取る! 」


 それなら僕も納得。 一生懸命あぜ道を走り込んでたのはこの目で見ているし、僕が思うにりいさは足が速い。 徒競走で一位は確実な気がする。


「怪我はしないようにねぇ 」


 りいさの横に乗るばあちゃんはホクホク顔だ。 今朝も誰より早く起きてお弁当を作っていたから、もしかしたら僕たちよりも楽しみにしてたのかもしれない。


 目的の江中小学校まであと十分ほど。 観覧席はあらかじめ抽選で決まっているから焦る必要はない。 僕たちが子供の頃は席取りで並んでいたっていうから、父さんたちは大変だっただろう。


「今日はいっぱい楽しもうな、りいさ 」


「うん! 」


 元気な返事に僕のテンションも上がる。 カメラのバッテリーは満充電。 父さんたちがやってくれたように、りいさのベストショットを撮ってやるのが僕の任務だ。 空も快晴とはいかないけどなんとかもってくれそう。 良い日になると願って、僕は小学校の駐車場に車を滑り込ませたのだった。

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