深夜の公園で花火がしたい
青色
第1話
深夜の公園で花火をしたい。僕はふと、そんなことを思う。理由は単純に派手なことがしたかったからだ。
そう思ったときにはもう、僕は近くのショッピングモールで大量の花火を購入していた。
買い物かごに片っ端から花火を突っ込む。
ススキ花火、ねずみ花火、打ち上げ花火、線香花火。
一人でやるにはもったいないくらいにかご一杯にそれを詰め込んでいった。
誰もいないショッピングモールで花火を買い込む高校生。
人がいたなら、変な人だと思われていたことだろう。
もう、夏も終わりかけている時期だし。
何なら、少し肌寒い。最近はめっきり太陽を見ることも無くなってしまった。
あと、薄暗い。
その買い物を終えたのが、夕方頃。
そういえば、食べ物も少なくなっていたところだった。だから少しだけ缶詰を買った。手軽に食べられるし、長持ちする。便利なものだ。
「合計で、いくらになるんだ? まあ、このくらい、かな?」
僕は、レジにお金を置く。
「ありがとうございます。またお越しください、って感じかな」
僕は、買い物かごに入れたままの花火を持って、直接、公園へと歩いていった。
「うわっこの公園こんなにボロボロだったっけ?」
公園に着くと、鎖の切れたブランコだったり、錆びたジャングルジムがあった。
他の遊具にもところどころ植物のツタが絡んでいたりして、明らかに人の手入れをされていない様子だった。
「小さい頃はここでよく遊んだんだけどなあ」
ブランコの柵に座り込み、買った缶詰を食べる。今日の缶詰はサバの缶詰。缶詰の中では、焼き鳥の次に好き。
男子高校生の食事なんて、味が濃ければ濃いほどいいんだから。
……これは、僕だけか?
「やべ、バケツ忘れてたなあ。というか、水も忘れてた」
試しに公園にあった水飲み場の蛇口をひねってみる。
まあ、出ないよね。
「砂で消火すればいいか」
公園の砂場に目をやる。普通は砂場に綺麗なんて感想は出てこないはずだけれど、他の遊具と比べてしまうとここが一番まともに見えてしまう。
「深夜になるまでここで寝てようかなあ」
僕は上着を脱いで地面に広げる。
「おやすみ」
この世界が夢であることを祈りながら、僕は一度目を閉じた。
「おはよう、世界。相変わらずのようだね」
なんてくさい台詞を言ってみた。
時刻は、わからない。まあ、多分深夜だと思う。
ちょうど起きれるあたり、僕の体内時計は相当に優秀らしい。
いや、むしろ狂っているのかも。
いつも、寝たいときに寝て、起きたいときに起きてるし。
おかげさまで、今回みたいに、起きたい時間にパッと目が覚めるようになったのだけれど。
「さて、始めるかあ」
僕はあらかじめ買っておいたマッチを用意する。
まず手始めに、ススキ花火。
筒状の先端に火をつけてしばらく待つ。
「おお、久しぶりにやったけれど、意外と綺麗かも」
火花がススキみたいになっている。深夜にやるとテンション上がるかも。
「二刀流ってロマンあるよねえ」
僕はもう一本の花火を持ち、その火花に近付ける。すると、もう一方の花火にも火が移って光りだす。
そして、そのまま思い切り二本の花火を振り回し始めた。
コマみたいに、身体ごと回りだす。
上から、ドローンか何かでみたら、綺麗に見えそう。
「……気持ち悪くなってきた」
目が回る。僕はフラフラのまま、近くのジャングルジムにもたれかかった。
次だ、次!
次の花火はねずみ花火、地面に置いて着火するタイプの花火だ。
これを、地面に大量に置いて……。
「同時点火だ!」
僕は、地面に置いたねずみ花火にマッチ棒で素早く火をつけていく。
それぞれの花火が不規則に動き回り始めた。
「ハハハッ派手でいいや」
確かに、これは火車と呼ばれるのもわかるなあ。見ていて面白い。
「え? ちょっとこっちくんなよ!」
何個かの花火が僕に向かってくる。僕は、それから逃げるように、深夜の公園を走り回った。
公園を走り回ったことはあるけど、深夜の公園を走り回ることはないから、これも、楽しかった。
「ふぃー危ねえー。あやふく燃やされるところだったぜ」
ん? でも花火だと火傷しないのかなあ。意外と火花に触れても大丈夫だし。少し、気になってきた。後でやろうっと。
さて、ここまでは前座だ。
本日のメインディッシュ!
打ち上げ花火!
