仲違いがちな神様たち 一人神話創造記

cheese3

第1話

「はーい。お餅が焼けたわよー!」

「わーい!私おもちいっぱい食べるー!」

「俺も俺も!30個食べる!」 

「真昼は食べすぎ」


 母さんは呆れたように言ってくるけど、だって正月だよ。

 お餅を本能的に食べたくなる時期じゃん!


「うーん。こたつに入りながら食べるあんこ餅は格別だね~」

「格別だね~」


 小さな妹が俺の真似をして、餅を頬張っている。


「ねえねえお兄ちゃん」

「ん?どうした?」

「ちょんまげ!」


 妹が突然ちょんまげのかつらをかぶって変顔をしてきた。


「ぶわっはっはっはー!お前いきなりそれは卑怯うっ!?」


 笑いながら餅食ってたら喉におもいっきり詰まった!


「あれ~?お兄ちゃん動かなくなっちゃった」

「食べてすぐ寝るなんて…、真昼はいつまでたっても子供なんだから」


 みんなの声が遠くなっていく。

 かくして俺こと真昼は、17年という長くも短い人生を、ちょんまげによって終わらせられたのであった。


 そして気がつくと、俺は真っ白な空間に立っていた。


 ―――。


 目の前の巨大な存在が、今から俺を生き返らせてくれるらしい。


「マジで!?え~っと……、神様?仏様?まあ誰かわかんないけどサンキュー!

 いやー。餅食って死んだときはもう終わったって思ったけど、まさかもう一回生きれるなんて思わなかったね」


 ―――。


 目の前に存在する何かがぐっと親指を立てた。……ような気がした。

 実際には声も姿も感じ取れないんだけど、こう、ニュアンス?的なもので、そこにいる何かがそういう風なことを伝えてくれている気がしたんだ。


「しかも、簡単に死なないように、不老不死にもしてくれるって!?なんでそこまでしてくれんの?俺って別に何か良いことしたわけじゃないし、変な死に方しか自慢できるものないんだけど」


 ―――。

 色々なイメージが伝わってきてわけわかんなかったんだけど、一言で表すなら偶然っていうのが一番近いらしい。


「ふーん。よくわかんないけど、死んだはずの俺がもう一度生きれるなんて、すっげえありがたいことだから、アンタにはほんと感謝してるよ!」


 ―――。


 どういたしましてと言われている気がした。


「あんがとな神様!」


 そして俺の二度目の人生が始まった。

 空気のない暗黒空間の中で。

 ぐえー!!息ができんぎょー!? 


 かくして俺は、この世に再び生まれいでて、ものの一分もたたずに再び絶命した。

 笑っちゃうね。

 そして俺は絶命、蘇生のサイクルを何回も繰り返してから、ようやく窒息の苦しみにも慣れてきて周囲を観察する余裕ができてきた。

 とはいっても、周りは相変わらずの暗黒で、俺は足場もない空間をふよふよと漂っているだけだった。体は手触りで、あるんだということがわかっている。

 俺は他に誰かいないか呼んでみることにした。


 おーい!と叫んでみても何も聞こえない。


 あっ、息もできないのに声が聞こえるはずないか。

 忘れてた。

 けど、まるっきり何もなかったわけじゃなかった。


 声を出そうと口を開けたことで、舌の上に微かな味を感じたからだ。

 このちょっとぬるってしてて、さわやかな喉越しは……うん!なんか水っぽい!


 久しく何も口にしてなかったから、水っぽい無味のものでも美味しく感じるね。

 まあそれがあったところで何が変わるわけではないんだけど、他にやることもないし、俺は暇つぶしもかねて口をパクパクさせながら、水っぽいものソムリエを永遠に繰り返すことにした。


 うーん。

 今日の水っぽいものの味は……、富士の天然水!

