どうやら、私は強くなっていくらしい
王都での事件から時は過ぎ、私たちは肩で息をしながら目の前に立つ魔王を睨みつけていた。傷ついていない人はいない。特に唯一の前衛であるアイリは魔王の攻撃から私たちを庇うことが多く、ボロボロだ。もちろん、私も必死にサポートしていたため、魔力の残量も少ない。
「ぐ、おお……」
しかし、長かった戦いは魔王が倒れ、塵となったことで終わった。今まで倒した魔王も同じように消え方をしたのでやられた振りをしているわけではない。
「……はぁ」
完全に塵になったのを確認し、『死の呪い』のような置き土産がないとわかった瞬間、私は思わずその場で座り込んでしまった。それを見たアイリたちは魔王に勝ったこともあり、嬉しそうに笑う。
「お疲れ様、ユーリ。最近、調子いいね」
「え!? そ、そうかな?」
私の傍まで来てくれたアイリがこちらに手を差し出しながら褒めてくれる。自分ではそんなつもりはないので戸惑いながら彼女の手を掴み、立ち上がった。
「ですです! 今回の戦いも最初の不意打ちを見事に防いだじゃないですか! ユーリおねえさん、すごいです!」
「私ですら反応できなかったのにすごかったぞ」
「あ、ありがと……」
ミリーやコールもアイリとおなしようなことを思っていたらしい。こんな私でも役に立てているのだとわかり、嬉しくて自然と笑みが浮かんだ。
(まぁ……何回も死んでるんだけどね)
今回の魔王は部屋に入った瞬間、攻撃を仕掛けてくるタイプだった。もちろん、最初に挑んだ時、先頭を歩いていた私はその攻撃が直撃し、即死。すぐに魔王がいる部屋の前に戻ったのである。
いや、今回だけじゃない。これで倒した魔王の数は最初の魔王を含めて4体。どの魔王も一筋縄ではいかず、私だけでなくミリーやコールが死んでしまうこともあった。初めて仲間の死――ミリーが魔王の攻撃で爆散してしまった時はあまりのショックでその場で泣き崩れ、その隙に私も魔王に殺されてしまったのは記憶に新しい。
次いでコールが真っ二つにされた時、彼女を見捨てることなどできるわけもなく、私は咄嗟に護身用の短剣を自分の喉に突き刺し、自殺した。ほぼ賭けだった。それまで何度も【死に戻り】は発動していたが、自殺もその対象になるかわかっていなかったからである。
そんな賭けに私は勝った。自殺でも【死に戻り】は発動するようで魔王に挑む直前に戻り、それがわかった瞬間、嬉しくてコールに泣きついてしまったほどである。いきなり泣き出した私にコールは目を白黒させたが何も聞かずに頭を撫でてくれた。
(きっと、私が死ぬ度、皆にも同じような想いをさせてるんだろうな……)
【死に戻り】のおかげでなかったことになっているが、死ぬ度にアイリが泣きそうになりながらこちらに手を伸ばしている姿を何度も見ていると申し訳なくなってしまう。こればっかりはなかったことになる仕様に感謝だ。
そういうこともあり、仲間の死を見たくない私は何かと前に出る機会が増えた。どうせ、死んでも戻れるのだ。なら、最初から私が死んだ方が早い。殺されるより自分で死ぬ方が怖いのもある。仲間の死を見るのはもってのほかだ。
ダンジョンの罠で串刺しになったり、巨大な魔物に踏まれて潰されたこともあった。そして、【死に戻り】が発動して偶然を装ってそれらを回避する。それがアイリの言っていた私が調子のいい理由。
死んで、試して、また死んで。それを繰り返し、最適解を強引に手に入れる。私にだけ許された
そんなことばかりしているからアイリたちの評価にあまり納得していない自分がいた。嬉しいのは本当だが、全て【死に戻り】のおかげ。私の力ではない。調子がいいのではなく、そうなるように仕向けているだけ。
「それに強くなった」
「……え?」
だから、アイリのその言葉は寝耳に水だった。
モンスターを倒せば不思議と力がつく。魔力は増えるし、今まで使えなかった魔法が突然、使えるようになったりもする。それが当たり前だった。
