『太ったお前と結婚したくない?承知しました!』〜私には強力な味方がいますもの〜

猫山 鈴

絶望した乙女が愛したものは…

 「レイラ・カルディア!貴様との婚約を破棄する!」

 パーティ会場に鳴り響いた怒声。その声の主はこの国"ラングドレア王国"の第一王子である、"ルキウス・フォン・ラングドレア"である。

 燃え盛る炎の如く真紅の髪を持ち、その瞳はまるでルビーの如く輝く。全体的に凛々しく整った顔立ちだ。体つきは筋肉もありながらスラっと細く背も高い美男子。淑女達からは"赤炎の貴公子"と呼ばれている。


 現在彼がいるのは自身の通う"王立ブルーベル学園"のパーティ会場。そのステージの上。

 その日は卒業パーティの真っ最中であった。そんな中第一王子であり学園の生徒会長も務めてきた彼が卒業生代表挨拶をする事になり壇上に上がったのだが…彼はそこでやらかした。


 "レイラ・カルディア"…ルキウスの婚約者でありカルディア公爵家の令嬢である。

 まるで太陽の光を沢山浴びたような煌びやかで艶やかな金の髪に新雪の如く真っ白な肌は真珠の様に輝いている。

 その瞳はキリッとした吊り目でキツい印象ではあるが長いまつ毛に縁取られた美しい目を持つ。

 瞳の色は深海を閉じ込めた青さを持つ。


 「…発言をお許し下さい。殿下」

 彼女は静かにそれでいてよく通る美しい声を上げた。

 「ふん!良いだろう…最後の情けだ。貴様の発言を許してやる。」

 「感謝致します。ではお言葉を述べさせて頂きます。何故私と婚約破棄する事をお望みなのですか?」

 彼女は首を傾げて質問する。するとルキウスは不機嫌そうに目を釣り上げた。


 「き…貴様。本気で言ってあるのか!?」

 「ええ。だって私は王妃教育も真面目にこなしておりましたわ。生徒会の仕事も。どっかの誰かさんが女性と遊び呆けてサボっている分もしておりますもの。クタクタですわ。」

 「な…それは貴様の怠慢だろうが!貴様が俺に愛される努力をしないからだ!」

 自分の事を棚に上げてレイラを責めるルキウス。


 これには他の者達も嫌な顔をしている。実際レイラが仕事を頑張っていたのだ。どっかのバカ王子が遊び呆けている分もカバーしてくれている。

 しかしレイラが婚約破棄される理由は全員見当はついていた。

 ルキウスはビシッとレイラを指さして叫んだ。


 「貴様が…俺が愛せないぐらいに太りおったからだ!」

 レイラは確かに顔のパーツは優れている。しかしその体型はまるでもちもちした肉まんのように膨れ上がり顔も大きく首もどこにあるか分からないぐらいである。

 ドレスもピチピチで破けそうだ。しかしそんなのは理由にならない。

 「あら。確かに太ってるのは百も承知ですわ。けど婚約破棄とそれは関係ありませんわよ。

 太ってるから嫌だ!なんて私達の婚約においては唯の我儘に過ぎませんわ。」

 

 レイラの言葉に更に声を荒げるルキウス。

 「貴様!我儘などではない!俺達は子孫を繁栄させる義務があるのだぞ!?

 貴様を抱く事になるなどごめんだ!俺には美しい"シュシュ"がお似合いなのだ。おいで。シュシュ?」

 ルキウスがシュシュという女生徒を呼び寄せる。その声も何処となく甘い。


 「は〜い♡ルキウスさまぁ♡」

 呼ばれたシュシュという少女はすぐにルキウスのいる壇上に上がりルキウスに抱きつく。

 シュシュ・メアリーハートは男爵家の令嬢である。桃色のふわふわとしたハーフツインのロングヘアは綿菓子のように甘そうである。顔立ちは少しあどけなさがあり、ふわふわとした白い肌。桃色の頬にぷくりと膨らんだ甘そうな唇。


