第0013話


 レストランに向かう途中、少女が前を歩き、悠樹と萌花はその後ろ約2メートルほどのところに、距離を保ちながらついて行った。


 道中二人が目にしたのは、質素な服装の通行人、レンガと木材の混合素材で建てられた家屋、乱雑に敷かれた石畳の道、電気が存在しない街並み、道の両側に木材で組み立てられた露店。ここが中世の文明レベルであることを確信させた。


 通行人の外見は地球人と変わらず、二人が期待していた獣耳娘やエルフはいなかった。一瞬、二人はただどこかに旅行に来ていただけだと錯覚したが、通行人の手に持った長槍と盾、魔法の杖、腰に差した剣と物を入れる布袋がここが異世界であることを再確認させた。


 そして、レストランへ向かう約10分の道中、二人は現代的な服装をした人や、現代人が引き起こした騒動を見かけなかった。まるで自分たち二人だけがここに召喚されたかのようだった。


 他の人たちはどこにいるの?


 と、二人の心にはまた一つ疑問が浮かんだ。


 レストランに到着し、三人は隅の席に座り、注文を取るのは当然少女令狐詩織である。


 レストラン内はまだ混雑するほどではなかったが、すでに多くの人が食事をしていた。悠樹と萌花と同じ村人風の服装をしている人もいれば、とても個性的な服装をしている人もいた。また、武器を携えた人も。


 あるテーブルに二人の男が座っていて、二人とも見た目から強そうで、ノースリーブの革製の上着からは二本の筋肉質の腕が見えていた。彼らの手元にはそれぞれ剣と斧があり、剣は鞘に収められ、斧はの刃の部分が古い布で包まれていて、その布には赤黒いシミがついていた。


 この男たちが『スカーベンジャー』である。彼らは常に『猛獣』と戦っていた。


 周りの人々はその武器にあまり注意を払わず、まるでそれが日常であるかのように見えた……いや、この世界ではそれが日常なのである。


 武器を持った人がイカれて人を傷つけたらどうするの? と悠樹は心配をしていた。


 しばらく待った後、15、6歳くらいのウェイターの少年が、何の生物か分からない料理を運んできた。


 最初、悠樹は自分と萌花が食べても大丈夫かと心配していたが、よく考えたら、この世界でなにも食べなくても死ぬだけなので、先に数口食べて、問題はなさそうだと確認してから萌花に食べさせた。三人は食事をしながら会話をする。


 「こんな木製の食器を使うのは初めてで、この触感も新鮮だね。この串焼きも美味しい。」


 「この焼きキノコもすごく香ばしくて、一口サイズで超おいしい~」


 「お二人の口に合ってよかったです」


 「えっと、ところで、この焼肉……もしかしてあの『猛獣』じゃないですよね?」


 「いいえ。この店では猛獣料理は出していません」


 「”この店では”……ってことは、猛獣料理を出す店もあるんですね……」


 「はい、カールズ城には何軒かありますよ」


 「わあ……」


 「猛獣の肉っておいしい? 詩織ちゃんは食べたことある?」


 「いいえ、なんだか少し怖くて……あっ! 猫森さん、それはっ……!」


 「ん?」


 少女が突然大声を上げた。悠樹が頭を上げて彼女に「なに?」と聞く前に、彼の舌がその理由を告げていた。


 青ぶどうくらいの大きさで、赤い皮に白い果肉の丸い果実を、悠樹は一口で半分かじった。透明な果汁が彼の口の中で飛び散り、かつてない刺激が頭に直撃した。


 酸っぱい、とても酸っぱい。この果実は皮が薄く、果汁が多く、味はレモンと未熟なプラムの融合体のようなもの。さわやかだが非常に酸っぱい。通常は肉料理にかけて風味を高めたり、水に混ぜて飲んだりするもので、直接食べることはほとんどない。


 とにかく、とても酸っぱいのだ。


 「うぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐお゛お゛お゛お゛お゛おおおおおおおおおおんんんんんんんん!!!!!!」


 悠樹の顔が酸っぱさで歪み、涙が目尻に浮かび、口の中で大量の唾液が酸味を和らげるために分泌された。


 「ゆっ…悠樹!」


 「猫森さん! 大丈夫ですか?」


 大大大丈夫夫夫じゃななない。悠樹は無言で答えた。


 「これはカーデリム果実と言いまして、直接食べることもできますが、非常に酸っぱいんです。お二人に事前に説明していませんでした……申し訳ありません……」


 悠樹はその半分の果実を苦痛の表情で飲み込み、体が微かに震え、目が虚ろだったが、平静を装って言う。


 「……大丈夫……おれが不注意だっただけですから……」


 少女にとって、カーデリム果実は子供の頃から知っているものである。その特性を知っているのは当たり前で、食事をするには食器が必要のと同じくらいの常識だった。しかし、初めてこの果実と出会う悠樹と萌花にとっては、<料理と一緒に提供された果実>という認識しかなく、考えずにかじってしまうのも無理はなかった。


 「その……今後はなにか分からないことがあれば、ぜひ私に聞いてください。こんなことにならないように、私もできる限りお二人に注意を促します」


 「うん……それじゃあ、頼みますね……」


 悠樹は苦笑いする。


 一体どれくらい酸っぱいんだろう? と萌花は好奇心から、悠樹の手に持っているその半分のカーデリム果実を舌でぺろっと舐めてみた。


 そして彼女の顔も酸っぱさで歪んだ。



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