第9話 焦り②
10分ほど葛城の後をついて行くと彼女の足が止まる。当然のように俺達はずっと沈黙していた。
「ここって……まさか……」
「うん。私の家」
目の前には大きな一軒家がある。俺の家の2倍くらいはありそうだ。
「いや……行けないって……」
「何で?」
「普通に考えればわかるだろ……。こんな夜遅くにお邪魔するなんてお前の両親が迷惑だろ」
「大丈夫。誰もいないから」
「……えっ……」
葛城は俺の方を向くことなく素っ気なく言い放つ。そして、玄関のドアを開け家の中に入っていった。
「ほんと、めちゃくちゃだな……」
ここで帰るということも思い浮かんだが、それでは今回のことに対する責任を取ったことにならないような気がした。同時に今の葛城を放っておけないような気がした。
「……はぁ……」
俺は葛城の家に足を踏み入れた。
「あれ……?どこだ……?」
広い玄関を見渡すが、暗いため葛城の姿が確認できない。
「こっち」
葛城が電気をつける。
「……お邪魔します」
一応挨拶をして家に上がる。
(……何か……生活感がない家だな……)
少し歩いただけでそれはわかった。インテリアなどオシャレな家ではあるのは間違いないのだが、まるでモデルルームのようなのだ。綺麗すぎる。葛城は本当にこの家で暮らしているのか怪しいくらいだ。
「え……地下……?」
「うん」
驚くことに葛城の家には地下があるらしい。葛城は地下への階段を下っていく。
(すごいな……。家からでもわかるけど、葛城って金持ちなんだな……)
俺がこれまで見てきた葛城はお金持ちというイメージが全くなかった。
「ここって……」
地下に降りてすぐあった扉の奥の光景に俺は驚く。
「何で……こんな本格的なレコーディングスタジオが地下にあるんだよ……」
テレビでしか見ないようなレコーディングスタジオを見た俺は驚きを隠せない。
「別にいいでしょ。今は」
「…………ここで何をするつもりなんだ」
「さっき言ったでしょ。あんたの根性叩き直すって。ん」
葛城は立てかけてあったギターを俺に渡す。
「…………何をさせるつもりなんだ?」
「決まってるでしょ」
葛城の表情はいまだ固い。
「練習」
「…………言っただろ。バンドはもう……」
「10時間練習してから言って」
「…………」
「もし、今夜10時間練習して上達を感じなかったらバンドを辞めることを認めてあげる」
「ふっ……」
思わず頬が緩む。
「鬼かよ」
俺は葛城からギターを受け取る。
「手を抜こうなんて考えないでね。手を抜いてるなんて簡単にわかるんだから」
葛城は椅子に座って足を組む。
「まるで鬼教官だな……」
「早く始めて」
「少し待ってくれ」
「何?何か文句ある?」
「母さんに連絡させてくれ。さすがに無断で外泊はマズい」
「わかった」
俺は母さんにギター特訓のため友人の家に泊まるとメッセージを送った。
「お待たせ」
「親と仲いいんだ?」
「そうだな……。悪くはないよ。じゃあ、始めるぞ」
俺は『恋華』を弾き始めた。普通であれば嫌な気分になるようなことをさせられているのに俺にはそんな気持ちは全くなかった。
◇
「音外れてる」
「……わかってる」
練習を始めてから2時間が経った。俺は一度も休むことなくぶっ通しで練習を続けていた。葛城は本当に教官のようだった。俺を冷たい視線でずっと監視し、間違えたり手が止まったりするとすぐに指摘してくる。
「少し休憩してもいいか?さすがに疲れてきた」
「ダメ。私が言うまで手を動かし続けて」
「…………ああ」
葛城は公園で言ったように本当に俺の根性を叩き直すようだ。
「…………わかった」
俺は葛城に従う。
(…………ここまで本気で何かをするのは……いつ以来だろうな……)
最近の俺は常にやる気がなく、何に対しても冷めていた。この身体の奥から熱くなる感覚は本当に久しぶりだった。自分でもこの熱が疲れからきているものか、本当に心から熱を持っているのかはわからなかった。だが、それで良かった。
