第19話「世界情勢」


「フィン。今戻りました」


 リーヴァの案内で部屋に入れてもらうと、中には上半身裸で片腕で逆立ちをし、汗を流しながら腕立てをしている白髪の少年がいた。


 少年の種族にもよるが、歳はだいぶ若い。

 俺の肉体的年齢よりも低い、恐らくは十二、三程度だろうか。

 幼い顔立ちには似合わない鍛えられた体である事が一目で分かる。


「あれ、早えーな。およ?」


 顔を上げた少年と目が合う。


「客人です。服を着て下さい」


 少年はグッと肘を曲げると、バネのように飛んで軽やかな身のこなしで着地した。

 リーヴァの連れと聞いて予想はしていたが、こいつも剣聖なのだろう。


「お? おーおー! ポンコツ勇者じゃん! 生きてたか!」

「ご、ご無沙汰しています!」


 エステルが勢いよく頭を下げて、カバンから荷物がボトボトと落ちて散らばる。

 それにリーヴァは苦笑し、フィンと呼ばれる少年はゲラゲラ笑った。


「少しは学習しろ」

「ご、ごめんなさい!」


 以前にも見た光景に呆れるしかない。

 衛兵に頭を下げた時には大丈夫だったのに。もしかして紐を結ぶのが下手くそなのか?


 床に散らばった荷物を4人膝を折って拾って行く。


「それにしてもホントよく生きてたな。お前がガルバッハから飛ばされた後、リーヴァのヤツ柄にもなくブチギレて大変だったんだぞ。国の偉そーにしてるヤツに剣まで抜いてよ」

「そ、そうなんですか!?」

「当然よ。思い出しただけでイライラしてきました」


 リーヴァの顔に影が差す。

 果たしてその偉そうなヤツの命は無事だったのだろうか。


「まぁ、あのクソヤローの話は後にして、先にそっちのを紹介をしてくれよ」


 っはと歯を見せて笑みを見せるフィンが俺を見て言う。


「タクトだ。よろしく頼む」

「俺はフィン。剣聖だ。つっても剣聖の中じゃヒヨッコだけどな」


 短い自己紹介を終え、エステルが落とした荷物を片付けた後、リーヴァとフィンが部屋の端に寄せてあったテーブルや椅子をセットする。

 きっと、フィンのトレーニングにために退けてあったのだろう。


「気の利いた物を用意できなくてすみません」


 目の前に置かれたコップの中には無色透明な液体。つまりは水が入っている。

 門を潜ってからこの宿までの道までしかミルウェルのことを知らないが、それでも察する事ができるほどの惨状だ。

 むしろ、この一杯の水ですら高級品になり得るだろう。


「んで、何が始まるんだ? エステルを引き取るって感じにしちゃ改まってるよな?」


 椅子が人数分用意出来ず、ベッドに腰を下ろすフィンが当然の疑問を述べる。

 フィンからすれば、いきなり追放されたエステルが戻ってきた情報しかないのだ。

 俺がエステルを連れて、世話になっていた剣聖、リーヴァの元まで旅をした。そう、考えているのだろう。


「いえ、なんと伝えたらいいのでしょうか。私も詳しくはまだ知らないのですが……そうですね。まずはエステルから話を聞かせて下さい。ガルバッハから離れてからこれまでのことを」

 

