第0009話
「では少々お待ちを」
そう言って少女は立ち上がり、隣の部屋へ行った。
「本当にこんな王道展開があるんだね!」
「そうだね」
「えへへっ! どんな回路になるかな~王道の火属性~? <エンシェントフレア>? それとも令狐さんと同じ水属性~? 氷系の魔法は使えるかな~おっ! 風属性なら”汝、風を踏んで走れるか?”とかも燃えるよね! うん~地属性は存在感が薄めかも~アースウォール? 地震? ウン~私にはあまり似合わないようふふっ!」
「舞い上がらない。ただの一般人かもしれないでしょう? 令狐さんの話だとむしろそのほうが確率が高い。こんな時にこんなことを言うのはちょっとアレかもだけど、こころの準備はしておいたほうがいいよ」
「もうー! 王道を信じてよ! 私たちは異世界に召喚された人だよ? 特典がつくに決まってるじゃない。ほら、さっき令狐さんが”お二人”って言ってたでしょう? <一部の女の子しか魔法回路がない世界>なのに悠樹にも鑑定を提案したっていうのは、彼女も私たちがこの世界の人と同じなのか分かってないのよ。もしかしたら悠樹も魔法が使えて、この世界初の男の魔法使いになるかも! さらには双回路とか? わっ!悠樹が俺TUEEE系男子になるの?!」
「も…もう……調子に乗らない」
「あれぇ~? しようがないなあみたいな顔をしてぇ、口元は緩んでるよぉ~? あれぇ~~~」
萌花がイタズラな顔をしながら悠樹に迫った。
「うウウンん! ああもうー! おれも期待してる! 期待してるからこれでいいでしょう!」
「ツンデレ乙~ ふふふふ~」
「おのれー! くすぐったげる! こちょこちょこしょこしょっ!」
「きゃあ~~~っ、悠樹がイジメるぅ~~ははははは~~!」
二人がじゃれ合っているとことへ、少女が1つの布の袋を持って帰ってきた。
彼女は二人を見て「あっ……」と声漏らす。
「えっっっと…………」
二人はものすごく恥ずかしそうにさっと座り直し、気まずいながらも笑顔を作った。
だが見られてしまったことは変わらない。
「あ…あはは……お二人は仲がいいですね……」
「ま…まあ……」
「お…お二人は恋人同士でしょうか」
「はい、そうです……そ…それより鑑定を始めましょう!」
「は…はいっ!」
悠樹が少々硬い感じに話題を戻した。
少女は彼女の腰にぶら下がっているのよりも一回りも二回りも大きい布の袋から、直径およそ20センチの半混濁半透明の白い水晶玉を取り出した。これが魔法回路鑑定用の水晶である。
彼女はその水晶玉を包んでいた袋をテーブルの上に置き水晶玉の下敷きにして、右手を水晶玉に触るように置いた。
「こうして手を反応水晶に置くと……」
程なくして、水晶玉が中から青く光った。本来白色の水晶玉は光る青い宝珠に変わり、悠樹と萌花は思わず感心の声を上げた。
「……このとおりに魔法回路を鑑定できます。もし水晶に変化がなければ、その腕には魔法回路がないということになります。このように」
少女はそう言いながら右手を離す。すると水晶玉の青い光が消え、元の白い半混濁半透明の状態に戻った。次に彼女は左手を水晶玉に置く。今回は水晶玉にはなんの変化もなかった。
「こうして鑑定した結果、私は右腕の水属性の魔法回路です。ではお二人もどうぞ」
「それじゃあ私が先ね! 王道展開じゃこんなとき悠樹が最後になるべきだよね~」
少女の言葉が終わってすぐ萌花が手を挙げて前に出た。悠樹もこれから起こる事に胸を躍らせている。
「いくよー!」
萌花は非常に緊張して反応水晶へ左手を伸ばし、ゆっくりとその上に置いた。
数秒待ったが、水晶は無反応。
「あはは……左腕にはないみたいだね。じゃあ今度は右手~」
彼女は左手を戻し深呼吸をした。そして右手もゆっくりと水晶へ伸ばす。水晶に触れる直前、彼女は目を閉じた。さっきよりも緊張しているようである。
なに色でもいいから光って! と、悠樹も笑顔が硬くなり、こころの中でそう祈った。
萌花の右手が水晶に触れる。
けれどさっきと同じで、なんの反応もなかった。
彼女はゆっくりと目を開け、右手の下にある水晶玉が光らないままのを見て、がっかりした。
「……あはは~右腕にもなかったね。で…でも大丈夫! まだ悠樹が残ってる。悠樹こそが魔法使いなのかも!」
「萌花……」
「ささっ、悠樹の番だよ!」
萌花は気持ちを隠すために悠樹を急かした。続いて悠樹も反応水晶に手を伸ばす。
結果は萌花と同じ両手とも無反応だった。
「悠樹にもないの……」
あわよくば<反応水晶が自分や悠樹の魔力に耐えられず砕けてしまう>などの展開になるのではないかと期待していた萌花だったが、結局のところ二人とも魔法回路が存在しなかった。
確かに他の世界から来た二人はこの世界の人より特別である可能性はある。だけど現実は容赦なく彼らにビンタを食わし、安っぽい空想から目を覚まさせた。
「まぁ……魔法のない世界から来た普通の人間が、魔法のある世界に来たら自在に魔法が使えるなんてことはもともとおかしい。おれたちはそれを証明しただけ。もとからただの一般人だから、気にしないで」
悠樹が冷静を装って分析したが、彼の声からはすこし落胆の気持ちは感じ取れた。
「うん……」
せっかく魔法が存在する異世界に来たのに、自分たちはそれを使うことができない。これは萌花のいままでの人生の中で一番落胆した事なのだろう。
「す…すみません! 私が余計なことをしてしまって……」
「令狐さんのせいなんかじゃないよ! もとから私が勝手に浮ついただけのことだから、気にしないで!」
「そう、令狐さんはなにも悪くないよ。さっ、この話はこれでおしまいにしよう」
期待が外れたのであれば、すぐに現実に戻らないといけないと悠樹は思った。
悠樹は他人の仕草や動き、話ぶりなどの細かいところを観察し情報を読み取るのが得意だ。たとえ初対面の人間でも、相手が芝居を打たずに自然体でいれば、彼は相手の性格や嘘をついているか否かを上手く推測することができる。
故に彼はいきなり令狐詩織という名の少女に”あなたがおれたちを召喚したんですか?”などを聞かず、彼女のいろんな反応から召喚者はこの人ではないと判断したのだった。
「じゃあこの召喚について、令狐さんはなにか知りませんか?」
「ショー……カン……とはなんでしょうか。そのような魔法は聞き覚えがありませんが……」
「んんんっ???」
少女の返事に悠樹と萌花はヒヤッとし、悠樹が思わず目を大きく見開き声を上げた。
「でも地下室のあの魔法陣、令狐さんの家族の人が設置したものじゃなかったんですか?」
「魔法……陣……?」
「はい、おれたちはその魔法陣に召喚されたはずです。最初にいた場所がその上だったので」
「えっ……と?」
「???」
少女は困惑そうにしている。そんな彼女を見ている悠樹と萌花はもっと困惑する。
どういうことなのかを解明するために、三人はまた地下室へ下りた。
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