第22話 特別な時間③
「一曲目は登場していきなり演奏しよう」
「それって挨拶とかもしないってことか?」
「うん。音楽で自己紹介した方がバンドらしいじゃん」
「まあ……それはそうだな……。で、曲はどうするんだ?」
「『ホワイトウィーク』がいいと思ってる」
「いいね!私、すごく好き」
「俺もいいと思う」
全員が賛成した。『ホワイトウィーク』は最近流行っている曲だ。深夜アニメのOPではあるが、超人気漫画が原作な上に人気歌手が歌うということもあり、日本中で流行っている曲だ。この曲は2人ギターがいることが特徴だ。もし原曲通りギターを弾くことができれば盛り上がることは間違いないだろう。
◇
(いくぞっ!!)
音源が流れ始めると俺と葛城は一瞬視線を合わせ、ギターを弾き始める。
(よしっ……!!)
緊張で手が動かないんじゃないかという不安はあったが、手はしっかりと動いた。
(身体が覚えてる……。いけるっ……!!)
これまでの猛特訓が身を結んだことを実感した。身体が覚えているため、曲が流れると自然と指が動くのだ。
(あとは……)
俺と葛城の視線が莉愛に集中する。
「白い雪の結晶、銀の風に乗りー」
莉愛はリハーサルのように口が動かないということはなかった。いつもよりもノっていると感じるのは身内の贔屓だろうか。
(よしっ、完璧っ)
心の中で俺は大きなガッツポーズをする。俺の口元は緩む。まだ曲が始まってから1分も経っていないし、自分のソロパートも終えていない。しかし、全てが上手くいくことを俺は確信した。
(……お前も同じこと考えてるみたいだなっ!!)
ちらりと葛城を見ると俺と同じように笑みを浮かべていた。なぜが俺は葛城の考えがわかった。きっと葛城も同じだ。そして、曲は進み最後のギターのソロパートに突入する。
(いよいよだな……)
これまで何度も失敗をしてきたソロパートはこの曲の山場であり、見せ場だ。ここで俺がミスれば、この後に葛城のパートに繋げなくなる。歌い終わった莉愛が少し不安そうな顔をしているのが見えた。
(そんな不安そうな顔すんなって。今の俺なら、ミスるわけねぇだろっ……!!)
根拠はなかった。しかし、俺はミスる気がしなかった。
「っしゃ!!」
ノーミスでソロパートを弾き切った俺は思わず、口に出してしまった。
「ふふっ」
葛城は俺の行動を笑いながらも自分のソロパートをノーミスで弾き切る。流石としか言いようがなかった。
「あっ…………」
曲が終わり、俺は自分たちの置かれている状況に気づく。
「すっげーー!!」
「プロみてーじゃん」
「ヤバすぎっ!!」
割れんばかりの拍手と共に俺達を称賛する声が聞こえる。
「ははっ……」
この感情は何だろうか。達成感と嬉しさと満足感がごちゃごちゃに混ざり合った感覚だった。
「や、やった……」
「へへっ……」
莉愛も葛城も俺と同じような感覚を抱いているのだろう。
「葛城、出番だぞ」
「……あっ、いけないっ……」
俺の声を聞き、慌てて葛城はマイクを手にする。
「皆さん、こんにちはー。『鬼灯』ですっ!!」
葛城は今回の進行を担当することになっていた。
「先程演奏した曲の『ホワイトウィーク』は楽しんでいただけたでしょうかーー?」
「最高だったー」
「すごくよかったぞー!!」
葛城の声に嬉しい言葉が返ってくる。
「ありがとうございます。次の曲の前に私達『鬼灯』のメンバーの紹介をさせていただきます。まずは私。今回のバンドの発起人にしてギターの葛城 愛依です。転校してきて1カ月くらいしか経ってないので知らない人も多いでしょうが、以後お見知りおきをお願いしまーす」
大きな拍手が体育館に響く。
「実はこういうステージで演奏するのは全員初めてなんです。もし、失敗したら温かい目で見てくださいねー。さて、もう1人のギターを紹介します」
