第2話 反省会


「最後に注意事項ね。この相談所のことをSNSに投稿するのは禁止します。鍵付きアカウントでもダメです。言いふらすこともやめてください。よろしいですか?」


 花崎の問いかけに、田中は大きめに頷いた。相談所としての価値を保つのなら利用者は多い方が良い。だが現時点で俺と彼女の二人体制だし、一斉に依頼をこなせるほど余裕もないのが本音だ。それは流石に花崎も分かっていた。


「もし破った場合は……?」


 田中が恐る恐る聞く。すると花崎はニヤリと口角を上げる。


「事実に関わらず、あなたを犯人とみなします。その際は大切な恋人に当所利用の事実をお伝えするので、絶対に守ってくださいね」

「は、はいもちろん。絶対言わないっす……」


 怖っ……。反社会的勢力ばりの脅しじゃないか。声のトーンも抑えてるし、この部室の雰囲気も相まって田中はすっかり萎縮してしまった。喜びの報告をしに来たのにね。

 だが、抑止の方法としては抜群に効果的だと思った。利用者全員の連帯責任。、これからどうなるのかも見ものだった。


「これでご依頼は全て完了しました。改めて、ありがとうございました」

「こちらこそ本当にありがとうございました。その……お二人は恩人です」

「いいえ。それでは、良い初恋ライフを」


 初恋ライフって……。取ってつけたようなフレーズだな。

 田中は最後まで後輩らしく、低姿勢で部室を出て行った。二人きりになったことで、一気に肩の力が抜けていく。


「お疲れ様。良いアシスタントぶりだったよ」

「うるせ。人を散々こき使いやがって」

「その割にはノリノリだったじゃない。ターゲットとデートしてる時なんて、ずっとニヤけてたでしょ」

「は、はぁ? そんなわけないだろ……」


 咄嗟に彼女から視線を逸らしてしまう。このままだと分が悪いから、違う話題を無意識に探してしまう。

 だが花崎のことをチラ見すると、机の上にノートと参考書を広げていた。思いのほか俺を追撃するつもりはないらしい。


「聞いても良いか?」


 この1カ月、コイツに振り回されてきた。それは紛れもない事実。素直というわけではないが、俺もソレに乗っかったのが問題だった。第一、俺はをやりたいわけではなかった。

 だが依頼を成功させた今なら、花崎もある程度は相手にしてくれる気がした。それでも誤魔化すなら、こっちだって食い下がるだけだ。


「内容によるかな」


 誤魔化す気満々の返答である。反射的にため息が出た。


「なんでなんだ?」


 花崎は落としていた視線を上げて、右手に持っていたペンをパタリと離す。

 視線が合うが、まるで俺の質問の意図を理解していないように見えた。


「普通に恋愛相談所じゃダメなのか?」


 一応追撃すると、花崎は目を伏せてクスっと笑った。


「質問の意味は分かってるよ。松澤君ってそういうところ気にするんだね」

「いや気になるだろ……」


 俺を感情のないロボットだと思っているのか。そもそも俺はで巻き込まれた人間なんだ。事情の一つぐらい話すのは筋ってものだろう。

 「でもそうか。そうだよね」なんて彼女は一人納得した様子でノートと参考書をパタリと閉じた。


「全ての恋愛は初恋から始まるの」

「そうだな」

「普通の恋愛とは違って、それは瑞々みずみずしくて甘酸っぱいの」

「まあ……否定しない」

「そのお手伝いをしたいって思っただけだよ」


 それが本当だとしたら、随分とお人好しである。

 別に花崎の言うことを否定するつもりはない。言っていることは世間的にもそうだと思う。だがそこまでして固執こしつする理由としては物足りない気がした。


「それでここまで? 正直割に合わないだろ」

「報酬の話? それなら別にいらないんだもん。私は勝手にやってるだけで」

「なら俺を巻き込まないでほしいんだけど」

「今日は随分と突っかかるね。何かあった?」

「1カ月耐え切ったから嫌味の一つや二つ言わせてくれよ」

「お褒めの言葉なら歓迎するんだけどな」


 悔しいが、花崎は頭の回転が速い。俺の言葉に対して即座に言い返してくる。だけど、それが正論かどうかは別問題である。要は屁理屈へりくつも多いというわけだ。


「確かに松澤君のことは使ったけど、お金は一銭も使わせてないじゃない。どうせ暇なんだし、それなら人のために動いた方が良いでしょ?」

「決めつけるなよ」

「違うの?」

「……あーもう別に違わないよ! そうだよ俺は暇だよ!」

「そんな怒らないでもいいのに」


 根本的に俺と花崎は生きてきた世界が違うと思う。彼女は変わり者で、俺は今まで人間。陰キャと呼ばれても何とも思わない。それで言うと、花崎は陽キャだ。


 今回の依頼が上手くいったのは、正直奇跡だと思っている。コイツの指示で色々動いたが、ターゲット自身が依頼人のことを心の底では好きでいた。花崎は『好きになるように仕向けた』なんて言っていたが、ハッキリ言えば俺たちの成果ではない。