今回はこれを一番持ってきたんだ。
たくさん公園中に筒を置いていく。試しに一つだけ火をつけてみようか。他の花火も大丈夫だったから平気だと思うけれど、打ちあがらなかったら拍子抜けだし。
「よしっ点火行ってこい!」
僕は火をつけて素早くその場を離れる。
導火線に火をつけてそれが徐々に筒に迫っていく。
そして、完全にそれが筒まで届いて……。
あれ、発射されない。
「嘘でしょ!? 一番楽しみにしていたのに……」
僕は、その筒に近付いていく、その瞬間。
「うおっ」
花火が発射された。僕は尻もちをつく。
あともうちょっとで僕の顔にクリーンヒットするところだった。
もうそんなこと起きたら治せないんだから、本当に間一髪と言った感じだ。
僕は、そのまま打ち上げられた先を見上げる。
パァーンという音と共に放射状に火花が散って、パチパチとした音と共に消えていった。
昔、花火大会で見た花火よりも小さいし、高くにも届いていないけど、何よりも綺麗に見えた。
「このままどんどん打ち上げるぞ!」
僕は公園に設置した花火に次々と火を着けていく。そのどれもが、順番に空に打ちあがっていった。
小さな小さな花火大会だ。
このまま、誰かに届いて欲しいとそう願いながら、僕は一つ一つ大切に火を灯していった。
「これが、ファイアフラワーか……」
そんなことを僕が呟くが、本当はファイアワークだ。
まあ、細かいことはいいんだよ。どうせ、僕しかいないんだし。
それに、空に花を咲かせているのは本当のことじゃないか。
随分と寂しくなってしまった世界に、花を咲かせているのは本当のことじゃないか。
その後、僕は残りのススキ花火とねずみ花火もまとめて楽しんだ。砂場にはその花火たちの残骸がたくさん置いてある。
あとで、掃除しないとなあ。
でも、まだだ。
まだ、終わってない。
「最後に、線香花火」
線香花火。
やっぱり、締めはこれだろう。誰が最後まで火の玉を残せるのかなんて勝負をすることだってある。
まあ、今は、自分自身との勝負なんだけれど。
僕はしゃがんで、その線香花火に火を着けた。
「……綺麗だなあ」
始めは、小さな火の玉から、だんだん火花が弾けだして、徐々にその勢いを増していく。
深夜にやると、またさらに趣深い。
その火花の勢いは徐々に弱くなっていき、最後にその火の玉が落ちて行った。
「……これで、おしまい、か」
深夜の公園で花火をやってみたい。そんな願いはこれで終わった。
勿論、楽しかったけれど、やっぱり好き勝手出来るというのはどこか寂しさがあった。
やっぱり、派手なことをやっても、誰もいない、か。
「……片付けしよ」
僕は立ちあがって、砂場に転がっている残骸をかき集めだす。線香花火は余っているけれど、やっぱり一人でやるとどこか物足りなかった。
「深夜の花火会場はここかな?」
「え?」
声のした方に顔を向ける。
登山用のリュックを背負った女性がそこにいた。
人が生きていた。
「やっほー初めまして」
「初め、まして」
「どうしたの? そんな顔をして」
「だって、なんで、生きて……」
「そりゃあ生きてるでしょ」
「でも、生きている人なんていないって思ってた」
「ごめんね。生きてて」
「いや、そんなことを言いたいわけじゃなくて」
「アハハ、からかっただけだよ」
からかうにしては不謹慎だった。
「ごめんごめん。そんな顔しないでよ」
「まだ、生きている人はいるんですか」
「どうだろう。私は見たことないなあ。君がいて驚いたくらいだし」
「そうですか……」
「それより、生き残りがいたことが不思議だよ」
「それは、僕もそうですよ」
「そりゃそうか」
アハハ、と彼女は笑う。
僕が言えたことではないけれど、凄く明るい女性だった。
「それよりもさ。花火やっていたんだったら私も混ぜてよ」
「え?」
「ああ、もう終わっちゃった? 少し遅れちゃったなあ」
「まだ、線香花火ならありますけど」
「お? いいね。私花火で一番好きなんだあ」
「打ち上げ花火よりも、ですか?」
「うん。静かで好き」
「意外ですね」
「君に私の何がわかるのさ」
彼女は頬を膨らませてわかりやすく怒っている。
「静かで落ち着くし、私は好きだよ」
「ふうん」
「あるなら、線香花火一緒にしようよ」
「僕もですか?」
「だって、誰かと一緒じゃないと面白くないじゃん」
「静かで落ち着くのが好きって言っていたじゃないですか」
「もう、静かで落ち着き過ぎたね。こんな世界だし」
「まあ、確かに」
「いいから、勝負するよ」
「……負けませんよ」
深夜の公園で花火がしたい。理由は派手なことをしたかったから。
もっと詳しく言うならば、派手なことをして、生き残りを見つけたかったから。
どうしようもなく救いがなくて、何もかもが無くなってしまって、厳しい世界だけれど。
深夜の公園。線香花火の光だけは、僕達を優しく照らしていた。
深夜の公園で花火がしたい 青色 @aoiro7216
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