 その体つきは背は低く保護欲を与えながらもふくよかな胸があり女性的な凹凸があり、そっちの意味での欲もそそらせる。

 このパーティではドレス着用だが、真面目なパーティであることや今後の家同士の結びつきや後ろ盾を作る絶好の機会でもあるのだ。

 その為の印象を悪くしない様、レイラや他の女生徒は露出が少なく装飾もシンプルながらも上品な物を着ていた。


 それに対してシュシュは自慢の胸の谷間をガッツリ見せており、ミニのドレスを着用していて白く細い生足が見えている。

 まるで娼婦のような服装だ。それに加えてピンク色なのはまだいいがリボンやフリルがふんだんに盛り込まれた物を着用していてかなりゴテゴテしている。

 何処で買ったのか…はたまた自分でオーダーメイドしたというなら下品なセンスである。


 「俺の婚約者はシュシュに変わる!よって貴様との婚約は正式に破棄させてもらう!愛らしく美しいシュシュの方が貴様よりも未来の国母に相応しい!」

 「ルキウス様ったら!そんな事仰ってはレイラ様がお可哀想ですわ!それが真実だとしても」

 「おお!シュシュは何て優しいのだ!やはり俺にはお前しかいない!」

 そう言ってシュシュを抱きしめるルキウス。しかしシュシュはニヤニヤとバカにした様にレイラを見つめている。だが


 レイラは表情を変えずにいた。まるで冷たい水面の様な目をしている。

 「そうですか。その婚約破棄確かにお受けいたしますわ。」

 「ふん!後で泣き縋っても俺は復縁などせんからな!」

 「えぇ。分かっておりますわ。お二人ともお幸せに。」

 そう言ってレイラはカーテシーを行った。そして後ろに下がると上を向いて大きな声を上げた。


 


