第31話 罪③

「俺は……莉紗のことを莉愛だと思ったことは一度もない」


「……知ってる。だって、私のことを莉愛って全然呼ばなかったよね」


「莉紗は俺にとって10年以上付き合いのある幼馴染だ。いくら話し方や姿が似ているからといって別人になんかなれるわけないだろ」


「…………そうだね……」


「それに俺は……怖かったんだ。だってお前のことを莉愛って呼んだら……莉愛との思い出が上塗りされる気がして……」


 俺にとって莉愛は1人しかいない。その名前を呼んでしまうと自分が莉紗を莉愛と認めたみたいで嫌だったのだ。


「というかさ……お前……全部わかった上でやったよな?」


「っ……!!」


 莉紗の身体が一瞬ビクッと反応する。


「…………うん。本当に……ごめんなさい」


 言葉と共に莉紗はほぼ土下座のように頭を下げる。


「こんなことをしても……何も戻らないけど……」


「ひでぇな……。本当に……」


「……………………」


「え……?何が……?」


 当然葛城にわかるはずがない。


「色々だよ。俺が莉愛を忘れないこと、莉紗を莉愛としては見ないこと……そして、信賀学園に進学することを願書締切りギリギリで俺に知らせたり、第一志望の南良学園へ合格したのに莉愛の姿をして信賀学園に通うって言ってきたりしたことだ」


 莉愛が俺に進学先を伝えてきたのは信賀学園の願書締切りのギリギリだった。俺はてっきり進学しないばかりだと思っていたため相当慌てた。俺は南良学園を第一志望にしており、すべり止めでも信賀学園を受けるつもりはなかった。莉紗が前向きになったことは嬉しかったが、1人で大丈夫なのかという不安が一気に俺に襲い掛かった。俺に考えている時間はなかった。急いで親を説得し、ひとまず願書を出すしか時間を作る方法がなかった。

 俺は南良学園、信賀学園両方合格するも正直信賀学園にいくメリットはほぼなかった。私立のため学費は高い、交野を含む知り合いはいない、通学しにくい場所にあるなどはるかにデメリットの方が多かった。普通に考えて南良学園を選ぶ。交野はもちろん俺自身もそう考えていた。莉紗が莉愛として信賀学園に通うと言われるまでは。


「それって……」


 葛城は莉紗を見る。莉紗の表情は暗い。


「答えて欲しい。あれは全部わざとあのタイミングで言ったのかを」


「…………うん。わざと……言った」


「ふうーーーーーー……」


 大きいため息が出る。俺はそうなのかもしれないと思いつつあのタイミングの良さは偶然であって欲しいという願いがあったのだ。


「どうして……」


「…………1人だと……やっていける自信がなかったから……。そして……いつか私の方を向いてくれるんじゃないかっていう甘い考えがあったから……」


「……自分勝手すぎるっ……!!」


 思わず俺は声を荒げてしまう。


「お前は……そんな自分勝手な考えのために……俺の進路を変えさせたのかよっ!!おまけに自分を莉愛として扱って欲しいっていう無茶も言って……」


「……うん。当時、私は吉野 莉紗って存在を許せなかった。幸一君と楽しく学園生活を送るのは莉愛じゃないとダメだと思ってたんだ……」


  確かに莉紗には大きな非がある。しかし、その道を選んだのは俺だ。莉紗に責任を押し付けるのが責任転嫁だとわかっていても俺は言葉を止められなかった。


「俺は……前に進もうとしてたっ……。莉愛のことを忘れるなんてできないのは間違いないけど……それでも前にっ……。何でお前は俺を過去に戻すんだよっ……!!亡くなった好きな人のように接しろって、どんな拷問なんだよっ……。思いついても……しねえだろっ……!!」


 俺の信賀学園での毎日特に通い始めた当初は毎日が地獄だった。毎日莉愛と全く同じ姿をした莉紗を見なければいけないし、見るだけでなく莉愛として接しなければいけないのが地獄だった。あの日、遅刻した俺の罪を毎日まじまじと見せつけられるような気分になる。そして、莉愛が生きていたらこうやって一緒に通えたのだろうかということが常の頭の中によぎるのだ。

