いただき女子のリリィちゃん【長編版】

暗黒星雲

ズボラなリリィは港区女子

第1話 リリィの目覚め

 「リリィさん、出かけるわよ。支度しなさい」


 まだ眠いのに。

 誰だ。

 この私を起こそうとする不届き者は。


「もう夕方ですよ。今日はお食事に誘われているって言ったでしょ? 忘れたの?」


 ああ、この声はマダムだ。お食事に誘われている……確かにそんな事を聞いていた気がする。


「今夜のお客は上物ですから。逃したらきっと後悔するわよ」


 上物……そうか。そうだったか。これは確実に食いつくべき案件だ。しかし、私の眠気が消え去る気配はない。


「さっさと起きる!」


 バーン!


 蹴破るような凄まじい勢いでドアを開いたマダムは、そのまま私のベッドへと近寄ってから掛け布団を剥ぎ取った……これは寒い。私は反射的に体を縮めた。


「もう夕方の五時ですよ。いつまで寝ているのかしら?」

「まだ眠い……」

「リリィさん。あなた、三十時間も寝てるんだけど。いい加減に起きて仕事しますよ。栄養補給もしなきゃ」

「それはそうだけど」

「さっさと起きなさい」


 私はマダムに容赦なく引き起こされ、そのまま強引にバスルームへと連行された。そして直ぐにパジャマと下着を剥ぎ取られる。


「ちょっと匂うわね」


 それは仕方がない。多分、三日ほど入浴していない。

 マダムは部屋着をささっと脱ぎ捨てた。ベージュの下着に包まれた胸元はロケットのように突き出ている。これ、デカすぎだろう……。


「何処を見てるの? シャワー、浴びるわよ」

「はい……」


 マダムは高身長で豊満な胸元が魅力的だ。対して私は小柄で胸元は寂しい。身長と胸元に劣等感を持つのも仕方がないと思う。


 頭のてっぺんからざぶざぶとシャワーを浴びせられた。そしてシャンプーで髪をゴシゴシと洗われる。


「リリィさんの髪は綺麗ね。細くてサラサラ。輝く金髪ブロンドは本当に美しいわ」

「そのうち黒くなりますよ」

「それはそれで綺麗よ。リリィさんの深い艶のある黒髪も素敵。でも私はこのブロンドが一番好き」

「そうですか」

「ええ。本当はもっと伸ばしてツインテにしたり、三つ編みにしたりしたいんだけど……」

「ごめんなさい」

「別にいいのよ。あなたがもう少し規則正しい生活ができるようになったらね、挑戦させてほしいわ」


 そういう事らしい。私は自宅では寝てばかりなので、お出かけする際のおしゃれに時間が取れない。だから、髪型はストレートのショートヘア。シンプルなおかっぱなのだ。洗った後の乾燥とセットに時間がかからず楽ちんなのだとか。


 髪が終わると体全体を洗われる。わきの下やおへそ、お尻もあそこも全部だ。恥ずかしいと思ったことは何度もあるが、今はもう慣れてしまった。


「うん。石鹸のいい香り。さ、支度しますよ」


 マダムに手を引かれ、浴室から脱衣所へと移動する。そこには日本人の少女がバスタオルを抱えて待っていた。


「ありがとう、咲苗さなえさん。着替えの準備もできてるわね。じゃあ外で待ってて」

「はい。失礼いたします」


 黒のメイド服をまとった少女はこの家の給仕で私と同じで居候だ。どんな理由でこの家に来たのかは知らないが、彼女は家事全般が得意で料理は非常に上手だ。この美味い食事を用意できる人材は可能な限り確保しておいてほしい。


 マダムは私の体を丁寧に拭いた。その後ドライヤーで髪を乾燥させ、上品な花柄のショーツとブラを付けられ、その上からプリーツスカートと白い半袖のセーラー服を着せられた。まるで着せ替え人形のようだが、こういうのがマダムの趣味なので仕方がない。居候の私は彼女のおもちゃ同然に扱われている。


「ほら、今日も可愛いわよ」


 姿見の前でくるりと一回りさせられ、サラサラの金髪がふわりと揺れる。白い肌と青い瞳の私がそこにいた。背が低く胸元も寂しいが、ドイツ系の美少女って感じに仕上がっている。しかし、日本の女子中学生みたいなセーラー服には大いなる違和感しかない。


「うん。最高ね」


 何が最高なんだか……。

 今日の上物はロリコンで変態なのだろうか。


「じゃあ私も支度するからちょっと待っててね」


 マダムはベージュ系の地味な下着から、黒と赤のレースの派手な下着へと着替え、黒系のガーターストッキングを身に着けた。姿見の前で体をくねらせながら下着のチェックをしている。


「ほら、リリィさんも見て。下着がズレていないか、お肉がはみ出していないか」

「大丈夫です。問題ありません」

「そう? じゃあ、あっちでおめかししちゃお」


 見事な美尻を左右に振りながら脱衣所を出て行くマダム。私はその官能的な容姿に見とれつつ後を追った。


「今夜は黒で決めちゃうんだから」


 非常に嬉しそうなマダムである。

 マダムは黒系のキャミソールの上から喪服かというような黒系のドレスをまとった。そして黒系のジャケットを羽織り、黒系のショルダーバッグを掴んだ。そして鏡台の前の椅子に腰かけて首をひねる。


「マダム? どうした?」

「うーん。ルージュはどれにしましょうか? 今夜は少し気分を変えて、ピンク系かな? それとも、グロス系で行きましょうか?」

「……」


 いつもの赤で良い……と言おうとして思いとどまる。私にはおしゃれを楽しむ感覚が理解できないのだが、それをそのままマダムにぶつけると彼女の機嫌を損ねるのだ。


「ねえ、リリィさん?」


 マダムは濃い赤と淡いピンクの二本を両手に持ってニコリと笑う。ああ、これはもう答えは決まっているじゃないか。

 喪服のような漆黒のドレスに合うのは右手に持っている深紅。左手のピンクの方は明るいカジュアルな衣装に合うと思う。


「こっちかな?」


 私は深紅の方を指さした。


「うん。やっぱりこっちね。じゃあピンクの方はリリィさんで決まり」


 え? 私の唇にも塗るのか?

 嘘だろ?

 今までは服を着せるだけだったのに。

 化粧まで強いるのか?

 本気か?


 狼狽している私の事などお構いなかった。咲苗さなえに体を押さえられた私は、マダムにしっかりと化粧を施された。非常に不本意だった。 


「お食事の用意はできております」


 咲苗の言葉に反応したのか私の腹の虫がキューっと音を立てた。


「食べるなら急いでちょうだい」

「大丈夫です。出先でいただきますから」

「わかったわ。咲苗さん、ごめんなさいね。せっかく準備していただいたのに」

「問題ありません」

「じゃあ出かけましょう。外に車を待たせてあるから」


 私は茶色の学生カバンを背負わされた。もうその辺の中学二年生と変わらないじゃないか。

 マダムに手を引かれてエレベーターに乗って地下の駐車場へと向かう。そこには黒塗りの高級車がハザードランプを点灯させて待機していた。

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