 「もういいですよ!元の姿に戻してください!」

 そう叫ぶとレイラの周りにポンと音を立てて白い煙が出た。その煙に会場中は騒ぎだす。

 しかしその煙が晴れると全員が息を呑んだ。


 中からはレイラと同じような顔のパーツを持っている。しかしほっそりとしてしなやかな体を持つ涼やかな美女が現れた。

 そのドレスもレイラと同じく夜空を思わせる青のグラデーションに銀を散りばめたドレスであり、美しく着こなしている。


 その姿は正に夜の女神。全員が彼女に釘付けだった。するとルキウスがワナワナと震え出した。

 「る…ルキウス様!?どうなさったの?」

 その様子にシュシュが声を上げた。すると


 「れ…レイラ!?おま…元の体型に!?」

 驚愕で顎を外すぐらいに口を開けて目を見開くルキウス。美青年が台無しである。いや最後まで台無しだが…




 「いや…つーかマジで見た目変わったからってフるとか引くわぁ…」

 天井から何やら男性の声が聞こえた。

 「な…何者だ!」

 ルキウスが顎を嵌めて叫んだ。するとポンと音を立てて今この場にいる生徒と同じくらいの歳。10代後半くらいの青年が現れた。


 青年は黒いローブを着ていて黒いスラックスと黒いブーツを履いてる黒ずくめだった。その顔はルキウスと並んでも見劣りしない。

 夜空のような暗い青の瞳と日に焼けたことのないような真っ白な肌。髪は少し長めであり前髪はアシンメトリーで長さが違う。青みがかった黒髪の美青年。

 印象はルキウスよりも中性的な印象がある。彼は気だるげな様子である。


 「本当同意ですわ!ご協力有難う御座います。"クロム様"」

 「様付けいらねーって言ってんだろ。お嬢様。」

 クロムがフワフワと降り立ちレイラの隣に立つ。


 「き…貴様!何者だ!者共侵入者だ!早く捕まえろ!」

 ルキウスは歯軋りして兵士に命ずる。しかし兵士は動かない。

 「残念でした。あんたんとこの兵士様はあそこでーす。」

 クロムが指差す方向を見るとまるで石の様に固まってる兵士たちがいた。


 「な…なんだと!?…貴様まさか…魔法族…」

 魔法族…それは遥か昔にこの世から淘汰されたとされる存在。人間でありながら人間ならざる力を持つ者たち。

 しかし彼らをきみ悪がった人々は彼らを迫害して死に追いやったとされる。


 「ご名答!いやぁバカだなと思ってたけど凄いね!そんな知識はあったんでちゅねぇ?」

 ニヤニヤとバカにした様に笑うクロムに彼は怒りを露わにした。


 「貴様!俺はこの国の王族なるぞ!不敬だ!しかも俺の婚約者と親しくしおって!!」

 「「「は?」」」


 その時会場は冷え切った。ルキウスの言葉にレイラ、クロム、シュシュはは?と声が出てしまった。

 「何を仰ってるの!私を婚約破棄したのは貴方ですし私はそれを了承しましたわ!」

 「そうですよ!酷いわ!私の事をあんなに愛してくれたではありませんか!?」

 するとルキウスは抱きついてきたシュシュを突き飛ばしてレイラの元へ走った。


 「痛っ!」

 「レイラ!俺はこの女に騙されただけなんだ!けれど俺は気づいたんだ!お前との真実の愛に!」

 そう言ってレイラに触ろうとするが見えない壁に阻まれてルキウスは近寄れなかった。クロムの魔法である。

 「何だ!?これは…」

 「良い加減にしてくださいますか?真実の愛?笑わせないで下さい。」

 レイラは冷たい目でルキウスを睨みつける。

 「どうせあれだろ?レイラが元の姿に戻ったから擦り寄ろうとしてんだろ?このスケベ魔神。」

 「ス…スケベだと?!」

 クロムは退屈そうに腹を掻きながらルキウスを罵倒している。ルキウスは顔を真っ赤にして


 「訂正しろ!この化け物が!!俺は本気でレイラを!」

 「化け物は貴方です!」

 レイラはクロムの前に守る様に立つ。そしてルキウスに言い放つ。


 「何故私が太った姿になっていたのか。貴方は全く考えないのですね。」

 「そ…それはそっちの男の呪いで…」

 「呪いではありません。魔法です。それにこれは私が望んだ事なのです。」



 そしてレイラは語り出した。今までのルキウスによる所業を

 





 ルキウスとレイラは親によって決められた婚約者だった。その当時のレイラは現在と同様に美しい女性だった。

 そんなレイラにルキウスは直ぐに自分の女にしたいという欲を生みだした。その結果彼はまだ夫婦になってもいないのに何度も体の関係を彼女に求めていた。

 レイラは元々義務として婚約を呑んだに過ぎないのである。彼からの肉欲に満ちた目線や性的な誘いに何度も悩まされていた。


 その上に彼は浮気性でかなりの面食い。美しいメイドや下級貴族の令嬢がどれだけ傷物にされただろう。

 レイラは婚約破棄も考えたが何せルキウスは浮気性でありながらレイラの異性との接触に厳しいのだ。

 レイラは彼にとってお気に入りのアクセサリーであり、見た目が一番好み。結婚すれば体を好きにできるのだ。婚約破棄すればそれは叶わぬのである。受け入れてくれる気がしない。

 

 そんなある日。

 彼女はルキウスに誘われイヤイヤながらも森に散策に来た。相手の方が腐っても立場は上である。何より婚約は自分だけの問題ではない。家が巻き込まれるのである。逆らえる訳がない。

 彼の方から彼女を手放さければきっと彼は離れない。婚約破棄が成立すれば家から処分されるかもしれない…じゃなくても傷物になる。


 レイラは絶望した。自身の未来に。


 そして胃を痛め苦しそうな表情のレイラにルキウスが

 「大丈夫か。レイラ。」

 「大丈夫です…少し目眩が…い…いや!何なさるんですか!」

 いつの間にか一緒にいた護衛がいなくなり自身とルキウスの二人きりになっていた。ルキウスはレイラに寄り添う仕草を見せたと思うといきなり押し倒した。そして服を破こうとする。


