第18話 恐怖②
「「………………」」
何もできなかったリハーサルの後、私と吉野さんは逃げるように学園から私の家に移動した。移動中は当然のようにほぼ無言であり、2人きりになった今でも会話はほぼない。
(……これなら生駒君がいないことを理由にリハーサルやらなきゃよかったな……)
リハーサルは本番を盤石のものにするためのものだ。しかし、今日のリハーサルでは不安を大きくしただけだった。
(吉野さん……大丈夫かな……?)
私はちらりとソファーの上で三角座りをしている吉野さんを眺める。ステージでもわかったが彼女が感じた不安はかなり大きいものだろう。
(練習をする気にも……なれないよね……)
私たちは地下の練習室ではなく1階のリビングにいる。練習をするわけでもなく、本番について話すわけでもなく、ただ黙っているだけだった。
(…………これは本当に1人でやることも考えないといけない……のかな……)
生駒君は本番は絶対にステージに上がるとはいったが、何の根拠もないことだ。結局体調が良くならず、ステージに上がれないという可能性も十分にある。そして、そうなった場合、吉野さんに2人でやろうとはもう言えなかった。
(1人でできる……?)
当日は今日の比にならない数の人が体育館に集まっているだろう。そして、期待も集まっているだろう。
(…………怖い……失敗するのが……)
手が震えた。今日リハーサルで何もできなかった私達を見た人たちの視線を思い出す。期待していたのに落とされた感じの目、ガッカリというため息。それらは凶器となり私達に刺さった。
(私が甘かったんだっ……。全部っ……)
これまでのバンド経験と動画配信で3年以上やってきた経験から人前で演奏したことがなくても何とかなると思っていた。しかし、それは私のおごりだった。私はまだまだ初心者だった。
生駒君を勧誘する時に下手でもいいと言った。下手でも私達が楽しめればそれでいいと思っていた。しかし、ステージである以上観客もいる。自分たちだけの世界になどならないのだ。
(……仮に生駒君が戻って来れても……もう私達は……)
生駒君の存在だけでもうひっくり返せないほど私たちの状況は悪い。生駒君も私達と同様でステージで演奏したことが無い。彼がいても失敗する未来しか見えなかった。
「葛城さん……」
「えっ……」
吉野さんが不意に私達に話しかけてくる。
「ど、どうしたの……?」
「今日……帰っていい?練習できる気がしないの……」
「…………うん」
私が頷くと吉野さんは力なく立ち上がる。とても練習しようとは言えなかった。
「…………じゃあ……また明日」
「また……明日……」
「…………うん」
吉野さんはリビングのドアに手をかけたタイミングで私は彼女を呼び止める。
「ねえ……」
私のか細い声に反応し、吉野さんの手が止まる。
「私達っ……できるよ……ねっ……?本番は……?」
この場で聞くことではないとわかっていながら私は聞きたいという衝動を抑えきれなかった。きっと聞いてしまったのは私自身がその答えを知りたかったからだろう。
「………………」
吉野さんは無言で私に背中を見せ続ける。
「だって、これまであんなに頑張って練習してきたんだよっ……」
「……私だって……やりたいよっ……。でも、あんな思いはもう……したくないっ……」
「っ……」
それは悲鳴だった。このような答えが返ってくるのを私はわかっていたはずだったのにショックを受ける。
(……終わった……)
吉野さんは完全に折れてしまっていた。いや、私も折れてしまっていた。これが意味することはバンドの崩壊である。
「「!!」」
部屋の沈黙をかき消すように私の携帯が激しい着信音を鳴らす。
「え……」
液晶に映った名前を見た途端、私の心が少し立ち直るのを感じた。
「生駒……君……?」
まるでヒーローがピンチの時にやってきたような完璧なタイミングだった。
「えっ……」
吉野さんが振り返る。その目に少し光が戻ったような気がした。私は吉野さんにも聞こえるようにスピーカーモードで電話をとる。
「お疲れ」
「……お疲れ。体調は大丈夫なの?」
「いや、良くない。熱はまだ39度あるし。ただ、今日行けなかったから謝っときたくて」
「……………うん」
「で、どうだった?リハーサルは?」
生駒君が今日のリハーサルがどうだったかを聞くのは自然だった。
「「…………………」」
私と吉野さんは無言で目を合わせる。とても失敗したなどと言える空気ではなかったし、生駒君にも言えなかった。
「…………まあまあ……?かな……?」
ようやく捻りだした答えは何とも曖昧だった。
「なんだよ。まあまあって……。音源はしっかり流れたのか?」
「うん。それに関してはバッチリだった」
「それ以外は?」
「……まあまあ……」
私の胸には罪悪感で一杯になる。いっそ大失敗したと言えればどれほど楽だっただろうか。
「ふーん……1分もギターを弾かないで、全く歌わないのがまあまあなんだ」
「「えっ……」」
生駒君の発言に私達の声が重なる。
「三峰から聞いた。リハーサル、ヤバかったらしいな」
「…………………」
心臓がキュッと絞まる音が聞こえたような気がした。
「まあ、行かなかった俺にも責任はあるけどやっちまったな」
「…………うん」
「少し……いや、多くなるかもしれないけど文句言わせてもらうな」
きっと生駒君は私達に失望しているだろう。私達だって精一杯やろうとしたという言葉すら出なかった。
「まずは……『吉野 莉愛』ぁっ!!」
生駒君の大きな声に吉野さんの肩が大きく震える。
「お前は昔から本番に弱いところはあったけど、今回のはひどすぎねぇか?俺は今回の件を失敗だとは思っていない。失敗って言うのはトライして初めて失敗したという概念が生まれるんだ。だから、今回のは失敗以下だ。幼稚園の発表会で緊張し過ぎで劇のセットに突撃してぶっ壊したのが可愛く思えるわ」
「………………」
「どうせ今、うじうじしてんだろ。三角座りでベソかいて。お前、それでいいのかよ?練習しろよっ。前に進めよっ!!お前言ってたよな?一生ものの思い出を作りたいって。今頑張らないと黒歴史を作ることになるぞ。俺がよく知っている『吉野 莉愛』ならここで終わらねぇだろ?ここで折れたら、お前は『吉野 莉愛』でいられねぇぞ。一生負け犬だぞ。少なくとも俺が知ってる『吉野 莉愛』はここで終わらない。絶対に諦めない。それはお前が一番わかってるんだろっ!!なぁ?」
生駒君がここまで声を荒げるのは初めて聞いた。そういうタイプに見えなかったし、どちらかといえば怒らないタイプの人間だと思っていた。きっとそれだけ生駒君の逆鱗に触れたということなのだろう。
「…………ぅん……」
吉野さんの目から大粒の涙が零れる。普通に考えれば彼女に罵詈雑言を吐く最低な彼氏に思える。止めた方がいいのかとも思った。しかし、吉野さんの目には光が完全に戻っていた。きっとこれは必要なことなのだ。
「聞こえない」
「……うんっ!!私……やれるよ」
「やれるじゃなくて、やるんだよっ。ここで終わったら嫌な思い出しか残らない。お前だって、それでいいわけないだろっ!!」
「うんっ……!!いいわけない。こんな嫌な思い出……いらないっ……!!」
「だったらやるしかねえんだ。失敗の記憶は成功でしか消せないんだっ!!」
吉野さんの涙は止まらなかったが、確実にやる気に満ちていた。先程までとはまるで別人だ。
「俺は……しばらくは練習にいけない。俺がいなくてもできるな?」
「まかせて……!!絶対に仕上げてみせるっ……」
誰の目から見ても吉野さんは大丈夫だろうという確信があった。次は……私だ。
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