第18話「剣聖リーヴァ」


 剣聖リーヴァの一声でエステルが剣聖の知り合いと分かり、辺りの緊張が解かれる。


「エステル。ああ、本当にエステルなのね。良かった無事で。本当に」

「リーヴァさんも! リーヴァさんの剣を見た時、もう心配で心配で!」

「私の剣?」


 リーヴァが衛兵に預けた翠迅を視界にとらえると、エステルを見た時よりも大きい目を見開いた。


「翠迅!? なぜここに?」

「白い魔物を倒して手に入れたんです。いつかリーヴァさんに返そうって!」

「倒したって……」


 大きく見開いた目を瞬いて困惑するリーヴァに、衛兵が翠迅を渡しながら。


「も、申し訳ありません。剣聖さま、我々にも今の状況を教えていただけると……」


 辺りを見渡せば緊張は解けていても臨戦体制で多くの衛兵が集まっている。


「私も状況の全てを飲み込めてはいませんが、もしこの剣を発端に白い魔物と騒ぎがあったのであれば、それは間違いです。彼女は……彼女こそ、勇者。この世界の希望。勇者エステルなのです」


 おお! と響めく中、「じゃあ、勇者さまが白い魔物を倒したのか!」「いや、勇者はへっぽこで使いものにならないと聞いたことがあるぞ」「でも現に剣聖さまの剣を取り返しているじゃないか」と、様々な声が聞こえてくる。


「私にはここを指揮する権限はないですが、早く持ち場に戻った方がよろしいのではありませんか?」


 周りにひしめく衛兵がそれぞれ顔を合わせ、「警報を止めろ!」「誤報と問題なしの旨、周知を急げ!」と指示が飛び交い、慌ただしく散って行く。

 それらの衛兵の顔色には疲労が滲み出ていた。


「場所を変えた方がいいですね」

「あ、でもこれから入国の検査をするところで……」


 その言葉に、リーヴァが衛兵に視線を送ると、


「め、滅相もありません! 勇者さまと知っていましたら検査などは……! 先ほどはとんでもない失礼を。なんとお詫びをすれば良いか」


 顔を真っ青にして平謝り衛兵。

 普段謝る立場であり、謝り慣れていないであろうエステルが「あ、いえ、そんな……」と吃りながら、俺の方を見て助けを求める。


「素性を誤魔化して騒ぎにしてしまったのはこちらだ。謝るのはこっちだろう。エステル、ごめんなさいは?」

「ご、ごめんなさい!」


 やはり謝るのは慣れているようで、まるで息をするかのように深々と頭を下げた。


「……って! タクトが誤魔化したんじゃない! 私、なにもしてない!」

「なにもしてないのが問題なんだよ。ほとんど俺がやってるんだから、せめて謝るくらいはお前がやってくれてもいいだろう」


 ぐぬぬと睨んでくるエステルを傍からリーヴァが薄く笑う。


「楽しそうなところ申し訳ありませんが、私にもその方を紹介してくれませんか?」

「あ、そうだよね。この人はタクト。すっっっごく強い人なんだよ。意地悪だけど」

「意地悪は余計だ」


 いつもよりは軽くデコピンをお見舞いして、「〜〜〜っ」と、声にならない悲鳴を上げながらうずくまるエステルを置いて、リーヴァに挨拶をする。


「タクトだ。武には多少自信があって魔王討伐の手助けになればと、エステルと行動している。敬称は不要だ」

「私はリーヴァ。私もリーヴァと呼んでいただいて大丈夫です。まずは感謝させて頂きたい。あの子を、エステルをここまで守ってくれてありがとうございました」


 年相応に柔らかく笑むと、手を差し出してきた。

 俺もそれに応じて出された手を握る。


 剣聖リーヴァ。

 聖女が敵かもしれない状況で、聖女のいる国にいる剣聖。

 彼女は信用していいのだろうか。

 彼女の事はエステルからよく聞いている。

 エステルの話によれば、利敵行動と捉えるものは無かった。


 なんでもかんでも疑いを持ってもしょうがない。

 幾分エステルから事前情報を得ている分、信用できる人物だ。

 それに最前戦に身を置いているだろう剣聖だ。俺が最も手に入れたい情報を聞ける期待が高い。



 それからリーヴァの案内で場所を移す事になった。

 話によるとリーヴァも最近ミルウェルに訪れたばかりで、宿の一室を押さえているようだ。

 こんな時代だ。剣聖ともなれば、宿ではなくて国賓待遇で城などに招かれるのではと思っていた。

 何せ剣聖は世界の主力だ。

 それを懐に置けるのなら、お偉いさんは金も惜しまないだろう。


 しかし、そうはしていない。

 聖女の力が強大で剣聖の力など不要なほど盤石なのか、剣聖であろうとも命は平等となど考えているのか、それともーー。


 邪推を巡らされていると、それを読み取ったのか、リーヴァが答えた。


「見ての通り、この国は人で溢れかえっています。もちろん、盛んという意味ではなく、文字通りの意味でです」


 リーヴァの言う通り、活気溢れているとはお世辞にも言い難い。

 広い大通りの端には無造作に敷物が並び、悲壮に満ちた顔をした人が身を縮めている。


「難民を受け入れることはできても根本的な解決には至ってはいません。もはや金銭の価値は無くなりつつある状態なのです」


 秩序の崩壊一歩手前……もはや、暴動が起きていない事が不思議なくらいだ。


「なるほど。この状態で宿を取れている事が十分に待遇されていると」

「そうですね。とてもありがたい事に十分優遇させて頂いていると思います。もっとも、待遇して頂くほどの貢献ができているかと言うと怪しいものですが」


 リーヴァの顔に影が刺し、もう失った腕を押さえるような仕草をする。


「特に片腕を失ってしまった私のような剣聖には特に」

「え!? リーヴァさんその腕どうしたんですか!?」


 と、今更リーヴァが片腕である事に気づいたエステルが叫んだ。

 俺からすれば、最初から失っていたものだと思っていたが、どうやら片腕を失った事は最近の出来事らしい。


「ふふ。今更ですか。相変わらずなエステルで嬉しい気持ちもありますが、何事も観察が大事と教えたと思いますが?」

「っう。で、でもそれは敵をですよね?」

「仲間をよく見る事も大事なのですよ。それとも私はエステルにとっては仲間と思ってくれていなかったんでしょうか?」


 悪戯な目で微笑むリーヴァに、エステルがむぅっと頬を膨らませる。


「リーヴァさんも意地悪になってます」

「ごめんなさい。楽しそうな二人がちょっと羨ましくなってしまいました。人と話して楽しく思えたのは久しぶりです」


 第一印象では少々堅物かと思ったが、少し茶目っ気もあるようだ。

 それから、リーヴァとエステルの他愛のない話を交えながら石畳の大通りを歩いていくと、一等地の立派な宿の前で足を止めた。


「こちらが泊めさせていただいている宿になります。同室に仲間がいますので、交えて色々と会話させて下さい」

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