俺にスポットライトが当たる。
「ギター兼私達の監督の生駒 幸一君でーす」
葛城の紹介の後にギターを軽く流す。
(監督って……)
事前の打ち合わせではなかった監督という言葉に俺は苦笑する。
「ご存じの方もいるでしょうが、私達3日前にリハーサルでやらかしました。その後に私と莉愛は生駒君にけちょんけちょんに怒られましたー。彼は失敗して凹んでいる私達に追い打ちをかける鬼畜監督でーす」
「サイテー」
「リハーサルに出なかった奴が何偉そうなこと言ってんだー」
葛城の紹介に俺を非難する声が飛ぶ。自分でももう少し言い方があったとは思っているので反論などできない。
「でも、彼の激励があったからこそ今日の私達があります。一度空中分解寸前になった私達がもう一度1つになれたのは生駒君のおかげなのでそこまで責めないで上げないでくださいねー」
本来自己紹介はサラッとするというのが事前に打ち合わせだった。しかし、葛城はアドリブをだいぶ入れてきている。莉愛を見ると莉愛も笑っていた。
「鬼監督の生駒君には可愛い彼女がいまーす。それはボーカルの吉野 莉愛ちゃんでーす」
続いて莉愛にスポットライトが当たる。莉愛は頭を深く下げる。
「羨ましいぞー」
「鬼監督にはもったいないぜー」
きっと俺のあだ名は明日から鬼監督だろう。そんな確信があった。
「莉愛はリハーサルでは全く声が出なかったので今日はどうなるかと内心ヒヤヒヤしてましたが、上手くいってホッとしてます。きっと鬼監督とのラブラブパワーで何とかしたんでしょうねー。羨ましい限りでーす」
葛城はわざとらしく舌を出す。そして会場からは笑いが起こる。アドリブでこれだけ盛り上がられたら大したものだ。
「じゃあ、次の曲にいきたいと思いまーす。この歌は最近の曲じゃないけど、みんな知ってるんじゃないかな?ミュージックスタートっ!!」
体育館が少し暗くなり曲が流れ始める。
「あっ、『恋華』だー」
「しっぶーい」
「いやいや、名曲だろー」
流れる『恋華』に観客の様々な感想が聞こえたが概ね好評に聞こえた。
(良かった。ブーイングとか起こらなくて……)
俺は『恋華』が受け入れられたことにホッと胸を撫でおろす。
(……きっと昔これを弾いていた時よりも俺は技術的には格段に上手くなってる。それは間違いないんだけど……)
たどたどしい手つきで莉愛の前で『恋華』を弾いていた時のことを思い出す。誤魔化している部分も多かったし、原曲のペースよりもだいぶ遅い速度で弾いていた。
(今弾いてる場所は観客がたくさんいるステージで、あの時弾いていたのは俺か莉愛の部屋だった。特別なのはどう考えても今のはずなのに……)
弾いている場所もこじんまりとした部屋ではなく、広い体育館のステージだ。そして学園祭の表彰式前というどう考えて一度かしかない特別な時間のはずだ。しかし、なぜだろうか。
(やっぱり……あの時の方が上手く弾けてるように感じるんだよなぁ……)
今と俺以外の人にあの頃の俺と今の俺の『恋華』を聞かせたら全員が今の俺と答えるだろうという確信がある。しかし、弾いている俺はあの頃の方が上手かった気しかしないのだ。
(今思うとあの頃は何もかも特別だった。ただの帰り道も夜に電話するのも……。そして、あの時のギターも……)
でも、もうそれを比べることはできない。なにせそれを比べられる人は俺以外にいないのだから。
「…………ぁ……」
ふと目から涙が零れる。
(……ダメだ……。今、感傷的になったら……。今はステージを成功させることだけを考えるんだ……)
ゆっくりと流れる涙と額からこぼれる汗が重なった。
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