違う場所、違う人

quo

不思議の集落

高校の夏休み。自転車で山へサイクリングに出かけた。アルバイトで買ったロードバイク。当時はカーボンフレームなどはなく、アルミフレームだった。重量は8キロと、肩に担いで堤防の階段を軽く駆け上がるのが、自分の中でかっこよかった。


郷里は山と海岸に挟まれている。海はサーフィンのメッカで、流れる川は大きく澄んでいる。所々でキャンプ場や渓流釣りのポイントがある。夏は観光地ほどではなかったが、観光客がたくさん来る土地だ。


山へ向かうと川は増々透明度を増し、深い緑が覆い緑が眩しいくらいになる。川のせせらぎを見ながら、山への道をひたすら自転車を漕ぐのが好きだった。ぎらつく夏の太陽の中、熱せられたアスファルトを進む。漕ぎ続ける事で、体の熱を山の乾いた風が熱を奪う。


ある日、いつものコースを外れ、細い道へと入った。


幹線ほど舗装はされていない細めの道。大型の車の離合は出来ない。川に架かる小さな橋から、河を覗き込もうと思ったからだ。


橋にたどり着く前に、田んぼが見えた。先に集落があるのかもしれない。橋から川を見下ろすと、深く深く青すぎる黒が横たわっていた。吸い込まれそうで、思わず身を引いてしまった。


折角だからと、橋の向こうに行くことにした。進むにつれ、道は細くなり舗装は荒れて始めた。タイヤがパンクするのではないかと心配したが、直ぐに綺麗な芝に変わった。


両脇に木々が茂るが、杉の並木は途切れて常緑樹に変わった。それを抜けると、坂が見えた。一気に駆け上がると、小さな田園がひしめいていた。あぜは芝で輝いている。稲穂は黄色くなりかけている。


畔に子供が座り込んでいる。「古めかしい格好だな」と思った。通り過ぎるが、こちらを見ない。そして、奥に進むと子供たちの群れとすれ違った。皆が風車を持って走っている。


”ここは違う”


何となくそう思った。右手に曲がると、また小高い丘が見える。登りきると小さな二人乗りの車が走っている。中に人は見えない。また子供が、畔に座り込んで土いじりをしている。その脇の地面に風車が刺してあった。


見上げると、柔らかな日差しに、空に薄く雲が広がっている。夏の鋭い日差しはなく、心地よさが体を包む。


”もとの道へ”


ペダルを踏みこむと、森に入り込む道を走った。急な下りになり、そのまま駆け下りた。また、細い道を抜けると、幹線に出ることが出来た。



あの日から、別のルートを進むことにした。大人になっても、あの場所への道を探そうとは思わなかった。

ただ、あの風景は幾つもの写真に切り取られて、記憶の中にある。ただ、ここではない、別の場所の記憶だ。

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