 「レイラ!俺たちは夫婦になる身なのだぞ!それなのに何故拒む!」

 「やめて下さい!私達は夫婦ではありませんのよ!こんなのふしだらにも程があります!離して!」

 レイラは抵抗した。ハァハァと息を荒くする婚約者が堪らなく怖かった。


 レイラは何とか力を振り絞って彼を突き放した。


 「レイラ!待て!」

 レイラは何とか立ち上がりドレスの裾を掴んで懸命に走った。途中でヒールが脱げるがそんなの気にしてる場合ではない。

 レイラが走っていると一つの山小屋を見つけた。レイラは藁にも縋る思いでその小屋に入っていった。


 「はぁはぁ…」

 レイラは胸を押さえて苦しそうに息を吐く。顔は汗だくでありメイクが落ち始めている。しかしそんなのどうでも良い。レイラはしゃがみ込んで泣いた。

 「もう嫌…何で…何で…私が何か悪い事したの?」

 レイラは静かに泣く。すると


 「おい。テメェ人の家に何勝手に入ってきてんだ。」

 不機嫌そうな男性の声が聞こえた。

 レイラがバッと振り返るとそこには黒ずくめの美しい青年が立っていた。


 「ごめんなさい…私今追われてて…」

 「は?!」

 青年は改めてレイラの姿を確認した。乱れた髪に涙でぐちゃぐちゃになった顔。はだけた服装。

 そこで何となく理解した青年は舌打ちすると自身のローブを脱いでレイラに被せる。

 「え?」

 「いいから着てろ。目に毒。」


 するとコンコンとノック音が聞こえる。青年はレイラを地下の部屋に押し込んでドアを開けた。

 「へいへい。どちら様で?」

 「おい!貴様ここらに女が逃げなかったか!?」

 「はあ?初対面で貴様呼びとか舐めてんの?女?ここらにはメスの猿やら狼とかしかいねーよ?もしかしてお兄さんそういうご趣味をお持ちで?」

 青年の言葉にルキウスは青筋を浮かべた。


 「き…貴様。ふん!もう良い」

 ルキウスは乱暴にドアを閉めて何処かへ行ってしまった。

 「おい。行ったぞ。」

 青年が地下室の扉を開けてレイラに呼びかける。レイラはガタガタ震えていた。

 「おい…」

 「ご…ごめんなさい…少し怖くて…」

 トラウマになったのだろう。レイラは青ざめている。立てないようで腰を抜かした。


 青年はハァとため息を吐くとレイラを抱き上げた。お姫様抱っこで。

 「きゃ!」

 「そこにいられてもうぜーだけだわ。ほらこっち来い。」

 青年はそういいながらレイラを運び丁寧に椅子に下ろした。

 「待ってろ。」

 青年は一度離れようとするがレイラは彼の服の裾を掴んだ。


 「おい。離せよ!」

 「い…行かないで…」

 レイラは不安で仕方なかった。目の前にいる青年が安心材料になっているのだ。

 青年は黙り込みレイラの頭を優しく撫でて

 「直ぐ戻るから。」

 そう言って離れた。



 そして少し立つと青年はホットミルクを持ってきてレイラの目の前に置く。

 「これでも飲め。んでさっさと帰れ。」

 「はい…えと貴方は?」

 「俺?別にいいだろんなもん。」

 「よくありません!ここまでしてもらったのに…貴方の名前を教えて下さい」


 レイラの射抜くような視線に青年はグッと言葉を詰まらせた。そして

 「クロム。それが名前。」

 「クロム…クロム様。ありがとうございました!」

 「様付けいらねーよ。」

 「クロム様はどうしてここにお一人で暮らしてますの?」

 「いや…だから…もういいやめんどくさいし…俺はな。コワァイ魔法族なんだよ。」


 クロムがニヤリと笑いながらレイラに言う。

 「魔法族?でも魔法族は滅んだ筈では…」

 「所がどっこい。生き残って子孫残した奴らがいたんだよ。ほれ。」

 クロムが指をレイラのホットミルクに向けるとカップから液体がぷかぷかと浮き上がり出した。


