第17話 恐怖
「えっ……それ、本当?」
「……うん。幸一君の家に行ったらお母さんが……。部屋で熱を出して倒れてたって……」
「倒れてたってことはかなりあるよね?」
「39度を少し超えてるって」
「…………39度か……。インフルエンザとか学園に来れなくなる系なのかな?」
「これから病院行くらしいから、その結果次第になると思う」
「…………そっか……」
今朝学校に来ると吉野さんが青ざめた顔で報告してきた。生駒君が家で倒れたらしい。私達は廊下で小さな声で話している。
「どうしようか……?」
「何が?」
「……学園祭のステージ」
「やるよ。2人でも」
「えっ……」
「幸い私と生駒君は同じ楽器だから無しでいっても演奏としては成立する。ダブルギターじゃなくなっちゃうから少し派手さは無くなっちゃうけど」
「幸一君のソロパートは?」
「私がやるよ。だから大丈夫」
「…………」
「吉野さん、まさか幸一君がいないとできないって言うつもり?」
「そんなことはないけど……」
想像以上に吉野さんの精神状態は不安定だった。それだけ生駒君という存在が彼女にとって大きいものだったのだろう。
「不安は……無いの?」
「ない。仮にここで吉野さんが降りても私は1人でもステージに立つよ」
私は宣言する。私には進まなければいけない理由がある。
「ここでやめるのは簡単なことだよ。でも、やめちゃったら今までやってきたことをすべて無駄にすることになる。吉野さんと生駒君の努力も全部。生駒君の望みはステージを成功させることだと思う」
「…………」
「たとえ生駒君がいなくても……いや、生駒君がいないからこそ必ず成功させないといけない」
「……そう……だね……」
ちょうど予鈴がなり、クラスメイトが慌ただしく教室に戻り始める。
「とにかく今日の放課後のリハーサルは2人で行くしかないね」
「…………教室戻らなくちゃ」
「うん」
吉野さんに続き私も教室に戻り、自分の席に座る。私の隣の席は当然空いていた。
「………………」
予想外だった。吉野さんがあそこまで動揺すること。そして、私がここまで不安な気持ちになること。吉野さんの前では強気でいることは何とかできたが、内心は穏やかではなかった。
(……私……ここまで生駒君のことを支えにしてたんだ……)
初めて自分がどれだけ彼の存在に助けられてきたかに気づく。2人がいるから絶対にステージを成功させたいと思ったし、2人と成功を分かち合いたかった。
(もしも……生駒君と吉野さんがバンドに参加しなくて1人でやることになっていたら……どうなっていたんだろう)
それは十分にあり得た可能性だ。1人でもやるぞという強い覚悟を持ってステージ参加を先生に伝えたが、それは甘かったのだと今更思い知る。
(私って……こんなに弱かったんだ……)
最初から1人であればこんな風には思わなかったのだろうか。それとも3人でやることになったからこんな風に思うようになったのだろうか。それはもうわからなかった。
(学園祭まで……3日……。ステージまで4日……か……)
◇
「幸一君、ただの疲労だって」
「ホント?そっか……」
昼休みに私達のグループチャットに生駒君からのメッセージが届いていたのを確認した。一番最悪の事態であったインフルエンザ等ではなかったというのは朗報だ。しかし、生駒君がステージに立てるという保証はまだない。
「あっ……」
生駒君から追加のメッセージが届く。
≪当日は何が何でも参加するから。熱が下がらなくても絶対に≫
生駒君らしいメッセージに思わず頬が緩んでしまう。
「幸一君らしいね」
「……だね」
どうやらそれは吉野さんにも効果は抜群だったようだ。今朝の表情からは想像できないくらい嬉しそうだった。
「幸一君のギターってどれくらい完成してるの?」
「9割は完成してる」
「じゃあ……」
