第0011話


 外は明るい。よく晴れた天気のようだ。そよ風が吹き、木々の葉擦れの音が聞こえ、時折鳥の鳴き声もする。


 悠樹と萌花は、今ここが何時なのかを知らない。自分たちのスマホに表示された時間と同じだろうか、それとも大きく異なっているのだろうか。


 この木製の部屋にはエアコンも扇風機もない。ドアも開いておらず、通気は板を支えて開けた2つの窓のみ。しかし蒸し暑くはなかった。今ここはどんな季節だろう。


 三人はどれくらいこうして椅子に座っていたのか誰も分からない。やがて少女がこの静けさを破った。


 「あ…あの……センエツかもしれませんが、もしお二人がよろしければ、しばらくうちに泊まりませんか? も…もちろん三食のご心配もありません」


 少女は二人の現状を理解し、そう提案した。


 二人は顔を上げ、萌花はすこし考えて、それから悠樹を見て彼の返事を待つ。


 彼女は悠樹が自分より理性的で、物事を段取りよく進められることをよく知っていた。それ故、彼女はこういう決断が必要な時には常に悠樹に意見を主導させ、自分は彼の補助に回る。


 完全に信頼する。けれど盲従ではない。もし悠樹の言うことやすることに間違いがあると感じた時、彼女は遠慮なく異議を唱える。


 ただ、悠樹はいつも彼ら自身のために最善の選択をする。二人の過去の経験からも、そうすることはいつも正しい、と証明されていた。


 けれど悠樹は頭を働かせず、また俯いた。


 この提案はおれたちにとって大きな助けになる。けど、初めて会った人の家に厄介になるなんて本当にいいの?


 令狐さんの家族の意見は?


 迷惑かけちゃうんじゃない?


 ……


 などと、彼はそのような問題を考えていた。


 しかしそれは、本当に少女のためばかりではなく、一番の原因は逃げていることだった。


 認めたくない。


 この提案を受け入れると、現実を認めたことになる。<特別ではない自分が異世界に飛ばされてしまい、帰る方法も分からない>という現実を認めることになってしまう。


 彼はそうして現実逃避のために、頭を空っぽにしていた。


 パッ。


 近距離からの叩き音と顔に感じる感触に彼は驚いて、ハッとした。


 それは萌花だった。洞察力が優れていた悠樹は、現実逃避している時、萌花が自分の背後に来ていることにすら気付かなかった。


 萌花は悠樹の後ろで指先を下に向け、挟むように両手で悠樹の顔を軽くペチっとした。


 「……え? どうしたの?」


 「こっちが”どうしたの?”よ。せっかく令狐さんが私たちにこんな親切な提案をしてくれたのに、なに呆けてるの?」


 萌花はすこし怒った。


 「……」


 けど悠樹はまた黙った。


 「もう。ほら、一緒に深呼吸して。吸ってー」


 悠樹が動かなかったので、萌花は彼の頬を掴んで上下左右に捏ねて揉んだ。


 「いたい」


 「なら早くして。ほら、吸ってー」


 悠樹は仕方なく萌花の言う通りにした。


 「吐いてー。吸ってー。吐いてー」


 「ふうぅー」


 気持ちを落ち着かせるために深呼吸をする。これは二人が親から学んだことで、非常に役立つことである。


 二人が一緒に深呼吸を2回すると、萌花は手を悠樹の顔から離し、彼の両肩に置いた。


 「どう?」


 「……うん。だいぶ落ち着いた。ありがとう、萌花」


 「じゃあ教えて。私たちはどうしたらいいの?」


 悠樹の目に元気が戻った。彼は口元を綻ばせ、半分双丘に隠された萌花の顔を見上げながら言う:


 「うん! 今考えるから、萌花は座って」


 「うん!」


 萌花も目を細めて笑い、席に戻った。


 少女はこんな二人の様子を見て、とても不思議そうにしている。


 萌花のおかげで、塞がれていた悠樹の思考が再び動き出した。彼は少女の提案とこれからのことを考え始める。


 二人が異世界に来て、元の世界に戻る方法はない、手がかりも掴めない。それでも彼らは帰らなければならない。あの楽しい家庭に、親の元に。


 帰るためには、ただ座っていてなにもしないわけにはいかない。


 二人の認識では、魔法陣は完全でなければ効果がない。だから地下室のあの崩れた魔法陣は多分もう使うことができないと考えている。


 100%そうとは言い切れないが、不確かなものに期待するよりも、自分たちで帰る方法を見つけたほうがいい。その魔法陣がまだ使えるかどうかを知るためにも、様々な情報を集める必要がある。


 二人が持っているお金はこの世界では言うまでもなく使えず、衣食住の全ての目処がたっていない。悠樹はそれを考えるだけで不安になった。少女の提案を受け入れるなら、少なくとも食事と住まいという基本的な生命線の要素を確保できる。


 彼らには他の方法が全くないわけではないが、一番目立たない方法は少女の家に泊まることだろう。


 現在、彼らがこの世界の人間でないことを知っているのはこの少女だけであり、彼らが接触したこの世界の人間もこの少女だけだった。故にこの世界の……少なくともこの都市の文化や風習を理解するまでは、少女の提案を受け入れるのが最も安全なはず。


 悠樹は少女の提案を受け入れることを決めたが、いくつか確認したいことがあった。


 「令狐さんの提案はおれたちにとって非常に助かるんですが、本当にいいんですか? 初めて会ったばかりのおれたちを家に泊めるなんて、ご家族はそれを受け入れてくれるでしょうか? もし令狐さんの家に迷惑をかけるようなら……」


 「どうかお構いなく。私の両親は……ずっと家を空けていますので。家にいても私と同じことをすると思います。それに、もしお二人がうちのあの魔法陣らしきもののせいでこの世界に来たのなら、私たちはなおさら無視するわけにはいきません。どうか私にお力にならせてください!」


 「令狐さん……」「えっ!?」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る