第8話 焦り

「やっと今日から本格的に活動できるね」


「そうだな。問題は時間だな……」


 1週間のテスト週間と3日間のテスト期間を終え、俺達は本格的にバンド活動をできるようになった。しかし、学園祭まで残り約2週間というのは正直かなり厳しい。


「家で練習してるんだよね?」


「一応な……。けど、近所迷惑になるからそんなにできないって」


 俺のこれまでの練習時間はお世辞にも多いとは言えない。テスト週間は放課後に1時間、自宅で2時間。テスト期間は家で4時間しか練習できていない。


「別にウチはいいのに」


「お前の家とは微妙に距離があるから参考にならない」


「あらら」


 俺の住んでいる家は住宅街のような場所で一軒家が並んでいる。そんな中で夜に練習などできるはずもなかった。


「そっちは順調なのか?」


「まあまあかな……。でも、歌詞はもう間違えずに歌えると思う」


「吉野さんは順調そうだね。問題は生駒君だね」


「ああ……」


 葛城の言葉に俺の胸がキュッとなった。


「ひとまずテスト前にやったところまで一度合わせてみよっか」


 こうして練習が始まった。


(……くっそ……)


 2時間ほど練習をして俺達は休憩をとる。


「はぁ……」


 一番足を引っ張っているのは俺だった。葛城は当然のように弾けているし、莉愛の完成度も中々のものに仕上がっていた。想定以上なのは本来嬉しいことなはずなのに俺は心から喜べなかった。


(どうすっかな……)


 テスト期間中に決めた『恋華』以外の2曲は2つとも流行り曲だ。歌うのは少し難しいがギターで弾くとなればさらに難易度が上がる。俺はいまだ『恋華』すら完璧に弾けずにいた。他の2曲は手つかずだということは言うまでもない。


(…………どっちか捨てるのも考えていた方がいいかもな……)


 中途半端な2曲を仕上げるくらいならどちらか1曲だけを完璧に弾けるようにして、弾かない曲の間は下がっておくということを考えた方が賢明だった。カッコ悪いのは間違いないが、バンドを成功させるためだ仕方がないだろう。


(葛城ならわかってるだろうな……)


 莉愛はギターについては詳しくない。ここから仕上げるのは難しいということはまだわかっていないだろう。しかし、葛城はわかっているだろう。


「どう?調子は?」


「……全然だな……」


「最初の時よりは弾けるようにはなってると思うけど」


「そりゃ練習してるからな」


「次は吉野さんと3曲目してみようって話してるけど」


「悪い。2人でやってもらっていいか?ひとまずは『恋華』を間違えずに弾けるように練習したいんだ」


「わかった」


 少しすると莉愛がトイレから戻ってきて2人は練習を再開した。



「ふうーー……」


 俺は夜の道を歩く、放課後の練習を終え自宅でも練習をしたが完全に集中力をきらしてしまったので気分転換のつもりだった。


(どうやったら……上手く弾けるんだろうな……)


 音楽は上達がわかりにくいと思う。数字にはでないし、上手いか下手を決めるのは自分以外であることが多い。


(才能無いのかな……)


 これが言い訳に過ぎないことはわかっている。


「やっぱ練習だよな……」


 上達するには練習しかない。そんな結論は初めから出ていた。しかし、いくら練習しても大きな成果が出せず、俺は気が滅入っていた。


(葛城と比べたらダメだって頭では理解しているんだけどなぁ……)


 3人で合わせるとなると嫌でも葛城との差を実感してしまう。俺は一度はギター辞めて、努力もしていなかった身だ。これまで多くの努力を積み重ねてきたであろう葛城と比べるのも失礼だ。この差は埋められるものではない。


(みんなに俺が下手だって思われたら嫌だけど……それは無理だろうな……)


 普段楽器にふれないものでもわかるレベルで俺と葛城の腕は違う。


(…………正直、俺がいなくても良くないか?)


 葛城がギターをやって、莉愛が歌う。葛城のギターは言わずもがなだし、莉愛の歌の完成度は上がるだろう。男が混ざるよりもガールズバンドの方が収まりがいい気もしてきた。


「………………」


 一度、この考えて至ってしまうと俺は自分の存在意義を見出せなくなってしまった。


(というか何で俺はこんな必死にやってんだ?たかが学園祭の有志だろ?)