「何ヘラヘラ笑ってるの?」
「笑ってたか?俺?」
「うん」
「そっか……。俺、笑ってたか……」
完全に無意識だった。
「何で笑ってるの?」
「理由なんかないよ」
「何それ?」
「別にいいだろ。手は動かしてるんだから」
「…………」
葛城は少し不満そうだったが、何も言わなかった。
◇
「眠そうだな」
少し休憩を挟み時刻は深夜3時を過ぎた。流石に葛城も眠そうだった。
「少しね。何か元気になってない?」
「どうだろ……?ただ、眠いって感覚は一度通り過ぎた感じはするな」
「ふーん……」
「寝たらどうだ?別に今更逃げやしないし」
「いい」
「お前も素直じゃないな。じゃあ、何かしたらどうだ?ずっと座って俺を見てても面白くないだろ?」
「それは間違いない。よっ……」
葛城は立ち上がり、奥の椅子に座る。
「それって……シンセサイザー?」
「うん」
俺も現物を見るのは初めてだった。確かにここまで設備があることを考えればあってもおかしくはなかった。
「学園祭用の音を作るのか?」
「もちろん」
「使えるんだ。すごいな……」
「ううん。私もまださわってそんなに時間経ってない」
シンセサイザーの横には多くの付箋が貼ってある説明書があった。それを見るとどれだけ苦戦しているのかがわかる。
(こいつ……あんなにギターが弾けるのに……ここまでやってるんだ……)
自分がいかに少ない努力しかしてこなかったのかが痛いほど理解できる。そして、あれだけの練習で根を上げていた自分が恥ずかしく思える。
「あのさ」
俺はギターを置き、その場に立ち上がる。
「葛城」
「ん?」
「悪かった」
俺は深く頭を下げ葛城に謝罪の言葉を伝える。心から出た言葉だった。
「俺にバンドを続けさせて欲しい」
俺は葛城のバンドに賭ける思いを見誤っていた。ここまでやっている葛城を目の当たりにして根をあげるなんて俺はできなかった。
「いいよ」
「えっ……軽いな……」
あれほど俺に怒っていたので厳しい言葉があるとは思ったが、意外にもあっさりと俺の言葉の撤回を認めてくれた。
「何?許して欲しくないの?」
「いや……そういうわけじゃないけど……」
「グチグチ言っても何も変わるわけじゃないからね」
「その割にはさっき公園でグチグチ言ってたけど……」
「うっさい」
葛城は俺を睨む。眠たいのか視線は鋭かった。
「はは……ゴメン。怖い怖い」
「私の素はこんなもんだよ。学校では多少猫を被ってるだけ」
「多少ってレベルじゃないだろ……」
俺は頬を緩ませながらギターを弾き始める。
「別に好かれるなんて思ってない」
「そうか?俺は素のお前の方が好きだけど」
「…………はっ、はぁぁぁ~~~!?」
葛城は驚いた様子で俺の方を見る。
「急に大きな声出すなよ。ビックリするだろ」
「いや……だって……好きとかいうから……」
「……あ……」
疲労が溜まっているからだろうか。思ったことを考え無しに言ってしまった。
「…………悪い。変なこと言って」
「本当だよ。全く……」
俺達は顔を合わせず、それぞれ自分がするべき作業に戻る。
(軽率だったか……)
先程の発言は失言以外の何物でもなかった。
(昔は好きなことや思ったことをそのまま言えたよな……)
人は年をとるにつれて言葉を知っていく。しかし、年をとればとるほど発言は制限されていく。それは公衆の前で話す言葉ではなかったり、相応しくないからなど様々な理由だ。俺達は知能と引き換えに自由を失っているのではないかとも思う。
(いや、今はこんなこと考えている場合じゃない。ギターに集中しないと……)
俺は考えるのをやめ意識をギターに集中させた。 もう俺の中に今日感じた焦りはなかった。
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