第21話 特別な時間②
「おっ、来た来た」
「遅い」
体育館の控室に到着すると三峰と高見が待っていた。三峰は怒っていた。葛城は音源を渡し、段取りの最終確認のために一時的に別れている。
「遅くはないだろ。まだ20分あるんだし」
「それはそうだけど……」
「三峰さ、ずっとソワソワしてたんだぞ。お前らが来ないんじゃないかって」
「もー優希は心配性だなぁ……」
莉愛が少し茶化したように話す。
「あったり前でしょ。リハーサルのあんな2人の姿を見せられたら」
「ゴメンね。心配かけて」
三峰は俺達のことを本気で心配してくれていたようだ。どれだけリハーサルではやらかしたのか少しその様子を見たいと思ってしまう。
「莉愛、大丈夫なの?」
「大丈夫」
莉愛ははっきりと言い切った。
「………………」
あまりにはっきりと言ったからか三峰は驚いていた。
「……ね。どんな魔法をかけたのよ?」
「ん?」
三峰は俺に聞いてくる。
「魔法なんかかけられるわけないだろ」
「知っとるわ」
「ただ練習しただけだよ」
「……それだけで上手くいくもんかね……」
「リハーサルと違うところがもう1つあるよ」
「違うところ?」
「幸一君がいるところ」
「はい。バカップル乙」
高見が吐き捨てるように俺達を貶す。
「バカップルじゃねえよ。バカバンドだ」
「バカは認めるのかよ」
「うん。私達はバカバンドだね」
「ええ……莉愛、あんたどうしちゃったの?いつもの3倍はテンション高くない?」
「昨日から寝てないからな」
「それは馬鹿すぎる……」
「同意……」
俺達の行動に三峰と高見は呆れていた。
「お待たせー」
葛城が俺達の元に戻ってくる。
「お疲れ」
「ステージまであとどれくらい?」
「えっと……15分くらい?」
俺は腕時計を見て答える。
「うん。それくらい」
学園祭実行委員である三峰が答える。
「ステージは特にトラブルなく進んでいるみたいだな」
「ここまではね……」
「それって私達が失敗するって思ってるってこと?」
「毎年、有志のステージは一番の山場だからね。毎年何かしらトラブルが発生してる。去年は群を抜いて酷かったけど。今年もその再来の可能性はあるからね」
「その心配はないよ。だって、私達のステージは最高に盛り上がるから」
「すげぇ自信……。リハーサルでやらかした人と同じ人は思えん」
「この自信が空回りしないことを祈るよ」
「おっ、前のクラス終わったか」
控室にも大きな拍手が聞こえてくる。そして、ステージから人が降りてくる。皆がやり切ったという顔をしていた。
「なあ、もうステージの裏に行っていいか?」
「えっ、早い分には問題ないけど……」
これから10分休憩のあとに俺達のステージが始まることになっていた。
「じゃあ、行こうぜ」
「いいね」
「どれだけ人集まってるだろ?」
俺達はステージの裏に歩き出した。
◇
「あの3人全く緊張してねえな」
高見はステージ裏に向かった3人の背中を見ながらつぶやく。
「……うん。信じられないし、意味わかんない。莉愛ってこういう人前に出るのとか緊張するタイプだったのに……」
「俺もその記憶があった。授業の発表でも緊張してること多いもんな」
「そうそう。でも、今日は微塵もなかったよ」
「確かになかった」
「リハーサルであんな泣きそうな顔してたのにね……」
「3日あれば人は変われるもんなんだなぁ……」
「そう変われるもんじゃないでしょ」
「でも、確実に3日前とは別人だぜ」
「……うん。だから、生駒に魔法をかけたのかって聞いたんだけど……」
「あいつ、マジで魔法使いだな」
「……かもね」
「それにすごく楽しそうだったな」
「……うん。早くステージに上がりたいって感じ」
「ああ」
「葛城さんの馴染み方すごくない?」
「それはわかる。まるでずっと幼馴染でしたみたいな顔してたもんな。そして2人ともさもそうであるかのようだったし」
「少し……嫉妬しちゃうな」
「は?誰に?」
