第8話 依頼人
「ちょ、ちょっと冗談止めてよ……。どうせ松澤君が相談所の悪口でも言ってたんでしょ……?」
「い、いや言うわけないだろ……? そんな間柄でもないし」
「で、でも……ホームページは公開してないよ……?」
「……うーん」
そう
電気は付いているのに、部屋の空気がどんよりと暗くなっていく感覚。今まではあまり感じたことがなかったが、この教室はやはり曰く付きである。
それは花崎も同じらしい。桜庭が残した先輩の特徴をメモしていたが、明らかに表情が冷めている。やがてペンをパタリと手放してしまい、俺と顔を合わせる。
「や、やっぱり
「いやだからマジで本当なんだって。下駄箱で呼び止められて――」
別に長々と話すことではないけど、ここで変に疑われるのも
花崎は納得したように見えないが、話が先に進まないと思ったらしく。小さくため息をついて頭を掻いた。
「合言葉の話を知ってるってことは、その画面を見たことがあるってことだよね」
「それか、俺たちの会話を盗み聞きしたか」
「この話をしたのは、昨日のファミレスだけだよ」
となれば、桜庭も昨日あのファミレスに偶然居合わせた、ということになる。この推測を素直に受け止めるならの話だが。
「桜庭に見られたりしたか?」
「いや……私たちの隣のテーブルには男の人が座ってたような気がする」
「確かにそうだった。アイツ本人に見られたわけじゃないよな」
「うん。あの画面だって、昨日松澤君に見せたのが初めてだったし。ホームページを作り始めたのだって、3日ぐらい前のことだよ」
そうなると、ますます意味が分からなくなる。ヤツ自身が画面を見る以外には合言葉も相談所のことも知る余地はないはずだ。
しかし、彼女は間違いなく俺に『ジュテーム』と伝えてきた。それは告白でも悪ふざけでもなくて、はっきりと『依頼』であると頷いたわけで。少なくとも、ジュテームなんて言葉はこれまで一度も喋ったことがない人間にかけるモノではないし。
「花崎が知らない間にスマホを見られた……とか」
「ちょ、ちょっと本当にやめてよ! 気持ち悪いこと言わないで」
「でもそうとしか考えられなくないか?」
「それは……」
花崎も頭では理解しているようだ。しかし、自身のスマホを盗み見されるなんて気味の悪いことに巻き込まれるのは確かに認めたくはない。
いずれにしても、これは本人に聞く以外どうしようもないだろう。
「とりあえず、先輩の調査よりも桜庭の方が先だな」
「……そうだね。何か隠し事があるのかもしれない」
彼女は自身に言い聞かせるように同調した。これで『辞める』と言い出さないあたり、やはり言い出しっぺというわけか。
とは言え、花崎はなかなかショックを受けているようだった。この部屋の気味の悪さも相まって、明らかにさっきよりテンションが低い。これまでは彼女の指示通りに動いてきたが、それを待っているといくら時間があっても足りない気がした。
「まずは本人に話を聞くしかない。呼び出すか?」
「聞き方も考えないと。その……色々とヤバい子かもしれないし」
だが、俺が思っている以上に花崎は冷静だった。俺の方が動揺していたのかもしれない。
桜庭は何かしらの手段でホームページの画面を見たのだろう。これは間違いない。じゃないと俺たちのことを知り得ないからだ。となれば、気になるのがその手段である。
「合言葉の存在は、ホームページの画面でしか示してないよな?」
「うん。私の思いつきだし、見せるまで松澤君にも言わなかった」
「それもどうかと思うが、まあ分かった。やっぱり焦点はどうやって合言葉を知ったかだな」
「そうだね。相談所のことは……私たちの会話を盗み聞きしてたかもしれない」
田中の依頼を受けた時は基本的にメッセージだったり、この部屋で打ち合わせるようにしていた。けれど花崎のお人好しな性格もあり、廊下とかですれ違う度に話すようになっていた。
具体的に相談所の話をしたわけではないが、聞く人によれば興味を惹く内容だったかもしれない。
「で、どうする? 直接聞くか?」
「ソレ以外にある?」
「そりゃあ……尾行してみるとか」
俺がそう言うと、花崎は笑った。
「松澤君もすっかりアシスタントだね。それかストーキングに興味あったり?」
「絶対に後者ではないから、本当に仕方なく前者を受け入れるよ」
尾行自体、前回の依頼でやった経験がある。ターゲットの行動パターンとかを把握するためだったんだけど、ビビるぐらい気づかれないから自分でも悲しくなった。
本当ならもうやりたくないが、俺としても正直気味が悪かった。どこから情報が漏れたのかが全く見当つかない。本人から聞くにしても、あの桜庭の様子を見れば一筋縄ではいかないだろう。本当になんとなくであるが、適当にはぐらかされる気がしてならなかった。
「桜庭って部活とかやってるのか?」
「たぶん帰宅部だと思う。今日はもう帰ったんじゃないかな」
「なら明日決行するか」
「いいの?」
「何が?」
花崎の疑問の意味が分からず、反射的に聞き返した。彼女は少し考えて口を開いた。
「いつもだったら先延ばしにするのに」
「いつもって、2回目の依頼だろ」
「そういうことじゃなくて、面倒そうにするじゃん」
これだって面倒だけどな。
「まあ、何というか。俺も気色悪いし、こういうのは早めに解決した方が良いだろ」
でも、その感情を正直に言うつもりにはなれなかった。
花崎は何でもウェルカムな脳天気人間というわけではない。多分だけどここの呪われているっていう噂も苦手っぽいし、今回みたいな不気味なことにも恐怖心を抱いている。そういうヤツに嫌味は言いたくなかった。
「松澤君ってさ」
「なんだよ」
「優しいよね」
そして、そういうことも言われ慣れていない。
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