第7話 どうして?


 花崎は「決まった……!」みたいな顔をしているけど、肝心の桜庭はポカンとしているぞ。苦笑いすらされないとは、残念だったな。


「――とまあ、こんな感じでやってます」

「スベってたな」

一々いちいち言わないでよ。私がダサいみたいじゃない」

「違うのか……?」


 花崎は首を横に振って全力で否定してみせる。そこまで必死になるということは、自分でもよく分かっているのであろう。ただここで変に時間を使うのは俺としてもやめておきたい。

 ポカンとしていた桜庭は、その沈黙気まずさを察知したのか、少し遅れて苦笑いをした。


「相談、ってことでいいんだよね?」


 これで「違う」って言われたらめっちゃ面白いけどね。俺の表情を察知した花崎の視線が痛いから、これ以上は何も考えないようにした。


「――はい。初恋を……叶えたくて」

「うんうん」


 花崎は嬉しそうにうなずく。ここからまたが始まるわけだ。さっきまでのすぐ帰られるというウキウキ感はすっかり消え失せてしまい、ただただ憂鬱な波が心を覆い尽くした。


「出ておこうか? 話しづらいだろうから」


 自然に席を立つ。桜庭がうなずけば、しれっと帰宅できるかもしれないし。花崎に悟られないよう無表情で言ったおかげか、彼女は何も言わずに桜庭に視線をやった。

 恥ずかしいと言ってくれ、頼む。男である俺に初恋の話を聞かれたくないとハッキリ言ってくれ。


「わ、私は平気です。むしろ聞いてもらった方が依頼も進めやすいかと……」


 なんでだよ! こんなところで変な優しさ見せるなよ。さっきまでモゴモゴしてたじゃないか。アレは俺を敬遠してるからだろ?

 はぁ。となれば、この場を立ち去る口実もなくなった。椅子に力なく落ちると、花崎が呆れたように口を開いた。


「どうせそのまま帰るつもりだったんでしょ? にして」


 ――しまった。顔に出ていたか。

 咄嗟に取り繕ったが、運悪く桜庭と目が合う。メガネの奥のその瞳は、どことなく悲しそうに見えた。


「ま、まさかぁ。そんなわけないだろ……?」

「そうだよねぇ」


 桜庭は相変わらず苦笑いしている。もう早く要件を言ってくれ……。もうなんでも良いから。

 花崎が促すと、彼女は少し考えて話し始めた。


「相手は……3年生の鶯谷うぐいすたに先輩なんです」


 先輩か。後輩ならまだしも、一個上の人に接するのはさすがに気を遣う。

 けれど、花崎は俺とは違った懸念を抱いていた。


「あの先輩かぁ……」


 難題にぶつかった時の弱々しい声だった。俺は正直、その鶯谷という人間がどういう人かは分からない。花崎がどういう意味で難しいと判断したのかは、二人の話を聞かないと分からなかった。


「やっぱり……難しいですよね」

「まあ、ライバルは多いよねぇ。サッカー部のエースでキャプテンだし、イケメンだし」


 なるほど、それはそれは。S級ダンジョンに挑むぐらいの覚悟と勇気が必要になるだろう。

 だが、桜庭はそういうタイプの男が好きだったのか。俺が言えた口ではないが、陽か陰で言えば彼女は明らかに陰の方。そんな太陽そのものみたいな男は眩しすぎるのではないか。


「そもそも接点はあるの?」


 花崎が問いかける。桜庭は目線を少し落として、自信なさげに答える。


「廊下ですれ違って会釈するぐらいには……」

「それ、ほぼないんじゃないか?」

「う、ま、まぁ……」


 俺が思わず指摘すると、バツが悪そうに頬を掻いている。ホームページにはハッキリと明記していたし、その辺は厳しくしないとらちが開かなくなる。『初対面の人に一目惚れした』とか『アイドルにガチ恋した』なんて人が来たら終わるぞ。