「んっ……!!……葛城さんっ……」
「お前もあの2人の幼馴染になりたいってこと?」
「違うって。莉愛と生駒の仲って不可侵領域みたいなところあったじゃん?」
「そうだな……。幼馴染で恋人だもんな。というかあの2人の仲に入ろうって奴がいなかっただろ」
「そうだね。でも、葛城さんはその不可侵領域に入ってる」
「それは間違いないな」
「1年以上友達の私よりも仲良くなっちゃうのは少し……普通に妬いちゃうな」
「まあ、相性とか色々あるだろ。それでも1カ月であの仲はすごいけど」
「ねえ、高見」
「何だよ」
「男女の友情って成立すると思う?」
「また難しい質問を……。というか何で急に?」
「別にいいでしょ。そんなこと」
「どっちを答えても俺が責められそうだなぁ……」
「別に責めないって。単純に疑問に思っただけ」
「……俺は成立すると思うな。恋愛感情だけが感情の全てじゃないし」
「…………そうなんだ」
「お前は違うのか?」
「……うん。私は男女の友情は成立しないと思う」
「そうか?あの3人がその例にならないのか?」
「私には……そうは思えない」
「何でさ?」
「今は学園祭っていう特別な時間で、3人がステージ成功っていう同じ目標を見てるから、男女の友情が成立してるように見えるだけに感じるんだよね……」
「…………じゃあ、学園祭が終わったら生駒を奪い合う泥沼恋愛戦争が始まるってわけ?」
「そこまでは言ってないけど……」
「もうそうなら羨ましすぎるっ。あんな美少女2人に奪われあいをされるなんて……。でも、恋愛ゲームじゃないんだから……そんなこと起こらないだろ」
「…………」
「仮に生駒と莉愛ちゃんが付き合ってなかったり、付き合ってても上手くいってなかったら、お前の妄想はありえたかもしれないぜ。でも、あの2人はどっちでもないだろ?」
「……そうだね。ゴメン。変なこと言って」
「ホントらしくない」
「……かもね」
◇
「うわー、いっぱいだ」
「体育館にぎっしりだね」
ステージ裏から覗くと体育館を埋め尽くす勢いで観客が集まっていた。
「全生徒来てるんじゃない?」
「かもな。この後に表彰式あるし。2人とも大丈夫か?」
俺は莉愛と葛城の様子を伺う。リハーサルで大失敗した2人だ。トラウマが蘇ってもおかしくない。
「大丈夫だよ」
「私も」
2人とも迷いなく即答した。リハーサルから3日経ってはいるが、別に俺達はその3日間でプレッシャーに打ち勝てる方法を練習したわけではない。ただひたすら練習しただけだ。リハーサルの再来になってもおかしくはない。
「幸一君の方こそ大丈夫?ステージ初めてでしょ?」
「わかんねぇ。もうここまできたらなるようにしかならん」
「そりゃそうだ」
不安があるかないかでいえばもちろんあった。体調は万全とは言えないし、ギターだってミスったらどうしようとも思う。しかし、俺達はもうここまで来てしまった。もう戻れないのだ。
「生駒くん、莉愛、2人なら大丈夫。私が保証する。だってこれまであんなに練習してきたんだもん」
「うんっ!!」
「…………ああ」
きっと2人にだって不安はあるだろう。ただ徹夜テンションで無理やり押し通しているだけかもしれない。
「とにかく今までやってきたことを出し切ろうぜ。失敗するにしても全てを出し切ってやり切ったってなろうぜ」
「だね。後悔はしないようにしよ」
「もちろん。楽しもうねっ!!」
「そうだっ。円陣組も」
「いいね」
「私、一度円陣組んでみたかったんだ」
俺達は円陣を組む。
「ほら、葛城。お前が声をかけろよ」
「そうだよ。葛城が始めたバンドなんだし」
「えっと……『鬼灯』。ファイトー!!」
「「オー!!」」
ステージにも聞こえてしまうような大声で俺達は声を出した。
「では、ステージお願いします」
実行委員が俺達に声をかける。さあ、いよいよ本番だ。
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