もちろん、【死に戻り】で何度も戻っているとはいえ、魔物や魔王を討伐しているので自然と強くなるのは当たり前だ。しかし、私はあまり成長率が良くないようで【死に戻り】を手に入れるまではどんどん強くなる皆に置いていかれていたことに悩んでいた。
その成長率は【死に戻り】があっても変わらない。皆との実力は離される一方だ。
「……そんなことないよ」
そう、この時だってそう思ったから引きつった笑みを浮かべてやんわりと否定したのである。
「さて、と」
4体の魔王を倒した私たちは少しだけ休息を取ることにし、拠点にしている王都に戻ってきた。1体目の魔王を倒してからすでに1年ほどの月日が経っているため、本当に久しぶりの帰還だ。
王都を出た直後、他の魔王の情報を手に入れようと色々なところを回ろうとしたのだが、その前にアイリがいつの間にか魔王たちの情報を集めてきた。それがなければもっと時間がかかっていただろう。勇者の勘に感謝である。
そんなこんなで王都に戻ってきた私たちだったが、前に泊まった宿は何故かなくなっていたので別のところに泊まった。しかし、この宿は食事がついていないため、自分たちで用意するしかない。普通なら外食で済ませてしまうのだが、ミリーが久しぶりに私の手料理が食べたいと可愛らしい我儘を言ったので食材を買い込んできたのだ。冒険をしている間、ミリーが食事当番なのでたまに他の人が作ったものを食べたくなるらしい。
(適当に買ってきちゃったけど……まぁ、適当に作っちゃおう)
幸い、宿の厨房は好きに使っていいので出来立てを皆に提供できる。今頃、食堂で皆がお腹を空かせて待っているだろう。
(まずはタマゴを割って――)
とりあえず、簡単な物を作って食べながら待っていてもらおう。そう考え、頭の中でレシピを確認しながらタマゴを手に取る。
そして、タマゴが爆散した。
「……へ?」
殻や白身、黄身が飛び散ってドロドロになりながら私は間抜けな声を漏らす。おそるおそるタマゴを持った手を見るとドロドロした物がべちょりと床に垂れた。
「あ、あはは」
久しぶりの料理だったので力加減を間違えてしまったらしい。いや、おかしいでしょ。男の人でもタマゴを持っただけで爆散させない。ましてや、私は非力な方である。シスターに料理を習い始めた頃、力がなさすぎてタマゴに皹を入れることすら上手くできなかったのだ。爆散させるなど到底不可能な話。
「……」
ありえない。何かの間違いだ。そう思いながら慎重にタマゴに手を伸ばす。だが、私の指は白い殻を掴んだがそのまま殻を突き破って中身が溢れてしまう。
「……えぇ」
いつの間にか私はとんでもない怪力になっていたようだ。
「ゆ、ユーリ? どうした、の?」
それから恐ろしいほど時間をかけ、料理を作った私はお皿を持って食堂で待つ皆のところへ向かったのだが、見るも無残な姿になった私にアイリは珍しく顔を引きつらせて聞いてきた。
「何も、聞かないで……」
いつもの服はタマゴの中身や野菜の破片、ひき肉で汚れている。もちろん、ひき肉になってしまった肉は最初からひき肉だったわけではなく、ステーキ用の大きな肉塊だったものだ。まさか手を添えただけでぐちゃぐちゃになってしまうとは思わなかった。
「とりあえず……今日はこれだけでいい?」
「あ、ああ……大丈夫だ」
「ユーリおねえさん……」
私がぐっちゃぐちゃになったサラダらしきものをテーブルに置くとコールとミリーがドン引きした様子で頷いてくれる。厨房が悲惨なことになっており、これ以上の作業は不可能だと判断した結果だ。優しく掴んだはずのフライパンの取っ手を握りつぶしてしまうほどの怪力である。いつかこの宿そのものを壊してしまいそうだ。
「じゃあ……着替えてくるね」
「う、うん……」
好きだった料理ができなくなってしまったことや宿の人に厨房の件で謝らないとならないこと。今後の生活がどうなるか考えながらトボトボと部屋に戻る。そんな私に仲間たちはかける言葉が出てこなかったようで止めることなく、見送ってくれた。
(何がどうなってるの?)