「まぁまぁ、落ち着いてアシスタント君」

「アシ――ってもういいよなんでも」

「うん、よろしい」


 花崎は俺とは違う思考らしい。思っているよりも表情に余裕があるし、何よりこの状況をようにすら見える。

 パイプ椅子にもたれた俺を横目に、彼女は桜庭の表情を観察している。その言葉に淀みがないか、見極めている。本当に怖いヤツだ。


「桜庭さん、先輩のことが本気で好きなんですよね?」

「は、はい。自分ではもう……どうしようもなくて」

「うん、分かった。依頼、お受けします」


 ため息をつきたかったけど、そんなことをすれば花崎の嫌味が飛んでくる。だから今の俺には、ただ安堵する桜庭を見つめることしかできなかった。


「知ってると思うけど、ここのことは絶対に秘密でお願いします。口外した場合は、依頼を打ち切ることもあるから」

「はい、


 ホームページを見てきたのだから、その辺はバッチリというわけか。見るからに真面目そうだし、約束を破ることはないだろう。

 桜庭の反応を見た花崎は、うんうんと頷いてみせた。カバンからノートを取り出して、使い古したボールペンを右手で回す。


「とりあえず、先輩のことを調査しないとだね。今の私たちはサッカー部のキャプテンでイケメンってことしか知らないし」


 確かにその通りである。田中の時と違い、ターゲットは幼馴染でもなんでもない。絶対に長期戦になるだろう。

 ――なんて思っていると、桜庭が「あのぉ……」と口を挟んできた。


「先輩の基本的なことなら、私知ってます」

「基本的なこと?」


 花崎が聞き返す。俺も気になったから、素直に耳を傾ける。


鶯谷康介うぐいすだにこうすけ先輩。5月15日生まれ。身長184センチ、体重73キロ。今は彼女なしだけど、これまで5人と付き合った経験あり。趣味は映画鑑賞で好きなタイプはギャップのある人。初体験の年齢は――」


 うわぁ……あちゃあ……。

 マシンガンのように言葉が止まらない。それを基本的な情報だと認識しているのなら、すでに随分と深いところまで知っているのではないか。

 というか、なんというか。


「き――」


 言いかけると、俺の頭に何かが当たった。床に落ちたソレを見ると、どうやら消しゴムが飛んできたらしい。投げたのは、他でもなく花崎である。

 ヤツの方を見ると、首を横に振っていた。それ以上言うな、と言っているように見えた。


「桜庭さん」

「は、はい?」

「あなたもこじらせてるねぇ」

「そ、そうですか……?」

「それはもう相当よ」


 彼女に気を遣った言い方であった。確かに、俺みたいに全否定してしまうと、発狂するんじゃないかって勢いだったし。

 指摘された彼女は、恥ずかしそうに俯いてしまった。それもそうだろう。良かれと思って伝えたのに、拗らせてるなんて言われたらそりゃあ恥ずかしい。


「とりあえず先輩のことは分かったから、これから作戦を考えます。今日のところは帰って大丈夫ですよ」

「わ、わかりました……」

「あと連絡先を交換しましょ。やり取り増えるだろうから」


 メッセージアプリの連絡先を交換する。当然のように俺もだ。スマホの中に入っている連絡先だけを見れば、俺も十分カースト上位に見えなくもない。まあどうでも良いけど。

 連絡先を交換した桜庭は、俺たちに小さく会釈して出て行った。同い年とは思えないぐらい遠慮がちで大人おとなしい。後輩と話している感覚だった。


「さて困ったね」

「お前が勝手に話進めるからだろ?」

「だってかわいそうじゃん。のせいで恋が叶わないのって」

「……別にそうは言ってないけどさ」


 あれだけの拗らせを見てしまったら、花崎のように助けたくなる感情が出るのも分からないではない。でもなあ……いくらなんでも相手にしてもらえないんじゃないか。話だけ聞くと、その鶯谷先輩はキラキラした女子と付き合う方が似合っている気がする。恋愛経験も豊富みたいだし。


「それにしても、あの子どうやって知ったんだろ」

「相談所のことか?」

「うん、そう。田中君辺りが噂話でも流したのかな」


 あれだけ脅されたのだから、こんなに早く尻尾を掴ませることはしないだろう。ここで変に隠す理由もないから、俺はさっきのことを素直に伝えることにした。


「いや、下駄箱で捕まった。合言葉のジュテームって」

「……え?」

「いやだから、ホームページ見たらしいぞ」


 昨日自分で言ってたくせに、なんで初めて聞くみたいな表情をするのだろうか。また俺をばかにする遊びでも企んでいるのだろう。だとしたら返り討ちにしてやる。

 それにしても、初恋相談所なんてワードを検索する人間がいるとは驚きでしかない。

 ……というか待てよ。一つの見落としていた疑問が頭をよぎる。ホームページには「S高」としか記載がないはずだ。それなのに、桜庭はウチの高校だと理解し、その中で「M」が陰の薄い俺だとどうやって知ったのか。

 ――そんなことを考えていた俺をよそに、花崎の表情が曇っていく。たぶん、俺も同じような顔をしていると思う。やがてゆっくりと口を開いた。


「ホームページ、まだ公開してないけど……」

「……え?」


 これも全部、呪いのせいだろうか。全身の血の気が引いていくのが、恐ろしいぐらいに分かった。


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