負けず嫌いな女神でも、恋い焦がれることはある?
赤いねこ
第1話 日常と噂の女神
高校入学から5ヶ月の時が経ち、夏休みが明けてからもまだジメジメとした暑さと未だに40日近い休みによる休みボケが残っている今日この頃、
そんな昼休みの中、達仁、そして達仁と同じ席で向かい合って昼食を食べている
「いいから行こうぜ~~~。いいじゃんかよ~、それくらい~」
「嫌だよ。何でわざわざ肝試しになんて行かなきゃいけないんだよ」
「絶体楽しいって。あの出るか出ないかわからないドキドキを味わったら癖になるってよく言われてんじゃん」
「そう言うが彰、お前ただ単に一人で肝試しに行くのが怖いだけだろうが」
「あれっ?バレてたの?」
こいつは昔からホラー系の映画を見るだけで一人で夜中にトイレに行けなくなるからそれくらいは予想できる。
その癖して、人一倍好奇心が強いからこういう突拍子もないことを急に言い出したりするんだよな………。
それがこいつにとっての面白い魅力の一つでもあるんだが、どうしてもたまにウザく感じてしまう。
ある意味和気あいあいとした雰囲気で談笑をする二人。肝試しに行きたいと言っているのが彰であり、それに対して冷静に受け答えをしている方が達仁である。
達仁はこのようにいつも変なことを言い出す彰に辟易としてしまうことがあった。
ある日には学校の2階から飛び降りたらどうなるのかと疑問を持ち実行に移して足の骨を折る、またある日にはわんこそば100皿完食をやってみたいと言い出し、結果72皿目で強制嘔吐ギブアップ。店員さんの前で机に吐いた為、すっごい顔をして彰のことを見ていた。
このように、彰のアホ伝説を数えればキリがないという程に付き合ってきた達仁。
しかし、そんなことを思う達仁だが彰のことは自身にとって一番の親友だと思っていた。それは彰の方も同じで………だから、2人は小学校から今の高校まで幼馴染みとして親しくやってきたのである。
「まぁそういうことだからこの話はおしまいな。他に何か面白い話題ないのかよ?」
「ちぇー。達観してやがんなぁこの大人め~。それにしても面白い話題ねぇ。……そういえばタツのこの前の実力テストって総合順位どのくらいだったんだ?」
俺が達観しているんじゃなくてお前が子供っぽいんだよ。俺が変わってるみたいに言わないでほしい……。
「正真正銘の1位だな。高校の範囲の勉強はかなり前に終わらせてるからな。復習だけで済んだよ」
「怪物~。僕でも8位だってのに。相変わらずの秀才だなぁ」
ここで天才とは言わずに秀才と言うのはコイツらしいな。
言動の端々に性格の良さのせいか、相手の事を尊重したような言葉しか出てこない彰に思わず頬が緩んでしまう。
達仁や彰の通う高校は2人の住む地域から電車で4,5駅ほど離れている場所にあり、県内でも進学校の部類に入る高校である。
しかし、この学校で総合順位1位を取ることは途轍もない努力が必要であり、何より極めて驚異的であるのに達仁はクラスメイトからはこれといった評価はされていなかった。
別に孤立しているわけではない。
達仁がかけている丸めがねはそれなりにお洒落で丁寧に扱われているのだが、髪の毛が目にかかるくらい長くて全体的に暗いイメージを発してしまっているため、特にこれといった評価はされておらず、彰以外に話す人がいないぼっちとなっているのである。
再度言おう。別に孤立しているわけではない。あくまでぼっちなだけだ。
「それじゃあ2位はまたあの人かな?月華のアテネ様」
「よく真顔でそんな恥ずかしい二つ名を言えるな。中々声に出して発するには気恥ずかしいあだ名な気がするんだがな…………」
「それはあんなに美人なのが悪いだろ。容姿端麗な上に運動とかも完璧にこなしたりしてるからこんなあだ名が付くんだよ。自業自得だ」
こいつって葉桜のことが嫌いなのか……?一々言動が紛らわしいんだよ。もう少し伝わりやすいように話してくれねぇかな……。
やはりこいつは変な奴だな。常識のある普通の人と感性のズレが起きて、周りから見たらおかしな奴に見えてしまうんだろう。
今更実感したってどうにもならないだろうが………。
「それにしても人が神の名を騙るなんてやってはダメなことだろう。天罰を下そう」
「だからお前は何様なんだよ」
「そう怒るんじゃない。僕の玉子焼きやるよ。動悸を鎮めたまえ」
「その程度で禁断症状が出たりはしない。というかそれ、さっき落としたやつだろ。そんなもん俺に食わせようとするんじゃねぇよ」
それにしても相変わらずこいつのお弁当は美味しそうだな。おばさんの料理は絶品だからなぁ……。………落ちたとしても食べても大丈夫かな……?