 それから、エステルがコピアの町の事を語った。

 どうも要領が悪い説明で分かりづらい中、リーヴァがうんうんと頷き、フィンは黙って耳を傾けている。

 そして、白と黒の魔物の話に入った時だった。


「バカな! 黒の魔物が辺境のコピアにだと!?」


 フィンが立ち上がって声を荒げる。


「なんて言う事なの……あの作戦で何人失ったかと……」


 剣聖の2人が険しい顔を作って、続く言葉がなかなか出てこない。

 俺には分からない2人の反応にエステルを見ると、私も分かりませんと首を横に振った。

 その間に2人の険しい顔が落胆へ変わり、フィンがすとんっとペットに腰を落とした。気付けばリーヴァも俯いている。


「黒の魔物がコピアの町にいた事に何か問題があるのか?」

「アイツは封印したんだよ。剣聖5人がかりで足止めして、49人の魔導士の魔術でな」

「その時に3人の剣聖が命を落とし、全魔導士の全生命力を魔力に変えてまでして封印したのです。もしその話が本当であるなら……」


 無駄死にだった。なんて言葉は、出せるわけがなかった。

 剣聖が3人。確か前にエステルが剣聖は7人いると言っていた。

 黒の魔物を封印するために世界の最大戦力が7人中3人も失った。

 魔導士もかなりの人数だ。世界の多くを侵略されている今、その49人も剣聖に劣らず貴重な戦力だったに違いない。


 暫くの沈黙を挟んでからフィンが口を開く。


「それにしてもよく生きていたな。あの黒の魔物としかも白の魔物もいたんだろ? 2体同時で現れるなんて今まで無かったよな?」

「そうですね。過去現れた魔物は全て単独でした。だからこそ一体に戦力を多く当てられたのですが……。いえ、それよりも」


 リーヴァから強い視線を向けられる。

 それよりもエステルが言った白い魔物を倒した事についての詳細を求められているのだろう。


 さっきの剣聖の話の後で、馬鹿正直に事の事実を話したとして果たして信じて貰えるのだろうか。

 難しいだろうな。俺が逆の立場なら信じる事はない。


 そもそも、黒の魔物と出会した話を信じて貰えている事が驚きだ。

 あれだけの犠牲を伴って、やっとのことで封印した黒の魔物が現れたなんて、信じたくないに決まっている。

 頭の中では信じて貰えないかもしれないが、今の様子ではカケラくらいは信じてくれているように見えた。


 それはきっとエステルの存在が大きあったのだろう。

 黒の魔物に故郷を滅ぼされ、その惨状の中救い出されたエステルからの言葉だからこそ、その重みが響いてくれたんだ。

 どこの誰とも知らない俺が言ったとしても、ただのホラ吹きと思われるに違いない。


 なら、エステルの口から話した方がいいだろう。


 リーヴァとの視線を切って、エステルに続きを促す。

 それに頷くと、


「黒の魔物と白の魔物はね。倒したんだよ!」


 二人の反応を伺う。

 無反応のまま一泊、二泊置いて、


「倒した、というのは言葉のままの意味と捉えてよろしいのですか? つまり、2体とも討伐したと」

「え、そうです! 凄いですよね!」


 エステルの予想とはだいぶ違った反応だったようで、戸惑ったように、剣聖二人を交互に見る。


「えーと、私なにか変こと言っちゃいましたか?」

「んで、討伐したのはお前なのか?」

「え? ち、違います! タクトですよ! タクトって本当に強くて……」

「エステルは討伐されたところを見たのですか?」

「え……」


 エステルはそこで初めて信じて貰えていない事に気づいたようだ。

 そして、エステルはその瞬間を見ていない。あの時は瀕死に追いやられ、意識を失っていたからだ。


「み、見てないですけど本当です! タクトはウソをつくような人じゃ……! だって、ほら! リーヴァさんの剣だってあるんですよ!」

「確かに。これは私の剣ではありますが、しかし……」


 エステルの言う通り、証拠は白の魔物から手に入れたリーヴァの剣だ。

 でも、それだけでは納得させるには弱かったようだ。


 疑われているのは俺だ。

 無理もない。全精力を持って倒せないと判断した魔物を2体も、しかも無名のたった1人で討伐したなどと、誰が信じるのだろうか。

 しかし、信じてもらわない事には先に進めない。


「信じられないのも当然だ。さっきのリーヴァの話の後なら尚更な。だが、倒した魔物は消える。死体がない以上、証明するものも無いのは理解できるだろ?」

「分かっています。あなたを最初に見た時に、私よりも遥か高みにいる事も感じ取れました」


 それに、「え、マジ?」とフィンが驚きの言葉を溢す。


「それ程の実力者が、すぐに分かる虚言を弄するとは思いませんし、したところで意味があるとは思えません」

「なら!」

「エステル。それでも、余りにも人間離れしたことなのです。もし、今の話が事実であれば両手を上げて喜びたいです。

 でも、この話が本当であるのなら、魔王が現れ世界が滅びの一途を辿るこの3年間、それ程の力がありながら貴方は今まで何処にいたのですか?」

「それは……」


 困った事になった。

 今まで、これ程までに追い込まれた世界の救済は無かったから、このパターンは経験していない。

 そうか、突然俺みたいなのが出てくるとこうなるのか。

 しかも、困ってしまった以上、エステルにこの思考を聞かれてるかもしれない。


 いっそエステルを剣聖に預けて俺は裏方に回るか?

 いや、とてもじゃ無いが裏方で手回ししてどうにかなる段階では無い。

 俺が追放されるのはもっと先、魔王戦直後ぐらいじゃないと……。


「別にどうでもいいだろ」

「どういう意味ですか。フィン」

「今の今まで、ドコでナニしていようが、どうでもいいだろって」


 思いもよらないところから助け舟が出された。

 ここは黙ってフィンの話に乗っておこう。


「どうでも良くはありません。この3年で何人死んだと思っているのですか」

「おいおい。その理屈は好きじゃねぇぞ。お前が言っているのは特別な力を与えられた勇者が、勝手な期待に応えられなかったらって飛ばした奴と同じだぞ」

「っな!?」


 今まで、平常心を貫いていたリーヴァの声が荒いだ。


「………確かに。自分では何も出来ない癖に、力ある者に責任を問うアレらと重なる部分がありました。申し訳ありません。謝罪します」


 リーヴァは律儀に立ち上がり、美しい姿勢で頭を下げた。


「リーヴァの言い分もわかる。気にしなくていい」

「いえ、同じ人として、もし貴方がなんとか出来たのであれば、世界がこうなる前にそうしていたはずです。なんらかの理由があった。少し考えれば分かることです」


 リーヴァに思うところがあるのは十分に理解できる。

 もし、俺が魔王出現からすぐに来ていれば、今とは状況がだいぶ変わっていたに違いない。

 でも、俺は俺で別の世界の救済中だったし、この件の問題は元を辿れば女神達がこうなるまで救済勇者を送らなかったのが原因だろう。

 でもまぁ、なんかいい感じに解釈してくれたなら、それでいいか。


「しかしよ。あの2体を一人でって言うのは俄に信じられないよなぁ」

「そうですね……申し訳ありませんが、信じられない……と言うよりも、想像がつかないと言うのが正直なところです」


 そうなるよね。

 でも、コピアの町を出る時、今回の世界では俺の強さを隠さないと決めた。なら、信じて貰う手立ては……。


「もうまどろっこしいからよ、これで語れば分かるだろ」


 そういって、フィンは腰に巻きつけた2本の剣をポンと叩いた。

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