 いや、長いこと飲んでないから適当に言ってるだけだけど。


 そんなことをしていたある日、俺は何年かぶりにトイレに行きたくなってきた。

 周りを見てみても、トイレの看板が立ってるなんてことはなかった。


 もういいや、ここでしよう。

 どうせ誰も見てないだろうし、いいよね。


 というわけで、俺が幾年ぶりかの開放感を味わっていると、なんと前から出たものが光となり、後ろから出たものが闇よりも暗い闇となった。


 ……なんで?


 出てきたものたちは、ふわふわと俺の周りを漂いだした。

 あまり遠くに行かれると探しに行くのが大変そうなので、俺は光と闇を手で引き寄せた。


 ――誰?


 そんなニュアンスが感じられた。たぶん光の方から。

 意思の表し方がずいぶん昔に会った神様みたいだったから、ひょっとしたら同じような存在なのかもしれない。


 闇からは何のニュアンスもこなかったが、手で撫でてたらすり寄ってきてるような感覚があった。

 甘えたがりなのかもしれない。


――俺は君たちを出した人だよ。君たちは何なの?

――わかんない。私って何?

――うーん。光ってるから光かな。


 見たまんまである。

 手の中で闇がつんつんと催促しているような感覚があった。

 私は?って聞いてきてるんだろうか?

 たぶんそうだろう。


――君は闇だから闇かな。


 ふんふんと手の中で納得しているような気配がある。

 暗くて見えないけど、何を考えているかは光よりわかりやすいかも。


――光って何?


 光からそのような問いかけがあった。闇からも闇とは何なのか聞いてきてる気がする。


――光ってのは明るいことで、闇ってのは暗いことだよ。

――明るいって何?


 闇は暗いって何かと聞いているようだった。


――明るいっていうことははっきりしていて、暗いってことは曖昧だってことだよ。

――はっきりって何?


 曖昧とは何か聞かれている気がする。


――はっきりと曖昧ってことはね………。


 こうして何もない空間にできた二つの存在の疑問に答える日々が始まった。

 何々聞いてくるのは光の方で、闇は俺の思考をじっと感じているか、すりすりすり寄ってくることが多かった。

 俺も一人しかいない空間で久しぶりにできた別の存在だから、喜んでかまってあげた。


 元がうんちとおしっことはいえ、二人?とも俺の体から出てきたんだから俺の子供といってもいいようなものである。もう、めちゃくちゃに可愛がった。


 そうして穏やかな日々が延々と流れていったある日のこと。


――闇は真昼にくっつきすぎー!そこ私の!

――………。


 闇は光のニュアンスを無視して俺の胸に体?をおしつけてきた。


――キー!!


 光が妬いてかんしゃくを起こした。


 うんうん。

 生まれた時に比べたら、光も闇もずいぶんと感情豊かになったもんだ。

 なんてしみじみとした気分になってたら、光から謎のパワーが発せられ、俺の体がじゅわじゅわ消滅しだした。


 対する闇もよくわからないパワーを発し、光に対抗しだす。どうやら、俺のそばを譲る気はないのだろうけど、そのせいで俺の体がぐにょんぐにょん捻じれだしている。


 我が子の成長を感じられて嬉しいが、双子喧嘩を仲裁するのも父の役目だろう。

 じゃないと俺が巻き添えくらいそうだし。


――まあまあ、落ち着きなさい光。闇が俺に体?をぐりぐりしてくるのはいつものことじゃないか。何を怒ることがあるんだ?

――だってだって!光も真昼にくっつきたいのに、闇が邪魔するんだもん!

――そうなのか闇?


 闇からはフルフルと首を横に振ってるようなニュアンスが伝わってくる。


――そんなことないって。

――うそうそうそ!絶対闇嘘ついてるもん!


 闇が光に向かって、あっかんベー、みたいなことをした気がした。


――きー!!あんた私のことバカにしたわね!!

――………。


 光と闇の雰囲気は、さらに険悪になった。


 あれ?仲裁してるはずなのに、おかしいな?

 全然仲良くならないぞ?


――まあ、そんなに言うなら、おいでよ光。ナデナデしてあげるから。

――えっ!ほんと!?

――………!?

