第3話 転校生③

「じゃあ、私行くね」


「ああ。図書室で待ってる」


 莉愛は教室を出ていく。莉愛は学級委員ということで今日の放課後残らなければいけない。いつも一緒に帰っている俺は学園内の図書室で時間を潰すことにした


「テスト嫌だなぁ……」


「俺もだよ」


 高見は憂鬱そうな顔をしていた。


「テストも嫌だけど部活ができなくなるのが一番辛いよ」


「今年はサッカー部はいい感じなのか?」


「おう。めっちゃいい感じ。地方大会は突破したいぜ」


「思ったより目標低いな……」


 高見はサッカー部だ。レギュラーで結構活躍しているらしい。


「しゃーない。家で自主練するか。じゃあな」


「おう。また明日な」


 切り替えが早いことが高見の長所だと思う。俺も高見みたいに前向きに切り替えができたらと何度も思ったことがある。本人には恥ずかしくて言えないが。


(……俺は図書室に行くか……)


 気が向かないながらも俺は図書室に向かう。俺は勉強が得意というわけではない。平均よりも少し上というくらいだ。


(こんなやる気がないんじゃ、高見にはすぐ追い抜かれるだろうな……)


 今の時点では俺は高見よりも成績は上だ。しかし、高見は頭が悪いわけではない。むしろ自頭はいいと思う。今はサッカーに打ち込んでいるだけで本格的に勉強始めれば抜かれるという確信があった。


(……進路どうすっかな……)


 2年生の秋ということは当然進路の話が出てくる。明確にやりたいことが見つかっていれば専門学校などその道に進むという選択肢も選べるが、俺には明確にやりたいことが見つかっているわけではない。とりあえず大学に行くという感じだ。どういう大学に行きたいとかも決まっていない。


(やりたいことか……。とりあえず一人暮らしはしたいな……)


 漠然とではあるが一人暮らしをしたいということだけは決まっていた。自宅から通える距離に大学はいくつかあるが、俺は一人暮らしをしたかった。


(………………あいつは本当に俺と同じ大学に行くつもりなのかな……)


 莉愛は頭が良い。成績は学年でもトップクラスだ。しかし、莉愛は俺の行く大学に行きたいと言ってきた。俺と一緒にキャンパスライフを送りたいというのだ。


(それで良いわけないよな……)


 俺のせいで彼女の選択肢を狭めてしまうことが良いことであるはずがなかった。莉愛であればもっと多くの選択肢から進路を選べるはずだ。俺にできることはできるだけ勉強して莉愛の選択肢を広げるということだろう。俺達がこのまま一生一緒にいるということは確定ではない。で、あれば選択肢を増やしておくというのは間違ってはいない。


(俺の考えを言ってみるか……?いや……それは……)


 彼女の欠点は視野が狭いことだと思う。もしかしたら俺の考えを話すことで視野が広がる可能性もある。しかし、それは同時に莉愛に俺達が別れる可能性があることを話すことだった。


(…………それは今考えることじゃないな……)


 俺は考えるのを止めた。これ以上考えても前向きになれる気がしなかった。


「……よし……」


 俺は図書室に入り、椅子に座る。テスト週間ということで俺と同じように勉強している生徒が何人かいた。


(まずは……英語からするか)


 テキストを広げ、勉強を始める。



「ふうーーーー……」


 一時間もしないうちに集中力が途切れる。言い訳にしかならないが先程考えていたことが頭に残っていたからだ。俺は貴重品を持って席を立つ。


(トイレで顔でも洗うか……)


 顔を洗えば目が覚めシャキッとするかもしれないという浅はかな考えだった。俺は図書室を出て、トイレに向かう。


「あれ……」


 トイレに向かう途中で通りかかった音楽室のドアが少し開いていることに気づく。音楽室は楽器を置いているため、普段は施錠されているのだ。


(誰かいるのか……?)