 バスケットボール部に入ることも少し考えたがそれだけの余裕はなかった。毎日疲弊し、休日は寝て過ごす。そんな花の高校生らしくない過ごし方だった。


「俺だって……覚悟してるところはあったよ……。でも……実際に過ごしてみると想像の何倍も辛かった」


 毎日のように吐き気は襲ってきたし、夜も寝れないことが多かった。


「でもさ……すげえよな……。そんな辛い毎日でも慣れてくるんだから」


 きっと俺はおかしくなってしまっただろう。それを感じたのは信賀学園に入学して3カ月が過ぎた頃だったと思う。あれほど辛かった毎日を俺は受け入れられるようになったのだ。俺は毎日を生駒 幸一という主人公を操って動いているゲームの主人公のように思って生活をするようになっていたのだ。


「俺さ……壊れちゃったのかな……。幼馴染の莉紗なら……わかるよな……?」


 俺は口角をあげて笑みを浮かべていた。


「………………」


「なあ……お前は俺が莉愛として接して満足したのか?してるよな?そうでなきゃ……俺は……」


 もう言葉を止められない。自分がどれだけひどいことを言っているのかという自覚はあるが感情が先に動き、自分でも止められない。


「………………」


「答えてくれよっ……!!」


「…………最初のうちは……嬉しかった。ずっと幸一君が一緒にいてくれて……。でも、途中から……辛くなった……。ボロボロになっていく幸一を見て……。でも、もう止められなかった。一度、莉愛として生活を送ってしまったら……もう戻れなかった……」


 そうだ。俺達の選んだ道の果てには地獄しか待っていなかった。しかし、それでもわかって俺達はその道を選んだ。きっとこれは莉愛を殺してしまった罰なのだと。受け入れるしかなかった。


「今更……失えなかった。莉愛として築いたクラスでの位置。莉愛として作った友達。莉愛として作った時間。そして、幸一君……。だって、ここで止めたら……幸一君は失っただけになってしまうから……」


 莉紗の目から涙が零れる。


「自分が幸一君に支えてもらった時間が増えていくことに私は自分のやってしまったことの罪の重さを……理解したの……。私のせいで……幸一はバスケを止め……高校を変えさせ……友達まで失わさせた……。高校生という時間は……人生の中で一回しかないのに……。私のわがままで……。もう……戻れなかった……。戻っても……幸一君に失わせたものを……取り戻させることは……できないから……。だから……幸一君に少しでも楽しい生活を送ってもらえるように……するしかなかったの……」


「……………………ははっ……」


 おかしくもないのに乾いた笑いが出てしまう。


「……なんだそれ……。やっぱり……俺達……最初から詰んでいたんだな……」


 やはり俺達は同じ学校に通うべきではなかったのかもしれない。確かに莉紗の心を一旦立ち直らせることには成功したかもしれないが、もう一度心を壊してしまっている。


「だから……ここからやり直そうよ。取り戻そうよ」


「やり直す……?今更どうやって……」


「今更莉紗として学園に通うことは不可能だし、時間を戻すことはできない。でも……私達ができなかったこととかは……まだできるチャンスはあるよ」


「…………そう……だな……」


 俺と莉紗の関係は確実に前進した。お互いに本音を言い合い、昔に近い関係になった。俺達の高校生としての時間はまだ半分しか終わっていないのだ。ここからでも十分に取り戻せる可能性はある。

 正直、俺の人生を狂わせた莉紗が言うのはおかしいとは思う。しかし、莉紗がこれまで苦しんでいることを知ってしまった以上俺は追及できなかった。


「そうしていこう……か……」


「……うん」


 俺と莉紗は微笑み合う。


「最初にしないとことは……私の気持ちの整理……かな……」


「え……」


「ずっと……言えなかった気持ちを言います」


「今?」


「……うん。今、言わないと……ダメだから」


 莉愛は正座をして、俺の目を見る。


「生駒 幸一君。私はあなたのことが好きです。愛しています。ずっと昔から……好きでした」


「……………」


「私は莉愛という偽名を使ってあなたの恋人として振舞ってきました。私は多くの人に嘘をついてきました。でも、あなたを愛しているという気持ちに嘘はありません。これからもきっと。こんなこと……私が言うなんておこがましいにもほどがあるけど……私はあなたの恋人になりたい。偽物の恋人ではなく、本当の恋人に。少なくともあと1年半は偽名でいなければいけません。それでも……」


 莉愛の目はこの先に答えを知っているかのように思えた。


「……偽名でも……愛してくれますか?」

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