 俺は葛城のように強い目標もないし、莉愛のように思い出を作りたいと思っているわけではない。俺がバンドをやろうと思った理由は昔に戻れるかもしれないという非常に曖昧で甘っちょろい理由だった。


「辞めるか……」


 ぽつりと出た言葉だった。


(こんな奴があの2人と一緒にステージに立っていいわけないよな……)


 本当に俺はダメな人間だと思う。葛城と一緒に演奏すれば甘い汁を吸えると思っていたのだから。


「あ……」


 気が付けば随分と歩いていたようだ。ここから3分ほどで以前葛城と出会った公園に着く。


(もし……あいつがいたら……バンドを辞めるって伝えよう)


 葛城と待ち合わせをしているわけではない。しかし、何となく今日も公園にいる気がするのだ。


「…………」


 公園に迫ると葛城の歌が聞こえる。俺はゆっくりとした足取りで公園に入る。


「あっ……」


 俺が公園の中に入ると葛城はすぐに気づいた。今日も金髪のウィッグをしている。


「よう」


「また買い物?」


 葛城は演奏を止めて話しかけてくる。


「いや、違う。散歩だ」


「不良だ、不良」


「お前もじゃねぇか」


 俺達は軽口を話す。葛城は俺がバンドを辞めると言ったらどういう反応をするだろか。葛城との付き合いは短いが、気が合うとは思っていた。そして、ここまで軽口を叩き合える異性の知り合いは俺にはいないので、付き合いが無くなるのは少し寂しい気もした。


「少し話したいことがある」


「何?告白なんかしちゃダメだよ。生駒君には吉野さんっていう可愛い彼女がいるんだから」


「違ぇよ。真面目な話だ」


「うん。聞くよ」


 俺は深呼吸をする。


「バンド……辞めようと思う」


「…………………………」


 葛城は目を閉じ、黙る。


「…………」


 俺から何かを話すのもおかしいと思ったので俺は葛城が話すのを待つことにした。


「…………理由を聞かせて?」


 当然の反応だった。


「自分の存在意義が分からなくなったんだ」


「……何それ」


 葛城の声は明らかに不機嫌だった。


「俺……バンドにいらなくないか?下手な俺が葛城と一緒にギターを弾くとバンドの完成度が低くなる。葛城1人の方がずっといい」


「私、完成度なんか求めたっけ?」


「いや、葛城は自分たちが楽しめればいいって言っていた」


「それがわかっていながらなんでっ……」


「俺が楽しめないんだ」


「…………」


「やっぱりさ、やる以上上手くやりたいじゃん。1週間ちょい練習したんだけど、全然上手くならなくてさ。今日、合わせの練習をしてみて自分が下手で足を引っ張っていることを感じたんだ」


「少し練習して成果が出なかったから逃げるんだ?」


「…………ああ。俺にはギターの才能は無いってわかったよ」


 ムカつく言い方ではあったが、事実なため受け入れるしかない。


「逃げるな。根性無し」


「…………」


 葛城の表情からは怒りと同時に悲しさを感じた。そしていつもより言葉に棘があった。


「わかってる。全部俺が悪いんだ。言いたいことは全部言ってくれ。どんな罵詈雑言も受け止める」


「自分が全部悪いって言ってそれで終わらせようっていうのが気に入らない。それってあんたが楽しようとしてるだけ。私との差を実感して逃げただけじゃん」


「…………そうだよ。お前と一緒にやりたくないんだ」


「卑怯者。大した努力もしないで自分の実力を決めつけるなんて10年早い」


「俺だって努力したさ」


「何時間練習した?」


「毎日4時間はやったよ」


「笑わせないで。本気で上手くなりたいって思うなら毎日10時間はしないと上達しない」


「そ、そんな時間取れるわけないだろ……。テスト勉強もしないといけないし、ある程度も睡眠時間もいるし……」


「それは言い訳。一度でも10時間練習してから言って」


「…………っ……!!」


「あんたには本気度が足りない」


「……なんでお前はそんなに本気になれるんだよっ!!たかが学園祭だろ?」


「そうだね。たかが学園祭。されど学園祭だよ。本気でやらないと心の底からは楽しめない。だから私は何事も本気でやる。というか、前から思ってたけど生駒君の諦めが早いところ嫌い」


「…………」


「ついてきて」


「え……」


「あんたの軟弱な根性叩き直してやる」

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