 まるでシャボン玉のようにそれは白い丸い球体となり空中を浮かんでいる。

 「な?俺はこういうのかるーくできる訳。どうよこえーだろ?わかったらさっさと帰r「凄いですわ!」は?」


 クロムはてっきりレイラが自身を怖がり帰ってくれると思っていた。勿論帰ろうとしたら道中は魔法でボディーガードはするつもりだったが…

 しかし実際の彼女は目をキラキラさせている。クロムは呆気に取られた。

 「私!魔法なんて初めて見ましたわ!本で読んでて憧れてましたの!」

 彼女は寧ろ怖がらないどころか尊敬のような眼差しでクロムを見る。


 「…怖くねーの?」

 「怖い訳ありません!…それにクロム様は私を助けて下さいました。優しいお方です。そんな方をどうして拒絶出来るでしょうか。」

 レイラはクロムの手を握った。そしてポタポタと涙を流した。

 「どうせ婚約するなら…クロム様の様な方と婚約したかった…」

 レイラは何度も夜うなされた。ルキウスの性的な誘いに過度な束縛。

 その上に公務も全てレイラ任せ。レイラは限界だった。


 そんなレイラの心が壊れかけてる姿にクロムは

 「おい。詳しく話せよ。てめーが泣いてる理由をよ。」

 「え…でも…」

 「俺あいつに初対面で貴様とか言われて腹立ってんだわ。だから一泡吐かせてやろーぜ?二人でさ」

 「二人で?」

 「そ。」

 「そうですか…私は一人ではないのですね…」

 レイラは頬を薔薇色に染めて先程泣いてたせいで濡れた瞳でクロムを見つめる。そして微笑みかけた。


 「?クロム様?どうかなさったの?」

 赤くなりそっぽを向いたクロム。何やら悶えている。レイラが心配そうに声をかけた。

 「何でもねーよ!ばーか!」

 クロムはそう返して照れてるのを誤魔化した。





 それからは簡単だ。クロムが作り出した魔法薬。本来は体を醜くする毒薬だがこれをレイラが飲む。そうすれば重度の面食いであるルキウスが自然と彼女から離れるし、うまく行けば婚約破棄まで漕ぎ着けると言うものだ。勿論いきなり見た目が変われば怪しまれるので少しずつ。

 レイラは病に臥せていると言い暫く家に引き篭もった。すると病で弱ってるレイラを狙ってルキウスがやってこようとするがクロムがルキウスの邪魔をしまくりこさせなかった。


 その結果見てわかるぐらい太った姿になった後再登校。効果は直ぐに現れた。これで諦めなかったら顔も変える勢いである。

 そして全て終わったら呪いを解くというプランであった。


 …シュシュの事は正直全くプランに入ってなかったが仕方あるまい。そもそも婚約者のいる男性に言いよる方も悪いのだから。


 「な…な…」

 「これが真実…私は貴方からのしつこいふしだらな要求にもう耐えられないのです。それも公務も全部私任せ!貴方は私が一人の人間だとご存じなのですか!?」

 「う…嘘だ!デタラメだ!こんなの!」

 ルキウスがまだ言い訳を並べる。しかし今度はクロムがゴソゴソとローブから水晶を持ち出した。それを空中に浮かすと光線の様なものが現れて壁に向かって飛んでいく。


 するとそこにスクリーンのように映像が壁に投影された。それは全てルキウスによる悪行である。

 女性との肉体交渉やレイラを襲う現場は割愛されているが執拗に性的な要求をしてる場面や、レイラに仕事を押し付けてる所。レイラに近寄る男子生徒を虐める場面が映し出された。


 「な!」

 「うわぁ…お前やばいね。腐ってやがる。」

 「貴様!俺に何をした!」

 「いや?俺はお前じゃなくてお前の被害者…つーかここにいる生徒達の記憶を見せてるだけですけど?」

 ルキウスは顔を真っ青にしている。クロムはハァとため息を吐いている。

 「こんなのが次期国王とか終わりだな。」

 