――ほんとに決まってるだろ。光は俺の可愛い子供なんだから。

――わーい!私も真昼大好き!


 飛び込んできた光を抱きよせ、思いっきりほおずりしてあげる。

 光はきゃーと歓声を上げながら喜んでくれているので、俺もすごく嬉しい気持ちになれた。


 しかし、なぜか胸の中にいる闇がガーンとショックを受けている気がする。


――ん?どうしたの闇?

――………!


 闇から俺に抗議するようなニュアンスが伝わってくる。


――光にそんなかまうなっていうの?えっ、なんで?

――………!


 闇からよくわかんないけど嫌なの的なニュアンスが伝わってくる。

 俺にほおずりしていた光がそんな闇を見て笑った。


――ふふぅん。


 あれ?今光、鼻で笑ってなかった?


――………!!


 気のせいかもしれないけど、闇が涙目で頬をぷくーっと膨らましてる気がする。

 闇は俺の胸に体?を激しくぐりぐりと押し付けると、そこにぼこぉ!と穴が開いて、闇は俺の体内に入り込んだ。


――あー!!真昼の中に入るなんて闇ズルい!!


 えっ?俺の体内に入ってなんか良いことあるの?

 闇が俺の胸の穴から、少しだけ身を出して光を鼻で笑った。ような気がする。


――そっちがその気なら、私だって真昼の中に入るもん!


 光がそう意思表示すると、俺の頬をじゅわっ!と焼いて穴を開け、口の中に入り込んできた。

 入るなら入るでいいんだけど、もう少しその光具合を落としてくれないかな。じゃないと俺の脳まで溶けちゃうから。


――………!


 闇が腹から突き上げるような衝撃で、光に出て行けと催促している。


――やったわね!


 光が怒った子供の足踏みみたいにどすんどすんと衝撃を下に出して、そっちが出て行けと闇に催促している。

 俺の体の上下で押し相撲みたいなことするのはいいんだけど、俺の体は君たちのパワーに耐えられるほど頑丈じゃないんだけど。


 案の定、徐々に強くなる衝撃に耐えきれず、俺の体はあっさりと爆散した。


――あー!真昼が壊れちゃったじゃない!闇のせいよ!

――………!


 闇はたぶん光のせいって伝えてる気がする。


 まあまあ二人とも。そんな喧嘩なんてしなくても、俺の中にいたいなら二人仲良くいればいいじゃない。


――私だけがいいの!!

――………!!


 たぶん、闇も私だけがいいって伝えてると思う。

 体を再生させた俺の前でヒートアップしていく光と闇から放たれる、光と闇の規模がどんどん大きくなっていく。

 そしてその余波で消し飛んでは再生する俺。


 このままにしておいたら、まあ間違いなくケンカになりそうなんだけど、ケンカができるくらいに情緒が育ってるあたり、成長が感じられて嬉しい。

 ましてや、もめてる内容がパパにもっとかまってほしいだなんて、父親冥利に尽きるんですけど!


 ウチの双子ちゃんが可愛すぎる!

 みんなー!ここに俺の自慢の双子ちゃんがいるよー!

 見せびらかせる相手が一人もいないことだけが残念だよ。


 感涙にむせびながら見守ってたら、いよいよ視界の左半分は光で埋め尽くされ、右半分が闇で覆いつくされてしまった。

 二人?がぶつかり合う境界では、七色の爆発が激しさを増してきた。


 子供の時は怒った時の止め時がわかんないことってよくあるし、そろそろ頼りがいのある父親として、二人のケンカを止めないといけないな。

 そう思った矢先、光と闇が俺に向かって問いかけてきた。


――真昼は光の方が好きだよね!

――………!


 こ、これは……!

 全世界のお父さんが直面するであろう、私が一番だよね問題じゃないか!!


 いやー。まさか結婚もしたことない俺が、こんな風に双子ちゃんに聞かれる日がくるなんて、感無量だな。

 少しは良い父親になれたってことかな?