「でも、おそらくこの何日かはギターにさわれないんじゃないかな……。毎日10時間くらいギターさわってて、それがさわれなくなったらどうなるかは……生駒君次第だね……」
「それって手が覚えているかってこと?」
「うん。手が覚えていたら少しの間弾かなくてもそこまでできなくなるってことはないと思う。でも、手が覚えていなかったら……」
「大丈夫。幸一君なら大丈夫だよ」
「……根拠はあるの?」
確かに吉野さんも生駒君のギターを聞いてきたが、私ほどではない。それに彼女はギターを弾けないため詳しいことはわからないはずだ。なのになぜ彼女はここまで言い切れるのだろうか。
「あんなに努力したんだから大丈夫なはずだよ。私は幸一君を信じてる」
吉野さんの目は生駒君を100%信用している目だった。幼馴染で恋人である彼女は当然私の数十倍以上生駒君と一緒の時間を共にしてきたはず。だからだろうか、吉野さんの声は自信に満ち溢れていた。
「………………」
その言葉を聞いた時、私は疑問と同時に羨ましいと感じてしまった。そこまで誰かを心から信じられるのが羨ましかったのだ。
「そっか……」
「幸一君のギターを一番聞いてきたのは葛城さんでしょ。葛城さんが信じないで誰が信じるの?」
「……そうだね。生駒君はこの数週間真剣にギターに向き合って練習をしてきた。練習が裏切るはずないもんね……」
これには少し自分の願望が入っていると思う。そうでなければ困るのだ。
「うんっ!!」
◇
放課後、私と吉野さんはリハーサルのためにステージとなる体育館に来ていた。学園祭3日前ということで体育館は飾り付けされていて、今も準備のため多くの人がいた。
「うわぁ……ステージに立ってみると……体育館の広さがわかるね……」
「……うん。大きいね」
たかが学校の体育館のステージといえど、私達には大きく感じた。
「生徒だけじゃなくて一般の人も来るんだよね?」
「うん。2日目はね」
信賀学園の学園祭の1日目は学生だけの学園祭で2日目は一般の人も入場できるようになるらしい。吉野さん曰くそこまで多くないらしい。けれど、ステージから見るときっと多く感じるだろうという確信があった。
「時間もないし音源鳴らして、歌ってみようか。歌いだしだけでもいいし」
今日私達がステージを使える時間は10分と多くはない。この後には一日目にステージ発表をする一年生のリハーサルもあるのだ。私達は一年生がリハーサルを始める前に無理やり時間を作ってねじ込んでもらった。
「そ、そうだね……」
吉野さんはわかりやすく緊張していた。私も緊張していたが、できるだけ表に出さないように振舞っていた。吉野さんは案外鋭いので気づいているのかもしれないが、今はそれでいいだろう。虚勢でも平静を振舞うのは大事だ。
「おーい、吉野さん達リハーサルするってよー!!」
「「!!」」
1人の男子生徒が大声で体育館にいる皆に呼びかける。
「マジ。行くよ」
「俺も見たい」
「私も~」
作業をしていた人たちが手を止め、ステージに集まってくる。そして、次にリハーサルをする1年生らしき人たちもステージ近くに集まってきた。
「……………」
心臓の鼓動がやけに大きく聞こえた。
「吉野さん……?」
吉野さんは私以上に上がっていた。
「大丈夫……?」
「…………」
吉野さんはこくんと頷くが全く大丈夫そうではなかった。しかし、ここで行動不能になるわけにはいかなかった。私は音源を流す。
「おおーーこれって……」
「ホワイトウィークじゃん」
「いいねー」
イントロが流れ出した途端ステージを見ている人が好き好きに声を発する。距離は離れているはずなのに、声は私の耳にバッチリ入ってくる。
(やるしかないっ……!!)
私はギターを弾き始める。いつも通りとはどうあっても言えないが、それでも弾くことはできた。
「………………」
一方で吉野さんは口を開くことができなかった。
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