第30話 罪②

「ぁ……あ……」


 身体中の力が抜け、俺は膝から崩れ落ちる。俺は目を伏せる。


「本当に……ごめんなさい。今まで幸一君にめちゃくちゃ迷惑かけちゃって」


「俺はっ……迷惑なんて思ってないっ……。だってっ……莉愛が死んだのは俺のせいだからっ……」


「莉愛が死んだのは幸一君のせいじゃないよ。私のせい。莉愛との待ち合わせ場所に向かう幸一君を遅れさせたのは私だから」


「そんなことないっ!!俺が電車に乗る時間が迫っているのに気付かなかったからだ」


「…………私ね。知ってたよ。電車の時間が迫っていたの。そもそもあの日のことは全部私が仕組んだようなものなの」


「え……」


「事故の日、幸一君は莉愛にプレゼントを贈るためにショッピングモールの雑貨屋に1人でいたよね」


「あ、ああ……。付き合って一年半になるからプレゼントを贈ろうと思ってたんだ」


「確か事故の3日前だったかな……。私に相談したよね?莉愛が好きそうなものがありそうなお店を教えてくれって」


「……したな……」


 俺は莉愛が喜んでくれそうな物を贈れる自信がなかったため莉紗に相談した。莉紗は近くの雑貨屋を教えてくれて、俺は迷うことなくそこに向かったのだ。


「偶然私が雑貨屋に来て出会ったようにしてたけど、実は先に来て待ち伏せしてたんだ」


「そうだったのか……。全然わからなかった……」


「一緒に選びたかったの」


「それならそうと言ってくれれば……」


「言えるわけないよ。だって不純な理由だもん。幸一君とデートをしたかったっていう最悪な理由だから」


「…………」


「すごく楽しかったんだ……。まるで私が幸一君の彼女みたいで。店員さんも私達をカップルだと思ってたし。それで買い物が終わった後に私の買い物に付き合わせたよね?一緒にプレゼント選んだっていう事実があれば、幸一君はきっと私に付き合ってくれるって言う確信があったから」


 確かに莉紗にしてはその時の誘い方は強引だなと感じた記憶はあった。


「少しでも一緒にいたくて……。電車の時間が迫っていることを気づいていながら言わなかった。わざとなの。だから……莉愛が死んだ原因を作ったのは……私なの」


「違う。俺がもっと時間に気を付けていれば、電車に遅れることはなかったはずなんだ。だからっ……」


「はいはい。そこまで」


 ここまで黙って静観していた葛城が俺と莉紗の会話を止める。


「もう終わったことの話するのはやめようよ。別にそれで白黒つくようならいいけど、2人とも絶対に自分が悪いって認めないだろうから話は無駄だよ。堂々巡りするだけ」


「それは……」


「……その通りだね」


 葛城の言っていることは正しい。俺は絶対にこの件に関しては折れるつもりはない。きっと莉紗もそうだ。


「2人とも悪くないよ。だから、自分を責めないで」


 葛城は俺達を優しく抱きしめる。


「不幸な事故だと片付けることはとてもできないだろうけど、2人が自分のせいだって思うことを吉野 莉愛は望んでない。吉野 莉愛が望んでいるのは2人が前に進むこと。そうでしょ」