 二人からは期待と不安のパワーがひしひしと伝わってくる。

 体が消滅する圧力に耐えながら、そんなに心配しなくてもいいんだよと笑い返す。

 だって俺の答えは、もう決まってるんだから。


――もちろんどっちも可愛いから好き!

――真昼のバカー!!

――…………!!


 超大爆発が起こった。


 あれー?

 本心を伝えたら、二人?とも怒ってしまった。

 虚空の彼方に飛ばされながら、俺は一体何が悪かったんだろうかと頭をひねった。


 はっ!そうかわかったぞ!

 今まで男親になついてたから、自然と娘みたいに接してたけど、本当は可愛いじゃなくて、かっこいいって伝えられたかったに違いない!


 うわー、やらかしたー!

 次二人?に会ったときは、ちゃんとかっこいいって伝えてあげないと。

 あちこちで色とりどりにスパークしている空間を眺めながら、俺はそう心に誓った。



「こうして原初の時代。まだ何もなかった世界に神が現れた。

 神はその身から光と闇を作り出した。

 やがて光と闇は神の愛を求め、互いに争い、無から有が生まれわしらの世界ができていったと言われておる」


 陽光の差し込む教会で、髪からひげまで白髪になっている神父の話を聞いていた子供たちが、あるものはつまらなそうに、またあるものは目を輝かせて興味しんしんに聞いていた。


「すごーい!愛する人を奪い合ったからこの世界があるなんて、なんだかロマンチックー!」

「けっ!なにが愛だよ。

 神様のくせに、好きなやつでケンカするなんて、ガキかよ」


「なによ。あんた私が楽しんでお話を聞いてるのに、つまんないこと言って邪魔しないでよ!」

 少年に向かって同い年ぐらいの少女が食ってかかった。

 少年はその剣幕に怯んで、不満そうに唇をとがらせた。


「だっ、だってよー……」


「ほっほっほー。少年の言うこともわしにはわかる。人は求めるもののために、他の人から見ればバカバカしくて、ひどく幼稚に見えることをしてしまう時がある。

 例えば、隣の人の皿の上の好物を盗ってしまったり、拾った単なる石をめぐって争い、物語を楽しむ少女の気を引きたくてついケチをつけてしまうこともある」


「ばっ……!?な、なに言ってんだよ神父様!そんなんじゃねえよ!」


「なに急に叫んでんの?」

 顔を真っ赤にして椅子から立ち上がった少年を、少女が不思議そうな顔で見上げていた。


「ほーっほっほー。

 しかし、遥かな存在である神々でさえ同じように幼稚でバカバカしいことをしているのであれば、それよりも小さな存在であるわしらの未熟さも、幾らかは仕方ないと思えんか?

 神はわしらの未熟を許しているのじゃよ」


「これってそういうことを考えて書かれた本なの?」


「解釈は人それぞれじゃが、それぐらい肩の力を抜いて生きても、罰は当たらんとわしは思っておるのー。

 どうじゃ?

 こうして話されると続きが気になってきたじゃろ?」


「はい神父様!私すぐにでもお話の続きが知りたいです!」

「お、俺もそこまで言うなら、聞いてもいいかも……」


 少女が元気よく手を上げ、少年がおずおずとそれに続いた。


「よしよし。それじゃあ神話の続きを語ろう。不変で、自由で、誰よりも慈悲深かった最初の神から始まる物語を。

 ちょんまげ」


 神父が頭頂部付近で、手を数回上下した。


「その言葉って何なの神父様?」


「これは神をたたえる、いわば祈りの句じゃ。

 これを唱えることで、神はわしらを天上から見守っていることを思い出すのじゃ」


「へー。そうなんだ。

 じゃあ私も、ちょんまげ!」


 少女が神父の真似をして、手を頭の上で上下した。


「なんだよそれ…。仕方ないな……、ちょんまげ」


 少年も真似してやってみると、なんだか意地を張っていたのがバカバカしくなってきて、もう少し大人しく話を聞いていようという気持ちになれた。


「では始めるとしよう。私たちが生まれるよりもはるか昔から続く、仲違いがちな神様たちの話を」

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