部屋に戻り、服を脱ぎ捨てた私は下着姿のまま、地肌に付いたものを拭き取った後、ベッドに腰掛ける。
突然、力がついた? いや、違う。多分、気づいていなかっただけだ。でも、いつから? タマゴを爆散させるほどの怪力なら生活に何かしらの影響があってもおかしくない。
「……」
常に手に持っている聖杖は国宝級の武器なので破壊不能のスキルが付与されている。タマゴを爆散させる程度の怪力で壊れるわけがない。
服は保存の魔法がかけられている。外的な要因の汚れはともかく、手で引きちぎってしまうことはない。私たちの服は冒険者向けのそれだ。だから、着替えている最中に破ってしまうことはない。冒険に使う道具も同じように簡単に壊れないようにできているため、今まで気づけなかったのだろう。
この怪力の原因はおそらく【死に戻り】だろう。そうとしか考えられない。
そういえば、1年前の王都で起きた事件の時、聖杖がないのに
(これは……)
手を天井に向けて突き出し、にぎにぎする。さっきは戸惑ってコントロールが上手くできなかったが冷静になれば上手くできそうだ。
そして、確かめよう。この1年で私の身にどんなことが起きているのか。
結果から言おう。私は想像以上に強くなっていた。
まず、冒険者用のギルドに併設されている修練場で色々試したが腕力だけでなく、スタミナを始めとした全体的な運動能力が向上していた。まさかこの私が壁を走れるようになっていたとは思わなかった。あれは身体能力が化け物染みているアイリだけの特権だと思っていたのに。
次に魔法。正直、聖杖がなくてもその辺にいる魔物なら一瞬で消し飛ばせるほどの魔法が使えた。私は補助系の魔法を多く使用するが攻撃魔法が使えないわけではない。ただ、あまり威力が出ず、ミリーが火力担当だったため、牽制程度にしか使っていなかった。
そして、耐性。【死に戻り】した原因の一つに毒があった。3体目の魔王が毒使いであり、奴が潜んでいたダンジョンも毒系の罠が多かったのだが、私は率先して前に出て罠の場所や規模、どれほどの毒が使用されているか確認していた。試しに闇市で何度も死んだ毒を購入して服用したが、少し気分が悪くなるだけで死ななかったのである。きっと、毒に対する耐性ができていたのだろう。
「……」
王都を一望できる高台。私はそこで夕暮れに染まる王都を見下ろしていた。考えるのはもちろん、今後のこと。
おそらく私は【死に戻り】が発動する度に強くなる。1回の死でどれほど強くなるのかはわからないが自分で気づけないほどほんの少しだ。しかし、この1年間で
死ねば死ぬほど強くなる。それに加え、相手に悟られることなく、相手の手札を知ることもできる。耐性も付くから私はどんどん状態異常にかかりにくくなるだろう。
嬉しい、のだろうか。ううん、戸惑いの方が大きい。だって、何の努力もせずに手に入れてしまった力だ。【死に戻り】だけでも手に余っていたのにその副産物もあまりに大きくてどうしようか悩んでしまう。
「『
試しに空に向かって魔法を放ってみる。私の手から凄まじい威力の光線が飛び出し、空に浮かぶ雲を突き抜けた。魔力の消費はそこまで大きくない。多分、魔力も増えているのだろう。
「……はぁ」
今まで皆に置いていかれていることに悩んでいた。だが、いざ力を手に入れても悶々としてしまうとはやはり私は心が弱い人間である。
一先ず、今後の課題は手加減だ。簡単な光魔法であんな光線が出るのだ。多分、このまま使っても味方を巻き込んでしまう。力加減だって誰かに触れた瞬間、傷つけてしまう可能性があるので要練習だ。
(……でも)
やることは山積み。コントロールできない力ほど怖いものはない。死ぬ度に少しずつ強くなっていくならその度に練習が必要になるだろう。
じゃあ、死なないように危険なことは避ける? そのせいで仲間が死ぬことになっても? いいや、そんなのありえない。私は何度も死ぬことになっても皆を守ると誓ったのだ。実際、そのおかげで1年もの短い期間で4体の魔物を倒せた。このスタンスを変えるつもりはない。
そうだ、前向きに考えよう。私が死ねば死ぬほど強くなるのなら皆を守りやすくなるのだ。そのためならどんな努力だってやってみせる。
それに力だけでなく、耐性が付くということは様々な状態異常にならないということ。これは冒険者にとって喉から手が出るほど欲しいスキルだ。魔物の中には厄介な状態異常にしてくる奴らがいる。そのせいで一瞬で形勢が逆転し、全滅することだってある。
「……耐性、か」
もしかして、わざと状態異常になって死ねば耐性も付くし力も増す。どうせ、死ぬ度に力のコントロールを覚えなければならないのなら今のうちに可能な限り、強くなった方がお得? 強くなればなるほど私も死ににくくなるだろうし、その方が効率的かもしれない。
そうと決まれば話は早い。時間は有限だし、宿の人に厨房のことを謝るのも面倒になったので私は今日という日をやり直すため、高台から身を投げた。
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