「……ぅ……」


「…………」


 俺と莉紗が欲しかったのはこの言葉だった。しかし、それらは俺達は受け取ってはいけない、許されない言葉だと思っていたのだ。


「2人が責任を感じる必要はないよ。悪いのは事故を起こした男性でしょ。私達はやり直しはできない。起こったことを受け入れて前に進むしかないんだよ。ね?」


「うぁぁっ……ぁあぁぁぁぁ……」


 莉紗は堪えきれなくなって大声で泣き出す。


「………ぅぅぅっ……」


 俺も涙を堪えきれなかった。


「今は……思いっきり泣きなよ……」


 葛城も泣いていた。俺達は子供のように泣いた。俺はようやく莉愛の死を本当の意味で受け入れられた気がした。



 どれくらいの時間泣いていたのだろうか。窓からは夕日が差し始めていた。


「……悪いな……。情けない姿……見せちゃって」


「今まで泣けてなかったんでしょ」


「……まあな……」


「その分泣いたらいいよ」


「……もう……大丈夫。自分でも驚くほど……心が軽くなった」


 我ながらチョロいと思う。たったあれだけの言葉で2年の苦しみから解放されてしまうのだから。


「…………私も」


 それは莉紗も同じだったようだ。


「私、誰かに自分のせいじゃないって言って欲しかったんだと思う」


「きっとみんなそう思ってる。けど、2人にそれを言うのは逆効果になってしまいそな気がして誰も言えなかったんだと思う。もう一度言うよ。2人は悪くない。あの事故は不幸が重なって起きたものだ」


「……ありがとう」


「さて……まずはスタートラインに立てたね」


「どういうことだ?」


「2人とも今まで溜めてきた思いとかあるでしょ。全部吐き出そうよ」


「え……?結構スッキリしてるんだけど……。なあ?」


「…………うん」


「それって事故の少し前後のことでしょ。信賀学園に進学して……色々思うところあるでしょ?本音を言ってしまいなよ。特に生駒君は」


「それは…………」


 葛城は莉紗が莉愛として学園に通っていたことを知った。ということは俺がどういう思いを抱えてきたかある程度予想がついている気がした。


(俺が……これまで抱えてきたこと……)


 莉紗に協力することが簡単なはずがなかった。名前を間違えないようにすることなどのヘマをしないように常に神経を尖らせておく必要があった。学園で気の休まることはほとんどなかった。そういう面以上に簡単ではなかったのが俺の精神面だ。莉紗を莉愛として見たことなんてこれまでなかったし、見たくもなかった。


「でも……やるって決めたのは俺だから」


 これらは全て覚悟の上だった。それがあの日、遅刻して莉愛を死なせてしまった俺にできる唯一の償いだと思った。


「言って欲しい。幸一君が思ってきたこと。本音を」


 莉紗だって俺がどういう感情でこの一年半を過ごして来たの予想はついているはずだ。普通に考えて良いことを思われているなどとは思えない。


(……そうか……。お前は……全部受け止めるつもりなんだな……)


 であれば俺も莉紗の覚悟に応えなければいけないだろう。


「きっと、こういうのって一気に膿を出してしまわないとダメだよ。ここで溜めちゃうと一生言えないよ」


「…………」


「生駒君は本音を言って相手を傷つけることが悪いことだと思ってるでしょ?」


「…………ああ」


 莉紗の覚悟をわかったつもりではあったが、それでも俺は躊躇する。なにせ俺の本音は莉紗の否定と同義なのだから。


「本音で話して傷つくってとても大切なことだよ。人は傷ついて傷つけて前に進む生き物だから。それに莉紗は傷つくことを恐れてない。そうでしょ?」


「……うん。私はあの事故の後、何よりも自分が傷つくことを恐れてた。だから莉愛が生きているって無理やり思いこんで……現実逃避してた。でも、もう大丈夫。私は……これまで生駒君を傷つけたから。みんなを騙したから。罰を受けないといけない」


「俺だって……同罪だ。みんなを騙してた」


「……騙していた私と協力者でしかない幸一君じゃ罪の重さが違うよ」


 事情がどうであれ俺達が同級生を騙し、学園に迷惑をかけたことは事実だ。その分の報いを受けるのは当然だ。


「……来て」


「…………ああ」


 俺と莉紗は正座で向き合う。きっと俺はこれから莉紗をボロボロに傷つける。正直、今だ迷いはある。しかし、ここを逃すと一生言えない気がするのだ。俺が前に進むのには必要な気がするのだ。


「俺は……」


 だから、俺は前に進むことを決めた。

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