 「いや!次期国王はルキウスではない!」

 低く威厳のある声が会場に響いた。その声の主を見てルキウスは固まった。

 「父上…母上…」

 そこにいたのは現国王である"アレックス・グレイ・ラングドレア"と王妃の"セリカ・ルツ・ラングドレア"である。

 「ルキウス。父上母上ではなく、国王陛下と王妃殿下だと何度も教えた筈ですが?」

 王妃は冷たい眼差しでルキウスを睨みつける。


 すると国王夫妻は直ぐにレイラの元へ駆け寄り謝罪した。

 「レイラよ。我が愚息がすまなかった。今回の婚約破棄。こちらの過失で了承しよう。」

 「な!ち…国王陛下!」

 ルキウスは諦めない。しかし

 

 「レイラは素晴らしい娘だ。自己研鑽を欠かさず礼儀も弁え、勉学にも精を出す。その上に同級生や下級生にも慕われるその心。

 貴様のような奴に相応しくない!…クロム殿と言ったか…すまないが兵士の魔法を解いてはくれないか?」


 クロムがパチンと指を鳴らすと兵士は動き始めた。それを確認すると国王は

 「衛兵よ!そこのバカ息子を離宮に放り込め!ルキウス!貴様には離宮での謹慎と王位継承権剥奪を言い渡す!ついでにそこにいるシュシュ・メアリーハート男爵令嬢には修道院行き、メアリーハート家には貴族位降格を命じる!」