「それなのに秘密主義を貫くんだな」


 彼女は頬杖をついたまま答える。


「初恋相談所、なんて堂々と宣言してみなよ。冷やかされるのがオチだって」

「そりゃあ……そうかもだけど」

「それは嫌だもん。普通の恋愛相談所とは違うんだから」

「でもこのままだと誰も来ないぞ。それこそただのになってしまう」

「それで良いの」


 何のにごりもなく、花崎は言い切った。俺の怪訝な表情を見て言葉を続けた。


「そもそも、高校生で初恋するとか、初恋を引きずっている人はそうそう居ないし。私は目の前で悩んでいる人に協力できれば、それで良い」

「……要は自己満足ってやつ?」

「言葉は悪いけど、まあそうかな。それに相談するなんて、よっぽど追い詰められているか手段が分からない人に決まってるじゃない」


 その言葉によどみはない。なんとなくではあるが『初恋を手伝ってあげたい』という理由よりはしっくりくる。花崎の賢いところは、初恋相談所という存在自体がおかしなモノであるという自覚があることだ。

 だけど、口コミとかを禁止にしてしまえば初恋相談所の知名度は広がらない。田中の依頼は花崎が偶然拾い上げただけに過ぎず、そうやって足で稼ぐのには限界があるだろう。


「なら辞めてもいいか?」


 俺としては、彼女の自己満足に付き合う義理はない。勝手に巻き込んだことを謝罪してほしいぐらいだ。だがまあ、そこは大目に見てやろう。


「ダメだよ。同好会の予算が減っちゃうもん」

「そんな金額もらってないだろ」

「ウチの学校ってOB・OGが熱心でさ、毎年結構な額の寄付金が部活とか同好会の予算に回されるんだよ。ホント何も知らないんだね」

「一言多いんだよいつも……」


 花崎は「ふふん」と鼻を鳴らす。完全に俺を揶揄ってやがる。一年生の頃は帰宅部だったし、知らないで当然と言えば当然だ。コイツだって俺と似たような境遇だと思うが、初恋相談所の設立を考えるぐらいだ。それなりに調べてはいたのだろう。


「ま、次の依頼が来るまで気ままに待とうよ。この1カ月は働かせてばかりだったし」

「本当だぞ。報酬のひとつぐらいほしい」

「……確かにそれもそうだね」


 花崎は依頼人からの報酬で満足するかもしれないが、俺は別に「一番大切なモノ」をもらっても嬉しくない。だったら違う何かを貰った方が良い。どうせ所属するのなら。


「じゃあ3回依頼をこなしたら、私がデートしてあげるよ」

「いらないな」


 あまりにも即答だったせいか、彼女は机に両手を突いて前のめりになる。


「はぁ!? これでも男子からの人気は高い方なんだけど」

「猫かぶってるからだろ。今の花崎を見ると結構幻滅されるんじゃないか?」

「ぐっ、それは否定できないけど……」


 自覚あるのかよ。迷惑極まりない。

 第一、3回ということはあと2回はタダ働きをしなきゃいけないわけだ。初恋相談所のことを言い広めるつもりもないのなら、依頼がいつ来るかも分からない。結局無報酬ということじゃないか。


「それじゃあ5回依頼をこなしたら、クラス一の美人あの子とデートできるように取り付けるよ」

「依頼数増えてるじゃねえか」

「そりゃ、あの子とのデートはA級報酬だもん」

「そもそもなんで報酬がデートなんだよ。別にしたいわけじゃないんだけど」


 どのみち、コイツは俺に報酬を与えるつもりはないらしい。これなら大人しくバイトでもした方がマシだ。


「どこ行くの?」


 俺が立ち上がってカバンを肩にかけると、花崎が不思議そうに問いかけてきた。


「報告も終わったし帰るんだよ」

「え、どうして?」

「いや……だって依頼人なんて来ないだろ? 知名度ないし」

「来るかもしれないじゃない」

「さっきの会話でどうしてそう思うんだよ」


 ここでダラダラ時間を使う必要も無い。それは花崎だって同じはずだが、彼女の言葉のニュアンス的にまだ帰りたくないらしい。それか……一人でここに居るのが怖いからか。


「あっ!」

「えっ――っておい」


 花崎が入り口の方を見て声を上げた。その姿があまりにも自然だったから、つい視線が動く。やがて俺の視界に入ってきたのは、俺と同じようにカバンを肩に掛けた彼女の姿だった。


「鍵、職員室に返しておいてね」


 これからこうやって振り回されていくのだろう。この呪われた部室で。

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