 俺は何気なくドアを開け音楽室の中を覗く。


「…………誰も……いないな……」


 予想は外れ、部屋には誰もいなかった。


「へえ……音楽室ってこんなに綺麗に夕日が見えるんだ」


 音楽室からは綺麗な夕日が見え、オレンジの光が部屋を照らしていた。まるで映画のワンシーンのようだった。


「ん?」


 俺は音楽室の壁にエレキギターが立てかけてあるのを見つける。


(誰かが弾いていたのか……?)

 

 再び音楽室を見渡すが、音楽室には誰にもいない。


「…………………」


 俺の手は自然とエレキギターに伸びていた。


「結構使い込んでるな……」


 エレキギターは買ったばかりの新品というよりもしっかりと使われているという印象を受けた。


「…………」


 俺はエレキギターを手にする。明確な理由があったわけではない。本当に何となくだ。


「……懐かしいな……」


 手に感じる感覚が懐かしかった。この言葉からもわかるように俺はギターの経験者だ。経験者といってもバンドをやっていたわけではない。大勢の人の前でも弾いたこともない。本当にかじっただけだ。


「♪~~~~」


 鼻歌で昔に良く引いていた歌を鳴らしながら俺はギターを弾く。3年ほどさわっていなかったのに意外にも身体は覚えていた。


(あの時は夢中だったよな……。莉愛にカッコいいところを見せたくて……)


 俺がギターを始めた理由は莉愛にカッコつけたかったからという実に年齢相応な理由だった。上手くなるように毎日必死に練習していた。


(……今思うとギターを弾けたからなんだっていうんだろうな……)


 確かに莉愛は俺がギターを弾いているのを喜んで聞いてくれていた。しかし、それだけだ。その時間をもっと有効に使えたのではないかと今では思う。結局のところ俺は自分のギターを弾いている姿を莉愛に見てもらいたかっただけなのだ。自己満足でしかない。


「!!」


 物音が聞こえて俺は手を止める。


「えっ……」


 そこにいたのは転校生の葛城だった。


「あっ、ゴメン。邪魔しちゃって……」


「いや……。もしかしてこのギターは葛城の?」


「うん」


 バンドをやりたいと言っているのであればギターを持っていても不思議ではない。転校初日に持ってくるのが正しいかといえば、そうではない気はするが。


「こっちこそゴメン。勝手に使っちゃって」


 俺はギターを元の場所に戻そうとする。


「いいの。全然」


 持ち主に許可なく勝手に使った身だ。怒られても文句は言えなかったが、葛城は怒ることはしなかった。


「……ありがとう」


 俺はギターを元の位置に戻す。


「ギターやってるの?」


「……やってないよ」


「上手に弾けてたのに?」


「…………大したことはないさ」


「そんなことないって」


「……お世辞は止めてくれ」


 上手と言われて俺は嬉しかった。照れくさくて素直にお礼を言えなかった。


「とにかく悪かった。すぐに出ていく」


 俺は葛城から逃げるように部屋から出ていこうとする。


「待って!!」


「…………まだ、何かあるのか?」


 足を止め、葛城に背中を向けた状態で俺は問いかける。


「もっと聞かせてよ。あなたの音楽」


「!!」


 脳内に強烈なイメージが浮かび上がる。俺はすごい勢いで振り返る。


「えっ……」


 葛城は俺の行動に驚いていた。


「ど、どうしたの……?」


「…………いや、何でもない」


 先程俺の中に浮かんだ強烈なイメージ、それは莉愛の姿だった。


(何で……なんで俺は葛城に莉愛の姿を重ねたんだ……)


 2人は全く似ていない。背の高さも違うし、声も違う。話し方が似ているわけでもない。しかし、俺はそれでも葛城の言葉に莉愛を感じてしまった。


「弾いてくれるの?」


「……いや、弾かない」


「えー何で?」


「………………」


 俺は葛城に背を向け歩き出す。


「…………ギターは……もう辞めたんだ」

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