そんな事を考えながら彰のお弁当をじっと見ていると彰が箸でハンバーグを半分に切って此方にその半分を向けてきた。箸につままれたハンバーグが昴の口のすぐ近くまで持ってこられたことで反射的にそのままパクッと一口で口に入れた。
「………美味いな………」
やべぇ、つい目の前にハンバーグが来たせいで反射で食っちまった……。美味しいな……。さ、流石おばさんの作ったお弁当だな。味気ないパンとは大違いだ……。
……………………やめろ、俺をそんな表情で見るんじゃない……。
達仁が自身のお弁当を見ているところからハンバーグを半分あげる、モグモグ食べて頬を赤くする、この一連の動作を見ていた彰はニヤァという感情を隠す気ゼロの表情で達仁の事を見ていた。
そのせいで条件反射で食べてしまった事に対しての照れを頬を赤くすることで表現していた達仁は、彰にからかわれていると感じ顔どころか耳まで真っ赤にする。
「こっち見んじゃねぇ!は、恥ずかしいだろうが………!………べ、弁当ありがとな……」
教室の中なので声をかなり抑えて勢いだけ怒鳴るように言う。そんな達仁に対して彰は何をしても可愛い?親友に満面の笑みになってしまう。
これに対してまたからかってきてるのかと感じた達仁は側にあった筆記用具から消しゴムを取り出して彰に向かって投げつけるのであった。
◇
前から思っていたが俺が弄られる立場に回るのはおかしいと思うんだよな。
だってあんな変な奴にからかわれるのはなんか釈然としないというか納得できないというか…………。
昼休みが終わり授業が始まる15分前、この学校の自販機は食堂の方にあるためジュースを買いに行った達仁は食堂から教室へ戻っている途中だった。
基本的に達仁の昼食はコンビニで買ったパンや食堂の定食とかを食べるため、パンを教室で食べる時は達仁の方が彰よりも早く食べ終えるのである。
そして、自分の分と彰の分である苺オレを手に持って達仁は思考を巡らせていた。
(ちなみに、2人とも甘い物も苦い物も好きである)
「やはりおかしい。何で俺があんな風に恥ずかしい思いをしなければならんのだ。こういうのは知的なタイプである俺の役割だろ」
あんな変な奴には務まらない役だ、と自分の事を棚上げして呟く達仁。
彰は達仁以外の前だと、とても常識のあるように振る舞う。
この態度を見せるのはお前だけだよと捉えることもできるこの差は、周囲の人間にはほとんど気づかれていない。達仁の影が薄いからなのかは分からないが、2人で話している時は誰にも気にされないのである。
実際には2人とも無意識に声のトーンを下げているだけだが。
そんなこんなで、自分の教室のあるフロアまで行く階段に辿り着いた。この階段は割と人通りが少ない。なぜなら、ここの階段の所から食堂まで行く途中に職員室があるからである。学校にいるならば、意識せずとも教師を避けてしまう習慣が身に付くのものだろう?
達仁はその辺を気にしたりはしないのと、こっちは静かなので達仁にとって通りやすい階段であった。
ん?
あれは………葉桜か。
達仁が階段を上ろうとして上を見上げると、この学校の女神こと
彼女はこの学校において知らない者は存在しないとも言える程の人物であった。
彼女の噂は、直接的にも間接的にも関わりのない達仁や彰ですらよく耳にする程であり、実際に達仁自身も瑞月のことを見た時は「なんだこの美少女は……」と小さく呟く程に整った顔立ちに、ハーフであることが予測できるミステリアスな雰囲気を醸し出している灰色の瞳と美しく、気高い雰囲気を匂わせる銀色のロングで整えられた髪。
トップアイドルや大物女優として活躍できそうな程の美しい容姿は、視界の端に映るだけで自然とそちらに目線が移る程であり、あまり人に興味が湧かない達仁でさえも初めて見た時は人並外れた完成型の容貌に絶句をしていた。
何より彼女の魅力は容姿だけではない。
普段普通に無表情で過ごしている時の彼女はかなり冷たい印象を受けているが、誰かが自身に話し掛けるとすぐに表情を緩め、視線を柔らかく接しやすい物に変化させる。
女子に対してはとても人懐っこく、男子に対しては若干壁があるように感じる時もあるが、基本的に人懐っこいといえるような態度で接しているため、とても愛される存在である。
そして誰よりも努力家と知られている彼女は、定期テスト等では常に2位をキープ、女子の中で様々なスポーツにおいて圧倒する様子から運動神経も抜群。
しかも噂の中には葉桜瑞月は社長令嬢であるというものまである。
これ程までに非の打ち所のない経歴であれば、有象無象の男共が放っておくわけがない。
事実、彼女はこの学校中の男子達からモテている。これまた噂によれば1週間から2週間に1回は告白されているらしい。
それほどまでの美少女に初めて見た時は動揺をしたが、それ以降は慣れたのか達仁は興味の無くなったかのような態度を貫いてこの日まで何の関わりもなく過ごしてきた。
そして、そのような彼女がこんな誰も通りたがらない道を通っている事に達仁は疑問を持つが、彼女の持っている勉強用具を見れば教師に質問でもあるのだろうと予想することができた。
「…………………………………」
「…………………………………」
お互い何の言葉も発さずにすれ違う。彼女とすれ違う時に少し良い匂いがしたような気がするが何も気づかない振りをする。
階段を上ったところで瑞月のことが見えなくなる直前、
(何度見ても綺麗だな。別に動揺まではしない程度に慣れたが綺麗なものは綺麗だ)
瑞月に一瞬だけ目を向けた達仁はそんな事を考える。相変わらずの冷たい無表情に少し苦笑する。実際に彼女の事をしっかりと見たのは入学式の時、たまたま今回と同じ様にすれ違った時以来であるため当時の瑞月の表情を覚えていなかった達仁は噂での情報しか彼女の事を知らなかった。
瑞月の事を見る時はほどんど遠目だったので、噂通りの無表情に少し笑いがこぼれてしまったのである。
「女神だっていうあだ名がつけられるのも納得だな。それに関しては彰と同意見だな」
今回のすれ違いを役得だと捉えた達仁はそのまま心の中で彰の言っていた一部の発言に同意して、教室までの道のりを辿るのであった。
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