盗撮をしたら、同棲が始まった。
土山 月
盗撮したら、同棲が始まった。
第1話 盗撮
市内を一望できる高台に佇む植物公園で僕は人生を揺るがす出会いをした。
「ねぇ、盗撮です!」
少し低いが透き通る警戒心を含んだ声色が僕の耳を通り過ぎる。
僕の頭によぎる『盗撮』『犯罪』『逮捕』の2文字。罪悪感から心臓の鼓動が加速する。咄嗟に謝罪をしようと口を開くが、焦りから言葉が詰まる。
「綺麗だ……」
やっとの思いで捻り出した言葉がそれだった。
平均値の高い顔立ちにぱっちりとした末広な二重、透明感のある肌に華奢な身体。肩辺りで切り揃えられた黒髪の女性の表情はファインダー越しでも伝わるくらいに、困惑していた。
無理もない。僕だって、なぜその言葉を口にしたのか分からない。しかも盗撮の返事が綺麗って、返事にすらなっていない。
「ふふっ、変な人ですね。撮った写真見せてくださいよ!」
僕の予想に反して、爽やかな笑顔だった。太陽のような笑顔。
断る理由はない。というより盗撮した手前、断れないしな。
僕は液晶モニターに今撮影した写真を表示させる。すると目の前の女性は僕の正面から僕の横へと位置を変え、僕の手元にあるモニターを覗き込む。鼻孔をくすぐる甘い香り。
モニターには可憐な小さなブルー色をした勿忘草の花に包まれる綺麗な女性。まるで王女様ではないのかと錯覚するほどに、モニターに映る女性の姿は気高かった。
「本当に綺麗だなと思いました」
嘘偽りのない、率直な感想。好意はない。イチ一人の人間としての感想。
「カメラマンさんの腕前のおかげですよ」
「いえいえ、被写体の素材が素晴らしいからです」
当たり障りのない会話。社交辞令も交えての会話。
そして顔を上げて、初めて女性と目が合う。その瞬間、僕の周りに流れる時間が止まった。実際には時間が止まるなんてことはありえない。だが、僕の中に流れる時間は確実に止まっていた。
目が合った瞬間、僕は目の前の女性の美しい瞳に惹き込まれた。優しく微笑むその瞳に、僕の心を奪われた。
「綺麗だ……」
嘘偽りのない思い。好意はありのイチ男としての感想。
「……ちょっと、そんなにじっと見つめられると恥ずかしいんですけど」
恥ずかしそうな表情を浮かべる女性。
僕の時間が止まっていて気が付かなかった。僕は赤の他人を無意識に見つめていたのか。
「あ、もしかして何か付いてます?さっき昼ごはん食べたからなー」
恥ずかしいと言いながらスマホのインカメを起動し、確認を始める。確認しても何も付いてはいない。
「すみません、ぼーっとしていました」
「はあ……よかったぁー」
安堵する女性。
「ところでプロのカメラマンさんですか?」
「ただのアマチュアです」
「こんなに素敵な写真を撮るのに……」
唯一無二の完璧な被写体が平凡な僕の写真の一部を際立たせてくれているだけ。だが、僕はこの写真に満足している。なぜか目の前にいる女性が映るこの写真には親しみを感じる。
「この写真は消しておきますね」
「え、なんでですか?」
「盗撮を不快に思われたかもしれないですし……」
「ならなぜ盗撮したんですか」
「…………」
笑いながら冗談混じりのその言葉にぐうの音も出なかった。不快に感じるかもしれないなら端から盗撮なんてするなよ、自制心を働かせよと僕自身に嫌気がさす。
「ねえ!さっきから黙りされると私が意地悪してるみたいになるじゃないですかあー、もう!」
「すみません。ぼーっとしていました」
「またですか?本当は私に見惚れてたりしちゃって?」
嫌気がさしていただけで理由は違う。しかし僕には目が合った瞬間、見惚れたという事実がある。
「…………」
「…………」
両者の間に流れる沈黙。僕はバツが悪くなり、俯く。
沈黙を切り裂くように一通の通知が女性のスマホに届く。すると、女性は友達を待たせてたことを思い出し、友達の元へ足早に去って行った。
――――――――――――――――――――――
自宅へ帰り、今日撮影した写真を現像する。
僕は一枚の写真を手に取る。勿忘草の花に囲まれ、花を見つめている女性の写真。なぜこの写真は満足のいくように撮ることができたのか。
花と女性。シンプルかつミニマリズムな世界。僕にはこの女性が誰なのか分からない。でも僕は知っているような気がする。
わからないのに知っているような矛盾した感情。どこか記憶の片隅に眠っているような錯覚をしたもどかしさ。
彼女との再会は意外にも早かった。
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