 「そんな!父上…母上!」

 「ちょ!ふざけないでよ!私は悪くないでしょ!離してよ!」

 ルキウスと婚約者のいる王族に手を出したシュシュは兵士に取り押さえられてそのまま連れて行かれた。


 「皆の者!我が愚息が申し訳なかった!引き続きパーティを楽しんでくれ!…今回我が愚息の被害に遭われた者には近々謝罪に伺う…すまなかった。」

 卒業パーティはそのまま続行し、宣言通り国王夫妻は各家に謝罪に回った。

 ちなみにその後王位は、ルキウスの弟である第二王子である"カイル・ケル・ラングドレア"に決まった。


 国王夫妻は当然の如くカイルの婚約者にレイラを指名したが…

 「大変嬉しい申し出ですが…お断りさせて頂きますわ。」

 「な!何故だ。レイラ!」

 「そうですよ?レイラ嬢は何も悪い事はしておられないでしょう?」

 二人はてっきりレイラが罪悪感で断ってると思っていた。するとレイラは


 「いいえ…実は私には心を寄せる殿方がおりますの。」

 レイラは頬を薔薇色に染める。

 「その方は言葉は乱暴なのですがとても心優しい方なのです。そして私を笑顔にする魔法をかけてくださる。素敵なお方なのですわ。」


 国王夫妻はポカーンと口を開けた。レイラはクスクスと微笑んでいる。






 「はぁ…何で俺が…」

 あの婚約破棄騒動後、クロムは直ぐに姿を消した。例えレイラが自分を怖がらないにしても周りが放っておいてくれるとは思えない。

 なので直ぐにレイラを含めた全ての事件に関わった人々の記憶を消し、そのまま自身の家に逃げ込んだ。けど心にはポッカリと穴が空いていた。


 『怖い訳ありません!…それにクロム様は私を助けて下さいました。優しいお方です。そんな方をどうして拒絶出来るでしょうか』


 クロムは今は亡き親から魔法は人に見せるなと言われて生きてきた。そして姿も見せるなと。

 クロムは元々違う森で暮らしていた。そこで傷ついた人間を見つけてつい魔法で治療したら、

 『化け物!!俺に近寄るな!』

 と拒絶され恐れられた。その次の日はクロムを探して殺そうと沢山の人間が森に入った。そしてしまいには森に火を放ったのだ。


 親はクロムを守るために殺された。


 それ以来クロムは人前に決して姿を見せず、他の森に引っ越した。

 そして暫く緩やかに過ごしていると一人の女性とであった。それがレイラだ。


 レイラはクロムを恐れなかった。寧ろ行かないでと縋りつく始末。クロムはずっと一人だった。けれど彼女は言った。

 『そうですか…私は一人ではないのですね…』

 それはレイラ自身とクロムを指す言葉。クロムは初めて他人に認識されたのだ。

 何より彼女の壊れそうな笑顔がクロムの胸に強く残る。


 そして彼女の作戦に付き合ってから彼女の要望で毎日の様にルキウスの邪魔をして彼女の元に訪れる。

 彼女はクロムが来ると満面の笑みで迎えてくれる。徐々に太っていく彼女。けれどクロムは彼女を嫌いになどならなかった。

 寧ろ初めて感じた愛しさが募っていく。彼女は普通の人間で貴族令嬢である。自分とくっつくべきではない人間なのである。

 

 「何で俺がこんな苦しい思いしなきゃ何ねーんだよ。分かってた….ことじゃねーか…」

 それに彼女の記憶は消したのだ。もう会えないのだ。あの笑顔を見る事は許されないのだ。するとドアをコンコンとノックする音が聞こえた。


 ドアが開くとそこには

 「クロム様!」

 愛しい彼女が立っていた。レイラは走ってクロムに抱きつく。思わずクロムはレイラを抱き止めるが混乱していた。

 「は?お…お前!記憶消した筈なのに!」

 「ふふふ…私も少し記憶がおかしくなりましたわ。けど…」

 レイラはスッとビンを取り出した。それはクロムが処方した毒薬の瓶である。


 「な!?」

 「詰めが甘いですわよ?これ見たらビビッと思い出してしまいましたわ♡」

 にっと意地悪そうに笑うレイラ。クロムはボリボリと頭を掻いている。


 「いや…つーかお前なんでここに…」

 「それを私から言わせますの?」


 レイラは少しムッとした顔になる。

 「私家を出ましたの。今回の件で結婚に関してはトラウマで出来ないと両親に伝えました。

 幸い理解のある親に恵まれていましたので伝わりましたわ。

 それに兄がいますので我が家を継ぐ必要もありません。」

 「…それが俺と関係あんの?」


 「ありますわよ!んもお!鈍感なんですから!婚約も結婚も…私がしたい人としたいだけですわ。」

 「え?」

 その瞬間クロムは頭を殴られたような衝撃だった。好きだった女性に好きな人がいるということに…


 「分かっておりませんわね…私がお慕いしてるのは貴方ですわ!クロム様!」

 レイラは真っ赤な顔でそう大声を上げた。その途端クロムの頭は真っ白になった。そして我に帰り

 「ええええええええ!?マジでぇえ!?」

 「うう…恥ずかしいですわ…」

 クロムはボンっとトマトのように顔を真っ赤にした。


 「いや待て待て待て!俺は恋愛した事ないんですけど!?」

 「関係ありません!それとも私の事が嫌いですの?」

 「いや好きですけど!?ってあ…」

 クロムはつい出た失言に顔を更に赤くして口を押さえた。

 レイラはニヤリと笑い。


 「ふふふ言質取らせて頂きましたわ。」

 「て…てめ!今のは!」

 「問答無用です!」

 そう言ってレイラはクロムの襟を掴み頭を引き寄せてキスをした。





 その後彼らは清い交際をした。最初は押せ押せのレイラだったがクロムも吹っ切れて押せ押せになっていき

 現在はラブラブなおしどり夫婦となった。そして彼らは子供を儲けてまだ存在する魔法族達を束ねて保護活動を行った。

 それは少しずつ広がり魔法族達は人々に認知されて受け入れられていった。


 「クロム様。愛してますわ♡」

 「いや旦那だから様いらねーっつーの。つーか無理すんな!腹ん中にまだ赤ん坊いるんだから!」

 子育てに保護活動に色々忙しい日々を送る二人。だが孤独を抜け出して愛する人と共に過ごす人生は彼らにとって幸せ以外の何物でもなかった。

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