ふたたびの女
01
二年越しに会った「よみごのシロさん」は、私の記憶にある限りほとんど変わっていない。強いて言えば髪が伸びただろうか? 真っ白な長髪も、目を閉じて笑っているように見える顔も相変わらずだ。
訪れるのはこれで四回目になるはずだが、シロさんの事務所もほとんど相変わらず――だと思う。モデルルームかと思うくらい片付いていて、玄関から応接室まではチリひとつない。変わったところといえば、以前はなかったお掃除ロボットが応接室の床の上を走り回っていることくらいだ。ここまで掃除にこだわるか――ちょっとやりすぎな気がしなくもないが、文句を言うようなことでもない。
「おひさしぶりです」
私がそう言うと、シロさんはちゃんとこちらを向いてくれる。
シロさんは全盲のはずだ。でも、両目をぴったりと閉じたままの顔を向けられると、私は何かしら視線のようなものを感じる。
「おひさしぶりです。
やっぱりこれも二年前と同じ、ふわふわした笑い方と共に、シロさんは私の名前を呼んだ。
「神谷さんがもう一回来ると思わなかったなぁ。びっくりしました」
シロさんは相談というより、世間話のテンションである。私も「そうですか?」などと返しながら、以前ここを訪れたときのことを思い出していた。
初めて来たのは確か夏で、最後に来たときは初冬だった。ものすごく簡単に言えば、大変なことがあった。私はシロさんと一緒に大変なことをやらかしたし、いっそ一蓮托生と言っていいところまで行ったと思う。
それでも用事がなければ、とんと会わなくなるものだ。
なんだか夢のようだった。私たちはあんな体験を共有して、なんなら共犯関係ですらあるというのに、一連の事柄が片付いた後は、ぱったりと連絡もとらなくなった。
とはいえ、こうやって会いにこようと思えば来られる。県境を二つ越えなければならない苦労はあるけれど、決して越えられない壁ではない。シロさんは同じ場所で営業をしていて、連絡先も変わっていない。アポイントメントさえとれればこうして会える。もっともその「アポがとれれば」というところがいかにもビジネスライクで、私はちょっぴり寂しいような気持ちになってしまう。
「神谷さん、お元気でした?」
とお茶を出してくれる助手兼ボディガードの黒木さんも、以前と変わらない――いや、若干大きくなったような気がする。もっとも前から相当大柄だったから、そんなふうに見えるのかもしれない。失礼ながら仁王像が動いているみたいだ。実はとても優しい人だと知っていても、近くに立たれるだけでちょっと威圧感がある。
社交辞令的には「はい、おかげさまで」などと言っておけばいいと思いつつ、ここでそんなことはしなくてもいい、とも思う。だから正直に、
「体の健康的な意味でいえば、元気でした」
と答えてお茶をいただいた。けっこういい茶葉を使っている。五月にしては暖かいからか、水出しの緑茶をグラスに入れて出してくれる。切子の模様が涼やかできれいだ。シロさんは目が見えないのに、このグラスやスリッパみたいな小物も、オフィスカジュアルっぽい服装も、ちゃんと統一感があってスッキリして見える。黒木さんのセンスというわけではなさそうだし、どうやって選んでいるのか――付き合ってる女性にやってもらうんだろうか。それなら納得がいく。
さて、いつまでものんびりお茶しているわけにはいかない。
「それでシロさん、相談というのは」
「あっ、無理です」
食い気味にそう言われた。私は思わず手に持っていたグラスを、ゴンと音をたててテーブルに置いてしまった。
「……えっ、ちょ――早くないですか断るの!?」
「だって神谷さんの案件、ボクじゃったら手がつけられなさそうなんですもん」
「いやいや! シロさんはちゃんとした霊能者でしょ!?」
そうなのだ。
シロさんは、自身のことを「よみご」だという。西日本のごく一部の地域で活動する霊能者の名称らしい。彼らは一様に皆盲目で、扱うのはもっぱら凶事――つまり、悪いものを取っ払うのが仕事だ。
私が彼に「無理です」と言われたのは、これが二回目になる。
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